これはデート。そう思ってるのは、わたしだけ?
無月兄
前編
ドーンと大きな音がして、真っ暗な空に花火が上がる。
だけど、わたしにはそれが見えない。まわりにいるたくさんの人たちが、目隠しになってるせいだ。
「うーーん」
背伸びしみるけど、小学一年生のわたしじゃ、どんなに頑張ったって見えやしない。
楽しみにしてた花火大会なのに、これじゃちっとも面白くないよ。
すると、一緒に来ていたお父さんが、そんなわたしを見て笑った。
「どうした、見えないのか? よし、お父さんが肩車してやろう」
そう言って、お父さんはしゃがんで手を伸ばす。
だけどわたしは、それを見てお父さんのすぐ横を通りすぎた。
お父さんの隣にいるお母さん。そのさらに隣にいるユウくんに、わたしは駆け寄っていく。
「肩車してもらうなら、ユウくんがいい」
「えっ、俺?」
ユウくんは、近所に住んでる中学生のお兄ちゃん。わたしより7歳も年上だ。
うちの家族とは仲良しで、今日もこうして一緒に花火大会に来たんだ。
ユウくんは、優しくてカッコよくて、まるで絵本に出てくる王子様みたい。どうせ肩車してもらうなら、お父さんよりユウくんの方がいい。
「こら、わがまま言って困らせたらダメだろ。肩車なら、お父さんがしてやるから」
「やだ。ユウくんがいい!」
もう一度大きな声で言って、ユウくんの足にしがみつく。
そしたら、ユウくんはそんなわたしをヒョイと抱えあげてくれた。念願の肩車だ。
「どうだ。これなら見えるか?」
「うん。すっごくよく見える!」
ユウくんの背中からだと、さっきまで全然見えなかった花火もしっかり見ることができた。
真っ暗な空に広がる花火は、とてもきれいだった。
「ユウくん、ごめんね」
「いえ、いいですよ」
お父さんの言葉に、ユウくんは笑って答えていた。
ユウくんは、やっぱり王子様みたいだ。
花火を見れたのは、もちろん嬉しい。だけどそれと同じくらい、ユウくんに優しくしてもらえたことが、すっごく嬉しかった。
わたしにとってユウくんは、理想の王子様で、最高のお兄ちゃんだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ずっと昔の記憶を思いだしながら、部屋の隅にある鏡の前に立つ。
映っているのは、高校生になったわたし、藤崎藍の姿だ。
当たり前だけど、小学一年生だったあの頃よりも遥かに背が伸び、顔つきも大人っぽくなっている。
当たり前か。あの花火大会から、もう9年もたってるんだもんね。
大人っぽくなっただけじゃなくて、少しはきれいになったかな?
そんなことを思いながら、もう一度鏡を見る。今のわたしは、淡い水色の浴衣姿だ。
一人で着付けしたのは初めてだけど、どこもおかしくないよね?
念のため、もう一度チェック。クルリと回って、さらにもう一度チェック。浴衣だけでなく、メイクもきちんとできてるかしっかり確認しなきゃ。
だけど、そんな時間は長くは続かなかった。
部屋の外から、お母さんの声が聞こえてくる。
「藍、いつまで準備してるの! ユウくん迎えに来たわよ!」
「えぇっ、もうそんな時間!?」
慌てて最後のチェックをすませると、急いで部屋を飛び出し、声のする玄関の方に向かう。
そこにはお母さんの、そして、ユウくんの姿があった。
「遅くなってごめんなさい」
「大丈夫だよ。へぇ。それが、前に話していた浴衣か」
ユウくんは、わたしを見るとにこやかに微笑んだ。
「うん。変じゃないかな?」
「ああ。よく似合ってる。かわいいよ」
かわいい。その一言だけでドキッとして、しっかりチェックしてよかったって思えてくる。
すると、お母さんがクスクスと笑った。
「藍ったら、さっきからずっと張りきってたのよ。帯の結び方が変じゃないかとか、メイクはちゃんとできてるかとか。おかげでこんなに時間かかっちゃって、ごめんなさいね」
「ちょっと、お母さん!」
どうしてそういうこと言っちゃうの!
そりゃ、張りきってたのは本当だけど、なにもユウくんの前で言うことないじゃない。
「そうなのか?」
「う、うん。花火大会、去年と一昨年は中止になったでしょ。久しぶりだから、楽しみにしてたの」
わたしの住む街では、毎年夏になると花火大会が開かれるけど、世界的に流行した感染症のせいで、二年連続の中止。
だから今日は、三年ぶりの花火大会になっていた。
だけど、わたしが張りきっていたのは、実はそれだけが理由じゃない。
「それじゃ、二人とも楽しんできてね。ユウくん、藍のことよろしくね」
お母さんは、そう言ってわたし達を送り出す。
昔は、家族全員とユウくんとで行ってた花火大会。
だけど今日は、わたしとユウくんの二人だけ。ううん、二人きりだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「綿菓子好きだったろ。買ってやろうか?」
河川敷にある、花火大会会場。もうすぐ開始っていうアナウンスが流れたところで、近くに並んだ屋台を見ながら、ユウくんがそう聞いてくる。
けれど、わたしはそれを断った。
「えっ、いいよ」
確かにわたしは、昔こういうところに来る度に綿菓子を買っていたけど、それは袋に描いてあるアニメが好きだったから。そんなの、もうとっくに卒業してるもの。
「そっか。けど、何か腹ごしらえくらいはやってた方がいいよな。どれがいい?」
綿菓子じゃなくても、ユウくんは奢ってくれる気満々だ。
「お金なら、わたしもお小遣い持ってきてるけど」
「これくらい俺が払うよ。これでも、ちゃんと働いて給料もらってるからな」
「じゃあ、りんご飴」
お給料か。アルバイトもしたことないわたしにとって、そんな風に自由に使えるお金があるのは、少し羨ましい。
ユウくんは、今や立派な社会人。今着ているラフなTシャツ姿もいいけど、この前見たスーツ姿もカッコよくて、ドキッとした。
そんなユウくんから見たら、わたしはまだまだ子供なんだろうな。
「そういえば、今日は友だちと一緒に来ようとは思わなかったのか?」
ユウくんに買ってもらったりんご飴を食べていると、そんなことを聞かれた。
昔は、家族全員揃っての恒例行事みたいになってた花火大会だけど、高校生にもなると、こういうのは友だちと一緒に行くところって感覚になってくる。
お父さんやお母さんもその辺はちゃんとわかってて、友達と一緒なら行ってもいいよって言ってくれていたけど、結局わたしは、こうしてユウくんと二人で来ている。
「一番仲のいい友だちが、先に彼氏と一緒に行く約束をしたんだって。他の子も色々都合がつかなかったから、ユウくんを誘ったんだけど、迷惑だった?」
「いいや、全然。むしろ、誘ってくれて嬉しかったよ。それにしても、彼氏と一緒か。確かに、こういうところってデートの定番だからな」
デート。その言葉にドキリとする。
実は、さっきユウくんに話したのは、半分本当で、もう半分は嘘。
友だちが彼氏と一緒に行くってのは本当だけど、それを聞いた時、その友達から言われたんだ。
『藍も、あのお兄さんみたいな人をデートに誘ってみたら。ずっと好きなんでしょ?』
そう。わたしは、ユウくんのことが好き。
ユウくんはお兄ちゃんみたいな人だし、妹みたいに可愛がられるのもいいんだけど、それだけじゃ嫌って思い始めたのはいつからだろう。
周りを見ても、多分カップルなんだろうなって思う男女の組み合わせが、いくつも目につく。
わたしとユウくんも、他の人からは、あんな風にデートしているように見えるのかな。
そう思ったその時、辺りにドーンと大きな音が響いて、空が光った。いよいよ、最初の花火が上がったんだ。
空を見上げると、さらに連続して花火が上がる。
きれいだな。そう思って見ていると、急に、私の右手を何かが包んだ。
見ると、ユウくんが手をとり、握りしめていた。
「ユ、ユウくん!?」
「空ばかり見ていて、はぐれるといけないからな」
「そ、そうだね」
ユウくんは何の気なしに言うけど、わたしはとたんに緊張でいっぱいになる。手汗かいたりしないかなって、変なところで心配になる。
だって好きな人と手を繋ぐんだよ。嬉しいことは嬉しいけど、これで平静でいられるわけがない。
ユウくんは、緊張とかないのかな?
そう思って見てみるけど、その顔にちっともそんな気配はなく、いつもどおりだ。
そりゃそうだよね。わたしにとってユウくんはお兄ちゃんであるのと同時に好きな人だけど、ユウくんにとってわたしは妹のようなもの。
仕方ない。小さい頃からの印象は簡単には変わらないし、7歳も年下のわたしは、きっと子供にしか見えないんだと思う。
でもね──
ユウくんの言った通り、ここはデートの定番スポットなんだよ。そんなところに、二人だけで来てるんだよ。
勝手にデートって思うくらいは、いいよね。
だけど、この時わたしは知らなかった。
このデート(?)が、もうすぐ予想外の形で終わってしまうことを。
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