中編
「痛っ……」
ベンチに座り、草履を脱いだ足をさすりながら、小さく声をあげる。
ユウくんも、真っ赤になったわたしの足を見ながら、心配そうに言う。
「草履の花尾が擦れたんだな。どうしてもっと早く言わなかったんだ」
実は、初めて違和感に気づいたのは、今から少し前。花火を見ていると、足にちょっとした痛みを感じた。
ユウくんの言う通り、その時すぐになんとかしていたら、ここまで酷くはならなかったかもしれない。
なのにそうしなかったのは、わたしの勝手なわがままだ。
「ごめんなさい。言ったら、もう帰らなきゃいけなくなるかもって思ったから……」
花火大会は、まだ予定の半分くらいしか過ぎていない。
なのに、そんな半端なところでユウくんと一緒の時間が終わってしまうのは嫌。そう思うと、つい言い出せなかった。
けれど、その結果がこれだ。
「酷くならないうちに言ってたら、なんとかできたかもしれないのに。これじゃ、本当にもう帰らなきゃならないぞ。タクシー呼ぶから、ちょっと待ってて」
「はい…………」
頷くしかなかった。
花尾が擦れたところは炎症を起こしていて、今はもう、歩く度に激しく痛む。さすがに、この状態で帰りたくないとは言えないよ。
「はぁ……わたし、なにやってるんだろう」
ユウくんがタクシーを呼ぶため電話している横で、ため息をこぼす。
今日わたしは、デートのつもりでここに来た。
なのにやったことといえば、ユウくんに迷惑かけただけ。デートどころか、手のかかる子供とその保護者って言うのがピッタリだ。
ユウくん、呆れてないかな。
自己嫌悪している間に、いつの間にか電話も終わったみたいだ。
「タクシー、すぐに来れはするけど、少し離れたところにしか止められないって」
「うん。わかった」
辺りはこの花火大会に来ている人で混雑しているし、近くの道は通行止めになってるところもある。
この足で歩かなきゃならないのは辛いけど、仕方ないよね。
だけどそう思ったその時、ユウくんはクルリと回ってわたしに背を向けた。
「ほら。おぶっていくから、捕まって」
「ふぇっ!?」
お、おぶっていくって、わたしがユウくんにおんぶされるってことだよね。
ユウくんはサラッと言うけど、わたしは、じゃあお願いしますとは言えなかった。
「いいよ、恥ずかしいし。自分で歩けるから──痛っ!」
慌てて立ち上がるけど、そのとたん、また足に痛みが走る。
それを、ユウくんは見逃さなかった。
「やっぱりダメじゃないか。恥ずかしがってる場合じゃないだろ」
「平気だってば」
「平気じゃないだろ。これ以上悪くなったらどうするんだ」
なんとか断ろうと意地になるけど、ユウくんも譲らない。
ユウくんは、恥ずかしいとか思わないの? 思わないんだろうな。
多分ユウくんにとっては、昔、小学一年生のわたしを肩車したのも、今ここでおんぶするのも、大した違いはないんだと思う。妹の面倒を見る兄心みたいなもんだ。
それが、わたしを大事にしているから、本気でケガを心配しているからってのは、よくわかる。だけど、わたしだって必死だ。
多分、ユウくんが思っているより、ずっとずっと恥ずかしい。
だって、だって……
「おんぶなんてしたら、む、胸が当たるじゃない!」
叫んだ瞬間、初めてユウくんがたじろいだ。
そりゃ、わたしはそんなにサイズがある方じゃないけど、おぶさって密着したら、どうしたってそうなるもん。
ユウくんは、少しの間目を丸くしたまま固まっていたけど、それからボソリと小さな声で呟く。
「………………ご、ごめん」
一方わたしは、火が出そうなくらい火照った顔を、両手で必死に覆い隠していた。
ユウくんに肩を貸してもらい、ケガした足を浮かしながらヨタヨタと歩く。
結局、ユウくんにおんぶしてもらう案は、胸が当たるというわたしの一言で、あっさり中止になった。
さすがのユウくんも、こういう話題を出されたら、強く言うなんてできやしない。
「ごめんな。そこまで気が回らなかった」
だよね。ユウくんが悪気ゼロだったことくらいわかってる。だけどそれだけに、わたしの言った言葉は思いの外ダメージが大きかったみたいで、ずっと気まずそうにしている。
ダメージが大きいのは、わたしだって同じだ。胸がどうとか、ユウくんの前で言うなんて、恥ずかしすぎる。
ああ、もう。こんなことなら、もっと別の言い訳考えるんだった。
「わ、わたしだってもう子供じゃないんだし、ちょっとはそういうこと気にするよ」
「そうだよな。藍だって、いつまでも子供じゃないんだよな。本当に、ごめん」
すっごく落ち込みながら、何度もごめんと繰り返すユウくん。こんなユウくん、初めて見たかも。
子供じゃない、か。
子供じゃなくて女の子として見てほしい、なんて思ってたけれど、決してこういう形で意識されたかったわけじゃないのに。
するとユウくん。シュンとしたまま、またポツリと小さく呟いた。
「ごめんな」
「もういいから」
「いや、さっきのことだけじゃないんだ。足のケガだって、もっと早くに気づいてやれたら、なんとかなったかもしれない。そしたら、せっかくの花火大会も、こんな風に終わることなかったのに」
「い、いや、それこそユウくんのせいじゃないし。悪いのはわたしだもん」
さっきから謝りっぱなしのユウくんだけど、いくらなんでも、それは違うでしょ。
確かに変な空気になっちゃったけど、元々わたしがすぐに足が痛いと言ってたら、こんなことにはならなかったかもしれない。
だけど、ユウくんにも思うところがあるみたい。
「俺だって、藍にはちゃんと最後まで楽しんでほしかったんだよ。一緒に花火大会来れるのも、これが最後かもしれないから、なおさらな」
「えっ──?」
小さく呟かれたその言葉に、わたしは思わず足を止めた。
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