33. 無双


「す、すごい…………」



 セフィエは衝撃のあまり言葉を失っていた。


 眼前で繰り広げられる、激戦。

 しかしローブたちのどの攻撃も…………ブラッドリーに“届かない”。


 彼女には理解できない謎の力で盾が飛ばされ、剣が飛ばされ、それは自ら意思を持ったかの如く自分の主を“殺す”。


 血染めの笑顔を浮かべながら、戦場だというのにブラッドリーはまるで踊り子のように、華麗に舞って見せる。

 それは悪魔のものか、それとも気の狂った天使のものか。

 セフィエには…………分からなかった。


 しかし、これだけは分かる。


 華麗な剣裁き。

 戦場を把握する洞察力。

 そして冷静に分析できる明晰な頭脳。


 全てが――――“並外れている”。


 瞬く間に彼を取り囲んでいた敵は肉塊と化し、残された僅かな仲間を従え、ローブの女性は後ずさる。


「強い…………」


「ほうら、さっきの威勢はどうした?」


「…………」


「まさかあんなセリフ吐いておきながら、これで終いなんてワケないよなあ?」


 ブラッドリーは口角を吊り上げ、じりじりとローブの女に歩み寄っていく。

 しかしローブの女は狼狽えるどころか、さっきよりも落ち着き払った様子。


 黙っていたローブの女が、口を開いた。


「お見事。素晴らしい、本当に素晴らしい!」


 女は手を叩き、部下に視線をやる。

 すると部下も共鳴するように手を叩き始めた。


「噂には聞いていましたが、ここまで強いとは」


「噂?」


 ブラッドリーは顔を顰める。


「ええ、そうです。皆あなたのことを噂してるんですよ?」


「…………待て。まさかお前、俺の事を知ってるのか?」


 さっきとは打って変わって、真面目な顔になるブラッドリー。

 そんな彼を弄ぶかの如く、ローブの女性はじらす。


「さあ? 私が知っているのは…………ここまでかもしれません」


「ったく、面倒だな。わざわざ“ミステリアス”演じて気を引こうとしてもムダだぜ。そういうのは――――“タイプ”じゃないんだ」


 ブラッドリーはニヤリ、不敵な笑みを浮かべて剣を構えた。

 

「答えろ。お前らは一体誰だ? なんで俺を知ってる?」


「…………折角だから、一つだけお答えてあげる」


 ローブの女はそのフードの下で口元を歪める。


「我々は“フラーシャル”。今は、それだけ」


 その名を聞いていたセフィエが首を傾げた。

 “フラーシャル”。自分はその名前を、どこかで聞いた覚えがあると。


 ブラッドリーはふんと鼻で笑うと、剣先をひらひらと翻す。


「それだけか? 名前だけ聞いてもわかんねえよ。“フラーシャル”っていう名の“ローブ愛好会”か?」


 ローブの女はくすくすと笑い、手を大きく広げた。


「ほんと、あなたって面白い」


「そりゃどうも。…………で、お前らは一体何者なんだ?」


 奇妙な静寂が訪れる。

 傍でその一部始終を見ていたセフィエも、張り詰める空気に息を飲んだ。


 やがて、ローブの女が自ずと口を開く。


「人間とは、愚かなものです。信仰を支配の“道具”として使ってしまう」


 ローブの女は俯く。


「けれど、違う。信仰というのは、本来人に寄り添うべきもののはず」


 信仰は心に深く打ち込まれた杭。

 それは心に安寧をもたらし、孤独から自分を救ってくれる時がある。


 ブラッドリーは頷いた。


「だな。信仰とはそうあるべきだな」


「しかし、現実は違います。分かるでしょう?」


 ローブの女は大げさに手を広げ、当たりを見回す。


「“罪”という謳い文句で、信者から金をむしり取る。神が望むことでなく、自分たちが望むことのために」


 すると彼女は急に激高し、声色を変えた。



「――――だから、私たちが。何とかしなければならないッ!」



 突然、彼女は“何か”をブラッドリー目掛けて投げる。


 それは――――透き通った多面体の“ガラス瓶”。

 太陽の光を捻じ曲げ、太陽のように輝きながらブラッドリー目掛けて飛んでくる。


 不意にそれが爆ぜたかと思えば――――白煙が巻き上がった。


 煙は一挙にセフィエとブラッドリーを飲み込んでしまい、更に当たり一面を包み込む。

 段々と風に乗って、煙が晴れていくと…………


「くそっ」


 ブラッドリーは小さく毒づく。

 煙の晴れたその先に――――もうあの女の姿は無かった。


「…………なんだったの、あいつら」


 セフィエはそう言いかけて、疲労のあまり切り株に腰を落とす。

 そしてじんじんと痛む膝をさすりながら、ローブの女が消えていった森の奥に目を凝らす。


 そこに剣を収めたブラッドリーが、不服そうな顔でやって来た。


「逃げ足の速い女だ」


「そうね…………一体あの短い間に、どうやって逃げおおせたのでしょうか」


 ブラッドリーはセフィエの隣の地面に座ると、胸をパタパタと扇ぐ。

 隣でどこか居心地悪そうにしていたセフィエが口を開いた。


「失礼」


「…………なんだ、お嬢様?」


「そ、その呼び方は止めて頂戴!」


「ふはは、わーったよ」


 からからと笑うブラッドリーは、話の先を促す。


「で、何を言いかけたんだ?」


「…………あの。街道で会った時のこと、覚えていらっしゃる?」


「ああ」


「あの時、その…………あんな事を言ってしまって」


 セフィエは最大限、しかし恥ずかしさを我慢できず謝罪の言葉を口にした。

 するとブラッドリーも眉を下げる。


「気にしてねーよ。第一、俺が煽ったのが原因だろうが」


「しかし」


「俺も悪かった。謝るよ…………せ、“セリラント”? だっけ?」


「――――セフィエ・ヒュンゲスですの! セ、フィ、エ!」


「あ、わりぃわりぃ。セフィエ」


「加えて呼び捨てとは…………」


 しかし、セフィエは微塵も不快だとは思わなかった。


 彼に対する印象は、あの時とは全く異なっている。

 自分と同じ、いやそれ以上に強く、勇気に満ち溢れる勇敢な男。

 彼女は…………少しづつ彼を認め始めていた。


 ふと、セフィエが口を開く。


「ブラッドリー、でしたか?」


「そうだ。別にブラッドでもブラッドリーでもどっちでもいいぞ」


「姓は?」


「“ミュラー”だ」


「それでは…………ミュラー“卿”と呼ばせて頂きますの」


「どうぞ、お好きなように」


 ブラッドリーは微笑むと、そっと目を閉じて地面に寝転がる。

 その寝顔を見つめながら、セフィエは言葉を継ぐ。


「それで…………ミュラー卿。少しいいかしら?」


「ん? なんだ」


「助けて頂いた上で、こんなお願いをするのはいささか後ろめたいですが…………」


 セフィエは立ち上がり、真剣な表情でブラッドリーを見下ろす。


「卿に――――“指導官”をしてほしいんですの!」


「…………は?」


 ブラッドリーは突然のことに呆けた表情を浮かべ、体をぬっと起こす。


「待て、どういう風の吹き回し?」


「ですから、卿に我々騎士団の“指導官”をして頂きたいんですの」


 指導官というのは、つまり教官の事だろうか。

 眉をひそめていたブラッドリーが首を横に振ろうとして。


「勿論、“褒章”も差し上げます」


 ブラッドリーは即座に首を縦に振る。


「ちなみに…………どれくらい?」


「“金貨2枚”で如何でしょう?」


「き、金貨2枚!?」


 このご時世、金貨2枚あれば半年は腹を空かせることは無いだろう。

 しかも、酒も肉も好きなだけ飲み食いできる。


 ブラッドリーはごくりと唾を飲む。


 そういえば、ここ最近は忙しくてロクに酒を楽しめていない。

 更に何かと酒に厳しいリリアがそれを許してくれるはずもなく。


 だから、彼にとってその提案は垂涎すいぜんものだ。


「ああ、受ける! 受ける」


「よかった! 断られたらどうしようかと思っていましたの」


「そんなまさか。そこまでされちゃ断れねーだろ」


「感謝します。では、早速今日からお願いできますの?」


「今日!? 随分せっかちだな…………」


 ブラッドリーがそう言うと、セフィエは自分の下着に視線を落とし、頬を赤らめる。


「私、今日はとても訓練に出られそうにないんですの。…………察して頂戴」


 同じく彼女のズボンに視線を落とした彼は肩をすくめた。


「りょーかい。んで、そうなると俺は何処に行けば良いんだ?」


「“中央教会”へお越しになって。そこで“セフィエ・ヒュンゲス”の紹介だと一言いえば、入れるはずです」


「中央教会って…………」


 ブラッドリーはここに来る前に見た“巨大な建造物”を思い出す。


 まるで城のように城壁に囲まれそびえ立つ、真っ白な“神殿”。

 遠くからでもはっきりと見えるほどに背の高い建物。

 あれがまさに、彼女の言う中央教会なのだろうか。


 彼が尋ねると、セフィエは笑顔で首を振った。


「その通り。卿の仰る建物が、中央教会ですの!」


 すると、突然どこからともなくセフィエを呼ぶ男の声が聞こえてきた。

 セフィエはぴくりとそれに反応し、慌てて周囲を見回す。


「きっと私を探しに来たんだわ!」


 彼女は声を張り上げ、森の中に男の声を探して駆けていく。

 その背中を、ブラッドリーは相変わらず寝転がって眺めていた。


 そして、彼はふと真剣な表情を浮かべ、呟く。



「…………“千載一遇”のチャンス、か」



 教徒騎士団の重要ポストに鎮座するセフィエ・ヒュンゲス。

 彼女の支持を得られた今、彼の“真の目的”へ一歩近づいたのは間違いない。


 実際、その後援のお陰で彼は正当な理由で“教皇の住まい”に自由に出入りできるようになったのだから。


 ブラッドリーは立ち上がり、背中の砂埃を払うと来た道を戻り始めた。




 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【第一章完結】で、俺が復活したってワケ〜元魔王軍参謀で最強の磁力使いは、クズ共をぶっ殺す〜 天使咀嚼 @computer-1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ