エピローグ
「……最悪だ。お前がいるというだけでこんなに綺麗な星空なのに気分が落ちる」
アトラが心底嫌そうな表情を浮かべながら言う。
周囲には草木一つ生えておらず、岩肌が目立つ殺風景な景色が広がっている。
空を見上げれば雲一つ無い星空が広がっていた。
「なんでそう、お前はつれない事ばかり言うんだ。俺は悲しいぞ」
ヒューガはわざとらしく嘆いてみせた。
だが、すぐに立ち直ると、アトラの背中に密着して腕を回し、彼女の腰を抱き寄せた。
「おい! 必要以上にくっつくな! 運転しにくい上に、不快だ!」
「別にいいじゃないか。減るもんじゃないし」
ヒューガはおかまいなしといった感じで、アトラの背中に密着していた。
「離れろ!」
「断る。嫌だ。離さない。うん、相変わらずお前の身体はいいな。柔らかくて抱き心地が最高だ。なめらかな肌がたまらない。何度触っても飽きない」
「くたばれ!」
服の中に手を突っ込んでまさぐってくるヒューガに肘鉄を食らわせようとしたが、バランスを崩しかけて、アトラは慌ててハンドルを握りなおした。
「暴れるとバイクが倒れるぞ」
「なら離せ! おまえはわたしの言っている言葉の意味が分からないのか!?」
「わかっているとも。俺はいつでも大まじめだ。きちんと抱き着かなければバイクから落ちる。そしてバイクはバランスを崩し、お前もろともバイクは横転する。そうなれば俺もお前も無事では済まない。よって、こうしてしっかりと抱きしめているわけだ」
ヒューガは得意げに答えた。
まるで、自分は正しいことを言っている、というかのように。
事実正しいのだが、どうしようもなくその事実を下心が上回っていた。
(どうコイツを撒こうか……)
ヒューガがしつこく自分に付き纏ってくる理由が、アトラには理解できなかった。
確かに彼と自分は恋人同士だったが、それは過去の話である。
アトラは彼に未練があるわけではない。恋愛がしたくないわけではないが、この男は御免だ。
(もっとわたしは、穏やかで心根の優しい男が好きだ。こいつみたいな苛烈で、自己中心的な男なんて願い下げだ)
彼は戦闘能力は高いかもしれないが、それ以外のことはてんでダメだ。生活力もないし、浪費家だし、デリカシーが皆無で、おまけに性欲が強すぎる。しかも、話が通じない。こんな奴が一緒に居たら身が持たない。
「……ううん……どうするべきか」
「何を悩んでいる?まさか、俺のことか?」
ヒューガはニヤリと笑った。自信満々の表情をしている。それがまた腹立たしかった。
「ああ、そうだよ。わたしにとっては、今まさにお前のことだ」
「嬉しい事だ。お前が俺の事を考えて悩んでくれるなんて」
ヒューガは幸せそうな笑顔を浮かべている。アトラの肩に頬を乗せるようにして甘えていた。
「必要以上に近寄るなと言っているだろうが!触るな!」
「いや、断る。こうしていれば離れることもない」
ヒューガは嬉しそうに笑って、さらに強く抱きついてくる。アトラは舌打ちをした。
「運転しづらいって言ってるだろ!振り落とすぞ!」
「なら俺はお前にしがみついたままバイクから落とされることにする。それで構わん。好きにしろ。一緒に転倒すればいい」
「あああああ! もういい! くそ! なんなんだ! こいつは!?」
ヒューガは相変わらずニコニコとしている。そんな彼をアトラは不気味に感じて、背筋が寒くなる。
「はぁ……」
「次の街はどれくらいかかる?」
「……ああ。あと半日ほど走れば着く。そこでお前とは永遠にお別れだ」
「いやだ。永遠に共にいる」
「……はあ……まったく、どうしてこんな奴と付き合っていたのか……今となってはわからないよ」
「それはこっちのセリフだ。どうして別れたりしたんだ。今となっては理解できない」
「ヒューガこそ、どうして別れた相手にずっと執着するんだ。お前は異常だぞ。普通じゃない」
「そうだな。確かにおかしいかもしれない。だが、それが恋というものだろう?違うか?」
「…………」
「恋は人を狂わせると、気まぐれに捕まえた吟遊詩人が言っていた。まあ、つまらんので殺したが」
「…………」
ヒューガの言っていることを無視して、アトラは無言のまま、黙々とバイクを走らせ続けた。
夜道を照らす月明かりがやけに眩しかった。
「ねえ、ヒューガ。ひとつ聞きたいんだけど」
思いついたように、アトラは声を上げる。
「なんだ」
「なんで、わたしのことが好きになったんだ。お前たちが略奪した奴隷の女は、わたし以外にもたくさんいたじゃないか。わたしは世辞にも美人とは言えない容姿だし、他種族からすればドワーフ族の女は子供にしか見えないはずだ。なのに、なぜおまえは、わたしのことを好きになった」
「一目惚れさ。一目見てわかった。こいつは俺のものだってね。それに、外見なんて関係ない。ドワーフ族とかエルフ族とか、そういうことは関係なく、アトラ、お前に惹かれたんだよ」
ヒューガはそう言って笑った。
「馬鹿みたいだ」
アトラが呟くように言った。鼻で笑いながら。
「おい、そりゃどういう意味だよ」
「そのままの意味だ。本当に、くだらない。わたしなんかに惚れるくらいなら、もっとマシな相手を選べばよかったのに」
「そんなことないぜ。俺が愛したのはアトラ、お前だけだ。他の女に目移りしたことは一度もない。俺はお前だけが好きなんだ」
「どれだけのぼせ上っているんだ。ほんとうにおめでたい奴だな」
「ああ、おめでたいよ。それほどまでにお前に心を奪われている。それくらいわかれよ」
「……」
アトラは再び無言になって、バイクを走らせ続けた。こころなしか尖った耳が赤くなっているのを見て、ヒューガは口角を上げた。
「おい、無視すんなって」
「うるさい。黙ってろ。舌を噛むぞ!」
「心配してくれるなんて嬉しいぞ」
「頼むから死ね!!」
月下の下で二人は荒野を走り抜けていく。
この先に待ち受けている運命など知らずに、ただひたすらに前へと進み続ける。
アトラの旅 しノ @shinonome114
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