第2話 6

 それからわたしは――


 お嬢様の指示で街の衛士詰め所を襲撃し、ルークス子爵の戦力を徹底的に奪った。


 保安官の身分を明かせば、基本的に衛士や騎士は協力的だ。


 ミルドニア皇国は皇都に詰める禁軍を除いて、各領の軍は領主の管理下にある封建制度。


 元々は複数の部族を束ねた多民族国家だから、その首長であった貴族の立場が強いのよね。


 だからこそ保安官制度なんていう、貴族をも取り締まる制度が作られたのだけれど。


 子爵の悪事に加担していた衛士を捕縛し、そうではないな衛士に監視させると、そのままわたし達は孤児達を獣騎車に乗せて帰路に着く。


 獣騎車だけでは孤児達全員は乗り切れなかったから、子爵の屋敷にあった荷運び用の大型馬車も連結させての移動となった。


 領境の関所で、アルドノートの衛士に事のあらましを説明し、ルークス子爵や院長、悪事に加担していた衛士達の捕縛に向かわせる。


 関所にも獣騎が配備されているから、捕縛は速やかに行われるでしょう。


 そうしてアルドノートのお屋敷に戻ったのは、夕食時をわずかに過ぎた頃で。


「てっきり泊まりになると思ったんだけどなぁ……」


 領外に出た事のなかったトムは、少し残念そう。


「泊まりになったとしても、観光はできなかったと思うわよ」


「ええ? そうだったのか?」


 驚くトムに、わたしはため息。


「なにしに行ったと思っているの?」


「なにって……そういえば結局、なにしに行ったんだっけ?

 気づいたら、孤児院でおまえが大暴れしてたけど」


「大暴れじゃないわ。お仕事よ」


 まったく。人を乱暴者みたいに。


「……バルド、説明は任せるわ」


 荷降ろしをしていたバルドにトムを任せ、わたしはお嬢様と自分の荷物を持って、お屋敷の玄関をくぐる。


 孤児達はすでに他の使用人達に連れられてお屋敷の中。


 今頃は使用人寮の大浴場で、きれいに洗われているはずね。


 寮へと続く廊下の向こうから、子供達の楽しげな声が聞こえてくるわ。


 自分の部屋に荷物を置いて旅装を解くと、すぐにお嬢様のお部屋に向かう。


 お嬢様はお部屋にいらっしゃらなかったから、きっと食堂で夕食なのでしょう。


 わたしはお嬢様の荷物を整理し、それから食堂へと向かう。


「おお、ティナ。

 ご苦労だったね」


 食堂には旦那様と奥様もそろってらして。


 夕食はすでに終えられたのか、おふたりで食後のワインを愉しんでいらっしゃるご様子。


 お嬢様とミナ嬢は、向かい合って夕食中ね。


「おおよその事はフランやミナ嬢から聞いた」


 旦那様はそう仰って、孤児院とルークス子爵邸で回収した人身売買の帳簿を掲げた。


「……まさか我が領のすぐ隣で、本当に人身売買など……」


「だからこそ、他領へ抜けるルートを取っていたのでしょう。

 あなたが責任を感じる事ではないわ……」


 悔やむような旦那様を案じて、奥様が声をかける。


「――それでお父様、お母様、ミナさんの事なのですけれど……」


 孤児達はこの後、街の孤児院に預けられて、帰る場所がある子は送り返される事になる。


 けれど、ミナ嬢に関しては少々特殊なのよね。


 彼女の父親であるドルコノール子爵は、政変による粛清で処刑されている。


 そんな家の娘を引き取る親戚はいるのかしら。


「あら、ドルコノール子爵のご令嬢という事は、お母様はクレイストン家から嫁いでらしたはずよね」


 奥様が手を打ち合わせながら、そう仰った。


「……そう、なのですか?」


 ミナ嬢は不思議そうに首を傾げる。


「ああ、そうね。そうよね。

 あなたのお母様は――」


 奥様が仰るには。


 ドルコノール夫人は本来、別の家の令息と婚約していたのだそうで。


 けれど、夫人は学園で出会ったドルコノール子爵に惚れ込んでしまい、そのまま卒業を待たずに子爵と夜の関係を持ってしまったのだとか。


 結果、婚約は破談となり、実家であるクレイストン家からは勘当同然にしてドルコノール子爵に嫁いだのだとか。


 夫人としても娘にはそんな話を聞かせられないでしょうから、ご実家ごと隠していたのでしょうね。


 ……というか奥様の情報網、すごいですね。


 貴婦人ネットワークって言うんでしたっけ?


 旦那様は顎に手を当てて、少し考え込まれて。


「――ミナ君。

 君にはみっつの道を用意してあげられるようだ」


 そうして、三本の指をミナ嬢に立てて見せる。


「ひとつは他の孤児と同じように、ウチの孤児院に入って平民として暮らす道。

 もうひとつはウチに雇われて、使用人として働く道だ。

 そして最後は君の祖父がいるクレイストン家に引き取られ、貴族令嬢に戻る道……」


「――そんなの考えるまでもないじゃない!

 ミナさんはクレイストンに行くべきだわ!」


 お嬢様がミナ嬢の手を取って訴える。


「いや、フラン。

 容易に考えてはいけないよ。

 令嬢に戻ったとしても、ミナ君は将来、社交界で粛清されたドルコノールの娘として見られる事もあるはずだ。

 平民として生きるより、よっぽど困難で理不尽な事ばかりな生活になるだろう。

 ――だから、ミナ君。よく考えなくてはいけない」


 まるで諭すようにそう仰る旦那様は、どこまでも優しい方だと思うわ。


 クレイストン家との交渉を思えば、孤児院に預けてしまうのが一番楽なはずだもの。


 ミナ嬢はお嬢様に手を握られたまま、伏し目がちに旦那様に尋ねる。


「あの……あたしのおじいさんって、どんな人ですか?」


 その言葉に、旦那様は苦笑なさる。


「……厳しい――それはもう厳しい人だったよ……」


「――それはあなたが伯爵にしごかれたからでしょう!」


 奥様は旦那様の腕を叩いて、呆れたようにため息をつかれた。


 なんでも旦那様が若い頃、禁軍で将軍職にあった伯爵直々に、めちゃくちゃ鍛えられた事があるのだとか。


「安心なさい。伯爵は人格者よ。

 お年を召されて禁軍を退かれてから、領で息子夫婦――あなたにとっては叔父夫婦ね――の育成をしながら、のんびりと過ごされてるというわ。

 ご夫婦には、まだお子さんがいらっしゃらないそうだから、もしクレイストンに入るならその養女って事になるかしらね」


 奥様の言葉を聞いて、ミナ嬢は俯いて目をつむり、なにか考え込んでいるよう。


「……ミナさん……」


 心配そうにその顔をお嬢様が覗き込む。


「……フランチェスカお嬢様。

 あたしはお嬢様に救って頂いたご恩をお返ししたいのです」


「え? え、ええ」


 ミナ嬢はお嬢様の手に自分の手を重ねて、そう告げて。


 一方、お嬢様は戸惑ったような声でそれに応える。


 ぶっちゃけた話。


 お嬢様としたら、救ったつもりなんてなかったでしょうからね。


 あくまで将来降りかかる――はずの――破滅を回避する為の一手だったのだから。


「――孤児のままではお嬢様のお役に立てません。

 けど……」


 と、ミナ嬢はわたしをチラリと覗き見る。


「あたしはあの方のように、戦う事もお嬢様のお世話をする技術もないのです」


 ――そこでわたしを出しますか?


 旦那様と奥様が、『なにをしたんだ』という目でわたしを見つめてくる。


 やですよ~。お仕事です。お仕事しただけですってば。


 わたしが視線でそう返すと、およそ理解したのか、旦那様も奥様もため息をつかれた。


「……アーティ機関は本当に……」


 おふたりが同時に呟かれる。


 それはわたしを鍛えてくれた、師匠達が所属する<兵騎>開発機関の名称。


 べ、別に師匠達は悪くないんじゃないですか?


 わたし、あくまでお仕事しただけですしっ!


 わたし達が視線で会話してる間にも、お嬢様とミナ嬢の話は進み。


「クレイストン家に行けば、あたしはお嬢様にご恩返しできますか?」


 途端、お嬢様は一瞬、満面の笑みを浮かべられた。


 ……あ、今、うまく行けば殿下を押し付けられるって考えましたよね?


 けれどその表情は一瞬のこと。


 すぐに憂いを帯びた表情に取り繕い直して。


「……ミナさん、恩なんて返さなくてもいいのよ。

 あなたはこれまで苦労をしてきたのですから、これからはあなた自身の幸せを考えるべきなのです」


 ――だから、うまいこと殿下を誑し込んで、幸せになってね。


 そんな副音声が聞こえてくるようね。


「お嬢様ぁっ!」


 そんなお嬢様の思惑を知らないミナ嬢は、感極まったように大粒の涙をこぼして、お嬢様の手を握りしめる。


 奥様ももらい涙でハンカチで涙を拭ってらっしゃるのだけれど。


 ――ティナ。君、ちゃんとフォローしてくれよ?


 お嬢様の厨二ノートを知っている旦那様は、わたしに視線でそう告げてらっしゃって。


 ……ふう。


 良いでしょう。


 このティナ・バートン、お嬢様の為なら全身全霊で果たして見せましょう。


 ――お嬢様の平穏と安寧をお守りする。


 ……それこそがわたしのお仕事ですからね。





★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 これで2話が終了となります。

 次回、第3話からは、いよいよお話のメインとなる学園に舞台が移ります。

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お嬢様が「悪役令嬢転生しちゃった」とか厨二病な事言いだしたけど、わたしは粛々とお務めを果たします。 前森コウセイ @fuji_aki1010

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