第9話 家族
咲弥の四十九日法要の日。
納骨も食事会も終えた
「空。あなたと、家族のみんなに話があるの。それから、こちらの家族にも」
そういうと、絵里が乗ってきた車の中から、陸のファミリーが現れた。
空は、陸の顔を見て怒りを覚えたが、自分の家族と相手の家族の手前、なんとか自分を落ち着かせ、絵里に聞いた。
「母さん。これは一体どういうことなんだ?」
「僕にも教えてよ、どうしても来てほしいと言うからついてきたけれど、どうして、空の家なんだ?」
「まーまー二人とも。家の中に入ってお話ししましょう。さー上がってちょうだい」
絵里から事情を聴いていた優子はそう言うと、全員を家の中へ上げ、リビングへ案内した。
空、優子、その子供である4歳の男児と5歳の女児。
陸、妻、その子供である6歳の女児と3歳の男児。
8人は、二つの家族を集めた絵里の行動に
しばらくすると、家のベルが鳴った。
絵里が玄関まで行き、リビングへ案内してきた人物。それはなんと、かつて絵里の夫で、10年前に権厳寺京介を殺害した山下耕太であった。
その男の顔を見た空が、抑え込んでいたはずの陸への怒りに加え、父を殺した犯人である耕太への怒りでさらに感情が増幅し、抑えきれずに叫んだ。
「よくもノコノコ現れたな!!どうして親父を殺したあんたがここにいるんだ!!帰れ!今すぐ出ていけ!」
「悪かった。悪かった。このとおりだ。本当に申し訳なかった。あの時の俺は、家族を奪われた悲しみと怒りで、どうかしてたんだ」
「母さん!これは一体どういうことなんだ!説明してくれ!」
「いいわ、でも説明する前に耕太さんは、京介さんのお仏壇の前に行って、お線香をあげてきてちょうだい。話はそれからよ」
絵里は、空の怒りを抑えるため、耕太に京介への謝罪をさせた。
耕太が仏壇から戻り、全員が席に着いたところで絵里がゆっくりと話し始めた。
「みんな。これから私が言うことを、落ち着いてよく聞いてちょうだい。まずはじめに、耕太さんは京介さんの殺害で懲役13年の実刑判決を受けたけれど、模範囚として先日出所して、私が迎えに行ってきたわ。偽装死亡の件は、ほぼ全て京介さんと付き合いのあった裏社会の人たちの工作だったし、偽りの死亡届を市役所に提出させた罪で偽造私文書行使罪に問われたけれど、時効扱いとなり、さらに戸籍も戻してもらった。
そして、今日、この場へ来るように私が無理言ってお願いしたの。当初は、空と陸と優子さんに申し訳ないと拒んだけど、どうしても聞いてほしいことがあって私が説得したの。それはね、10年前に亡くなった京介さんの手記を咲弥さんが持っていたのを見つけて、その中の一文をみんなに聞いてほしかったの。これがその手記。読むわね。
・・・・・・・・・・
1990年8月
DNAの鑑定結果が届いた。実に残念な結果である。双子は両方とも僕の遺伝子を引き継いではいなかった。私とよく似ていた兄の空だけでもと思ったが、他人のそら似だっただなんて、面白くもない。
今、咲弥のお腹にいる赤ん坊はまだ2カ月で男女どちらか分からない。跡継ぎには男児が欲しい私としては保険をかけておいて損はないだろう。この鑑定結果を書き換えて絵里に見せよう。うまくいけば、双子の男児を僕の養子として迎えることができる。それにしても残念で仕方ない。
・・・・・・・・・・
以上よ。つまり、空と陸は正真正銘、耕太さんと私の子供だったの。
その証拠に、優子さんにお願いして、空の髪を。私は陸の髪と、耕太さんの髪を黙って集めたの。それらをつい先日DNA親子鑑定に出したら、私たちの親子関係は間違いなかったわ。それも、3つの機関で鑑定してもらって全て同じ結果だったわ。
勝手に鑑定させてもらって悪かったと思っているけれど、どうしても証明したかったの。これが鑑定結果の証明書よ」
絵里が差し出した鑑定結果を、驚く様子で見た空と陸が言った。
「正直驚いているよ。でもだからって、俺を育ててくれた親父は京介であって、尊敬もしていたし、感謝もしている」
「僕も同じ気持ちだよ。20年間育ててくれた恩は、その手記と、この鑑定結果では変わらないよ。それにとう、、京介さんを刺したこの男は、その前にも母さんを置いて逃げた過去もあるんだよ」
「そうよ。別に耕太さんを父として慕ってほしくて集めたわけじゃないの。この人を憎んでてもいいの。つまり、あなたたち双子が、いがみ合う理由が無いことを伝えたくて集まってもらったの。優子さんにも協力してもらったのは、彼女も同じ気持ちだからよ」
「そうよ。母の通夜の時に陸サンが私を介抱していたのも、弱っていた私を兄として優しくしてくれていただけで、空が思うようなやましい関係じゃなくて、全て誤解なのよ。だからあなたたち双子が、いがみ合う理由なんてどこにもなく、ケンカをやめてほしかったから絵里さんに協力したの」
空と陸はお互いの顔を見合って、確かに絵里と優子の言っていることは一理あると、お互いにその表情で会話をした。
硬く凍り付いた空と陸のわだかまりが溶けそうな、その空気を察知した絵里が追い込みをかけた。
「優子さん。例の物はあった?」
優子はうなずきながら、権厳寺家のコレクション倉庫の奥から引っ張り出してきたと、部屋の奥に立て掛けられていた一枚の絵画を持ってきた。スタンドに乗せ、絵画を覆っていた布を外すとそれはなんと、耕太が描いた絵画であった。
題 名 【 家 族 】
それは今から30年前、1990年のグッド絵画展に出展され、審査員買収によって大賞を獲得し、二千万円の値が付いた、いわくつきの絵画であった。
京介の手記から、その絵画を買ったのが、権厳寺京介本人であると分かった絵里は、優子にお願いをして、探しておいてもらっていた。
四つの輪が『田』の字のように少しずつ重なり合い、とても暖かい印象のその絵を見た空と陸が、口を開いた。
「俺、この絵を見たことある。すごくおぼろげだけれど、ロウソクの火が灯る横に掲げられていたような」
「僕も覚えている。この絵と一緒に香ばしいクッキーかケーキのような匂いがするのを覚えている」
「そうよ。なたたち双子の一歳の誕生日をお祝いした時、私がケーキを焼いたんだけれど、失敗して丸焦げになったから、ご飯にローソク立をてて、歌を歌ってお祝いしたんだったわ。そして、この絵は、あなたたち双子が一歳になった誕生日を記念して描かれたものよ。耕太さん。もう一度この絵の説明をしてちょうだい。あの時のように」
「これはね、成長する絵なんだ。この四つの輪は僕たち家族。そして、今後僕たちの大切な人が増えるたびに輪が足されていくって算段なんだよ。何か良いことがあると、だるまの目玉に丸をかきたすだろ?それと同じようにさ。仮にどこかが欠けても、周りで補い合える。輪が多ければ多いほど支えあうことができるんだ。
絵里。僕は画家として魂を売ってしまって、この絵を最後に筆を折ったが、これは人生最高の出来だと思っていたよ。そしてよくぞ今まで取っておいてくれて、探し出してくれた。ありがとう。優子さん」
耕太の説明が終わり、陸が空に話しかけた。
「空、優子との件は誤解をさせて悪かった。本当に優子とは妹としてしか接していない。それと、元々僕の会社では不動産関係に弱くて、大手の不動産会社と連携していくプロジェクトを立ち上げようとしていたところだったんだ。できれば、君の会社と手を組ませてほしい。どうかな?」
「陸、俺の方こそ悪かった。連携の件はこちらこそよろしく頼むよ。それと、優子。君を放っておいて、疲れた心にも気づいてやれなくて悪かった。これからはもっと家族を大切にしていくよ」
10年という長い間、べっこう飴のように固く
それまで張りつめていたその場の空気が入れ替わった時、絵里はバッグの中らか古びた筆と、新しい絵具を取り出して、耕太へ渡した。
「え、絵里さん、この筆は、、、」
「そうよ、耕太さんが亡くなったと思っていたあの日から、ずっと大切に持っていた、あなたが愛用していた筆よ。私は32年前の京介さんとの過ち以来、ずっとあなただけを思い続けていたわ。本当にごめんなさい。さあ、これで、この絵に輪を足して成長させてちょうだい」
「絵里さん。僕もずっと君と子供たちのことを思っていた。こんな日が来るとは思ってもいなかったよ。ありがとう」
耕太は、この場にいる人数分の輪を描き足して絵を成長させた。
すると、成長したその絵を見た子供たち4人が、気に入った様子で見入っていると、自分にも絵の描き方を教えてほしいとおねだりしてきた。耕太は困った様子で、空と陸の顔色をうかがうと、二人は軽く
「私の浮気と勘違いから始まった事だと反省しているけれど、今こそもう一度こんな絵みたいに寄り添って支え合っていきましょう。私たちは家族なのだから」
おわり
年表
1984.6 耕太.絵里 結婚
1988.1 京介.咲弥 結婚
1988.3 京介.絵里 W不倫
1988.7 京介.絵里 破局
絵里 権厳寺不動産退職
1989.5 双子誕生
京介事故で半身不随
1990.5 双子一歳誕生日
京介から絵里へ手紙
1990.7 耕太借金2千万円を背負う
絵里が京介の会社へ乗り込む
1990.8 DNA鑑定結果
1990.9 耕太グッド絵画展大賞
耕太偽装死亡
1991.3 優子誕生
2010.5 優子誕生の真相を知る
2010.6 陸.優子がキス
耕太バンコクから密入国
2010.7 ライジングタワーパーティー
京介死亡 耕太殺人で逮捕
2010.9 陸と絵里が権厳寺家を出る
2015.4 空.優子 結婚
陸.同僚 結婚
2020.9 咲弥ガンで他界
空と陸が10年ぶりに再会
咲弥の遺品整理で京介の手記発見
2020.10 耕太出所
2020.11 咲弥の四十九日で双子和解
呉越同腹 団田図 @dandenzu
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