【一話完結】『I』~私、鈍感な人って大嫌い!~

久坂裕介

第一話

 T中学校、一年二組。五月の昼休み。

 私、丸山まるやまゆきのは、イラついていた。米粉で作ったパンと、鶏のから揚げと、中華みそスープ等の給食を食べた後、高橋雄大たかはしゆうだいに勉強を教えようと思ったのに雄大に、その気が無かったからだ。


 雄大は、仲の良いクラスの男子と話をしていた。


「うん、やっぱり僕はAKBグループの中だと欅坂けやきざか46が一番、好きだな~。『サイレントマジョリティー』が好きだな~」


 私は、ぼーっとしてる表情の雄大の右耳をつかむと、雄大の席に座らせて宣言した。


「はーい、それでは今日の補習を始めまーす」


 雄大は、ちょっと不満の表情になった。


「え~、今日も~? もう、いいよ~」


 私は、言い切った。


「良くない! あんた一学期の中間テストの結果は理科以外さんざん、だったじゃない! それじゃあ、フランスのPSL研究大学になんか行けないわよ!」

「う~ん、そうかも知れないけど~……」

「あんた、フランスのPSL研究大学に行きたいんでしょう? だったら、理科以外もちゃんと勉強しなきゃダメだって!」

「はーい……」


 私は、疑問を口にした。


「はあ~、まったく。どうして工学を勉強するのにフランスのPSL研究大学なの? 

 普通、アメリカのMITでしょう? マサチューセッツ工科大学でしょう?」

「うーん、僕はフランスの大学に行きたいんだ。ルーブル美術館があるから」

「それよそれ! 全然、意味が分かんないんだけど!」


 雄大は、口ごもった。


「僕は、僕なりに考えているんだけど……」


 私は、つい大きな声を出した。


「はいはい! とにかくフランスのPSL研究大学に行きたいんだったら、理科以外もちゃんと勉強しなくちゃいけないんだって! あんた、ロボット工学を勉強して、ロボットを作りたいんでしょう?」


 雄大の表情が明るくなった。


「うん! 僕、介護用のロボットを作りたいんだ! おじいちゃん、おばあちゃんの介護をする人は少ないから、僕が作った介護用のロボットで、おじいちゃん、おばあちゃんの介護をしてもらうんだ! 

 人工知能で、自分で判断して動くロボットで!」


 私は机を、はさんで雄大と向き合い椅子に座った。私と雄大は小学校が同じで、雄大の夢は何度も聞かされてきた。


   ●


 私と雄大は小学四年生の時、同じクラスになった。初めは何とも思っていなかったけど、『将来の夢』を発表する授業で雄大のことが好きになった。

 雄大の将来の夢が、『おじいちゃん、おばあちゃんの介護をするロボットを作ること』だと知ったからだ。


 私の家には、おばあちゃんがいた。でも、お父さんもお母さんも働いていて、おばあちゃんの介護をすることが出来なかった。だから仕方なく、おばあちゃんは老人ホームで介護をしてもらうことになった。私は、優しいおばあちゃんが大好きだったから、おばあちゃんと離ればなれになることは悲しかった。


 以前は私が小学校から帰って絵を描いていると、おばあちゃんは、お菓子を作ってくれていた。


 もし、おじいちゃん、おばあちゃんの介護が出来るロボットがいたら私は大好な、おばあちゃんと一緒に暮らすことが出来た……。そう考えて私は、雄大のことを尊敬した。そして、いつしか私は雄大のことが好きになっていた……。


 ちなみに私は『私の夢は、画家になって私が描いた絵を見てくれた人を幸せにすることです。そのために日本中、いや世界中の美術館に行って、絵を見て勉強したいです』と発表した。



   ●


「はいはい、その夢は、ご立派だから! でも何回も言うけど、そうしたいんなら理科以外の勉強もちゃんと……」


 すると雄大は、英語の教科書とノートを出して告げた。


「今日は、ゆきのちゃんが得意な英語を教えてください!」

「ま、分かれば良いのよ、分かれば……」


 数分後、私は雄大のすねを机の下で『げしげし』と軽く蹴った。


「もうー! Iに続くbe動詞は、isじゃなくてamだって! isは主語が HeとかSheの時に使うの!  まったく、こんなことろで、つまづくな!」

「だって僕、英語ってよく分かんないんだもん!」

「いばるな! どうせ、あんたはフランス語なんか話せるようには、ならないんだから、せめて英語くらいちゃんと覚えなさい!」

「はーい……」


 それから私は真剣な表情で、質問をした。


「ちょっと聞くけどさ、『I  play  tennis。』と『 I  plays  tennis。』だったら、どっちが正しいと思う?」


 雄大は、ちょっと考えて自信なさげな小さな声で答えた。


「えーと、『 I  plays  tennis。』かな……」


 私は再び雄大のすねを机の下で、『げしげし』と軽く蹴った。


「違うって! 『I  play  tennis。』が正しいの!  plays は主語が HeとかSheの時に使うの! いい? playを使うのは主語が I の時だけなの ! I の時! 分かった?!」


 雄大は、興味が無さそうに答えた。


「はーい……」


 私は思わずため息をついた。


「はあ……」


 すると、雄大は告げた。


「ねえ、ゆきのちゃん。そろそろ次の美術の授業の準備をした方が良いんじゃない? 

 ゆきのちゃんは将来、画家になるのが夢だから、ちゃんと美術の授業を受けた方が良いんじゃない?」

「分かっているわよ! あんたに言われなくたって、そうするわよ!」


 そう答えた私に雄大が、不思議そうな表情で聞いてきた。


「ところで、ゆきのちゃん。どうして、ゆきのちゃんは、そんなに一生懸命に僕に勉強を教えてくれるの?」


 私は、顔を真っ赤にして言い放った。


「そんなことも分かんないの?! 私、鈍感な人って大嫌い!」


 そして自分の席に戻り、次の授業の美術の教科書を持って美術室に向かった。

 途中、怒りが収まらなかったので、教室の壁を『げしげし』と強めに蹴った。


 全く、雄大って本当に鈍感なんだから! 私が雄大に勉強を教えてあげるのは、雄大がフランスのPSL研究大学に行きたいっていう、夢を応援しているからに決まっているじゃない! 


 つまり私は雄大のことを、好きだからに決まっているじゃない! 小学四年生の時から! これは私の初恋だったのに! 


 もし、私が雄大のことを好きなことがバレて、そして雄大が『僕は、ゆきのちゃんのことは、あんまり好きじゃないなあ……』って言われたら立ち直れない。

 だから友達と恋バナする時も、雄大じゃない男子の名前を出して、ごまかしているっていうのに。そんな私の気持ちも知らずに……。


 でも今日は雄大本人には気付いてほしくて、わざと『I』つまり『愛』を何回も言ったっていうのに! つまり、ちょっとした告白だったのに! 真剣な表情で、何回も言ったっていうのに! 本当に雄大って、鈍感なんだから!


 私は少し、落ち込んだ。

 本当は、雄大と同じ高校、大学に行きたいけど、雄大がフランスのPSL研究大学に行きたいって言っているから、我慢して雄大が得意な理科以外の勉強を教えているっていうのに……。


 再び、やり場のない怒りが込み上げてきたので私は、教室の壁を『げしげし』と強めに蹴った。


   ●


 僕、高橋雄大は不思議だった。次の授業は、ゆきのちゃんが大好きな美術の授業なのに、どうしてあんなに機嫌が悪いんだろう? 普段はクールで美人なのに。


 それにしても、ゆきのちゃんは鈍感だなあ。ゆきのちゃんは将来、画家になるのが夢だから日本中、いや世界中の美術館に勉強しに行きたいって言っていたのに……。

 だから僕は世界でも有名な美術館の、ルーブル美術館に連れて行ってあげようと思ってフランスの大学を目指しているのに。つまり僕は、ゆきのちゃんのことが大好きなのに……。これは僕の、初恋なのに……。


 小学四年生の時、ゆきのちゃんは発表した。『私の夢は、画家になって私が描いた絵を見てくれた人を幸せにすることです。そのために日本中、いや世界中の美術館に行って、絵を見て勉強したいです』と。


 取りあえず僕は、ゆきのちゃんに『好きです』とは言っていない。

 もし、ゆきのちゃんに『雄大のことは好きじゃない』って言われたら、立ち直れないくらいショックを受けるからだ。だから友達には他の女子が好きだって、うそをついているのに……。


 僕は

「はあ……」と、ため息をつくと美術の教科書を持って、美術室へ向かった。


   ●


 教室に残っていた数人の男女生徒は、『くすくす』と笑っていた。


「ゆきのって絶対、雄大のこと好きだよな。毎日、昼休みに勉強を教えてるし!」

「そうそう! それに雄大君も絶対、ゆきのちゃんのことが好きよ! 勉強を教えてもらっている時いつも、まんざらじゃない顔をしているもの!」


「そうなんだよな~。二人とも相思相愛なんだよな~。でも二人とも鈍感で気付いてないんだよな~」

「そうそう。このことは、クラスの皆が気付いていることなのにね~。まあ、微笑ましいから、温かく見守っていようよ!」

「ああ、そうだな!」

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