後編

 一緒に花火大会来れるのも、これが最後かもしれない。


 ポツリと言い放たれたその言葉は、わたしを動揺させるには十分だった。


「さ、最後って、どういうこと?」


 震える声で聞いてみる。今までそんな話、一度もしてなかったよね。

 もし本当にこれが最後なら、こんな形で帰るなんて嫌すぎる。

 だけど──


「だって、今年は友だちとの都合が合わなかったから、俺を誘ったんだろ。だったら、来年はどうなるかわからないじゃないか」

「へっ────?」


 返ってきたのは、あまりに予想外で、拍子抜けする答え。


 だけど、ユウくんはさらに続ける。


「それに、友だちの一人は、彼氏と一緒にデートなんだろ。藍だって、いつそんなことになってもおかしくない。その……いつまでも子供じゃないんだから」


 そう語るユウくんの表情は、寂しそうで、それでいて真剣だ。

 だけどわたしは、それを聞いて思わず力が抜ける。


「な……なにそれ」


 気がつけば足が崩れそうになり、それを支えるユウくんの手に、いっそう力がこもる。


「大丈夫か? 足、やっぱり痛む?」

「いや、これはそういうんじゃないから」


 まさか、最後ってそういうこと。

 理由を聞いてみれば、あまりにあっけない。


 ユウくん、そんなこと考えてたの?

 だけどそれは、いらない心配だ。


「そんなの、ユウくんがいいなら、いつだって一緒に行くから。ユウくんは、来年もわたしと一緒に来たいの?」

「そりゃもちろん。けど、俺に気を使って友だちを断ることもないんだよ」

「ユウくんと一緒がいいの!」


 ああ、もう。どうしてわかってくれないかな。そりゃ、最初は友だちと一緒に来ようかなって思ったよ。

 けど、その友だちが彼氏と一緒に行くって聞いて、わたしもデートに誘ったらって言ってくれて、そしたら、もうユウくんと一緒に行くしか考えられなくなったったのに。


 だいたい、そういう心配なら、今までわたしは何十回もしてるんだよ。


「ユウくんこそ、わたし以外の誰かと一緒に来たいとは思わないの? その……た、例えば、彼女とデートとか」


 勢いで聞いてみたけど、この質問は少し緊張する。


 ユウくんが誰かと付き合ったとかデートしたなんて話は、今まで一度も聞いたことがないけど、いつかそうなるんじゃないかってビクビクしていた。

 だって、ユウくんカッコいいし、絶対モテると思うんだもん。


「俺? うーん、ないな」

「彼女作ったり、デートしたいとは思わないの?」

「元々、恋愛にはそこまで興味があるわけじゃないからな。それより、今は藍とこうして一緒にいる方が楽しい」

「ふぇっ!?」


 またサラッとそういうことを言う。


 ずるいよ。そんなこと言われたら、いらない心配への不満も、妹扱いへのモヤモヤも、全部忘れそうになるじゃない。


 顔が火照ってきて、表情が崩れるのがとめられなくて、それらを見られるのが嫌で顔をそらす。


 そうしているうちに、花火大会会場から、少し離れた場所にあるコンビニの駐車場にたどり着く。ここで待っていれば、もうすぐタクシーがやってくるはずだ。


 色々消化不良だけど、花火大会もこれでおしまい。

 すると、そこでユウくんが言った。


「なあ、藍。もう少ししたら、隣街でも花火大会があるだろ。今日の埋め合わせに、そっちにもいかないか? 俺、車出すからさ」

「えっ──?」

「来年また来れるかもしれないけど、今年はこのまま終わりってのは嫌だからさ」


 どうかなって感じで聞いてくるけど、もちろん答えなんて決まってる。


 だけど、すぐに「行く」って言うのをがまんして、イタズラっぽい笑顔を作る。

 そして、言う。


「デートのやり直しだね」

「えっ、デート?」

「デートでしょ。ユウくん、さっき言ってたじゃない。わたしだって、いつそうなってもおかしくないって」


 からかうよう言ったけど、内心はドキドキだ。いきなりこんなこと言うなんて、ユウくんはどう思うだろう。


 ハッとしたように、目を丸くするユウくん。

 けれどすぐに、いつものように優しい笑みを浮かべる。


「そうだな。デート、楽しみにしてるよ」


 ああ。これはきっと、本気にはしてないな。背伸びしがちな妹が、冗談で言ってるくらいにしか思ってないんだろう。

 わたしが、どれだけ緊張していたのかも知らないで。


 だけど、いいんだ。

 こうして言葉にして、子供しゃないわたしを見せていって、いつかは一人の女の子として意識してもらう。何年もお兄ちゃんに片思いしている身として、とっくに長期戦は覚悟してるんだから。


 とりあえず、今度の花火大会では、今回みたいな失態のないようにしなきゃ。

 もっとしっかりして、可愛いくして、少しでも本当のデートみたいにする。ううん、みたいじゃなくて、本当のデートにしてやるんだから。


 だけど、わたしもまた知らなかった。

 わたしがそんな決意をしている横で、ユウくんが何を考えているのかを。


(いきなりデートなんて言うから、ビックリしたよ。ほんと、最近はだんだん子供に見えなくなってきて困ってるんだけどな。こんなこと、藍にはとても言えないよ)


 いずれ、これを思い出話として聞く日が来るんだけど、それはまだ、ずっとずっと未来の話だ。

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これはデート。そう思ってるのは、わたしだけ? 無月兄 @tukuyomimutuki

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