第2話 5

 先の<大戦>の際に結成された対魔王諸国連合。


 戦後、五十年経った今でも、その時に結成された体制は残っていて。


 年に一度、春に所属国家の合同会議が開かれる。


 会議の開催地は所属国家の持ち回り。


 多くの王侯貴族や商人が開催国に集まる催しで。


 もう、五年くらい前になるだろうか。


 わたしとお嬢様は旦那様に連れられて、その年の開催国だった北方のダストア王国を訪れた。


 その年は<兵騎>の技術交換会も催されていたのよね。


 あとになって知ったのだけれど、なんでもその年は各国で<兵騎>の技術革新があったのだとか。


 その中でも発展目覚ましかった三国のトップが技術交換会の際に。


 ――この技術全部詰め込んだ、最強の<兵騎>見てみたくね?


 なんて言い出したものだから大変だ。


 元々、その三国の技術革新は、ノリと勢いだけで成されたものだから、合意までも恐ろしく早くて。


 わずか三日で三国合同<兵騎>開発機関が設立されてしまったほど。


 その開発機関は、三国のちょうど中央にあるダストア王国に置かれ、残る二国は技術者や資源を提供する形になった。


 旦那様はこの機関の将来性に着目をなさって。


 ――いかに優れた<兵騎>があっても、騎士がいなければ意味がないだろう。


 新型騎用の騎士育成も並行して行うべきだと、そう仰ったのよね。


 そうして送り出されたのがわたしというワケ。


 元々、ダストアの王女様や師匠達に気に入られていたお嬢様が留学するのに合わせて、わたしもまた彼の地に留学する事になったのよ。


 わたしは師匠達に様々な技術を仕込まれ、同時に新型騎の試験にも参加した。


 そんな経緯を経て生み出されたのが、<闇姫>の前身である<五精騎>シリーズ。


 今では中原連合所属国の主力<兵騎>となっているわ。


 <闇姫>はその<五精騎>を、師匠達がさらに発展させた、わたしの専用騎。


 ――魔芒陣によって転送されてきた<闇姫>。


 闇を塗り込めたような漆黒は、わたしの髪色を気に入ってくださった、ダストアの第二王女様の発想なのだそうで。


 胸甲がせり上がって露わになった鞍にわたしが飛び込むと、四肢が固定されて、顔に同調器となる面が付けられる。


 面の内側に文様が走り、同時に<闇姫>の無貌の面にも文様が走る。


 真紅のかおが描き出され、わたしと<闇姫>の合一が果たされた。


 今や<闇姫>はわたしであり、わたしが<闇姫>だ。


 スカート状の装甲服をひるがえし、わたしは脚に固定された鞘から二本の短刀を引き抜く。


 わたしに戦闘技術を叩き込んでくれた、ふたりの師匠はどちらも二刀スタイルで。


 違いといえば、ひとりは長剣と短剣を組み合わせたスタイルなのに対して、もうひとりは長剣二本を自在に振り回す強靭な肉体を誇っていたということ。


 ……肉体的に人属より優れているはずの獣属より、なお筋力で勝るあの人は、いまでもどこかおかしいと思うのよ。


 見た目は完璧に深窓のご令嬢なのにね。


 あくまで一般人枠のわたしは、ふたりのようにはできないから。


 短刀による二刀というスタイルを選んだわ。


 これなら普段もスカートの下に隠しておけるものね。


 お嬢様の警護にもってこいだと思ったのよ。


 無骨なナックルガードの付いた短刀を逆手に構えて。


 わたしは豚が乗ったカエル面のルークス<子騎>に対峙する。


 搭乗保護の結界がほどけて。


『――メイド風情が<兵騎>を使うだと!?』


 ルークス子爵が不快な声で驚いているわね。


『ええい! 所詮は虚仮威しだっ!』


 <子騎>がその機体の周囲に無数の火球を生み出す。


 <爵騎>を扱う貴族が侮れないのは、その外見と戦闘能力が比例しないという点。


 運動が苦手な者でも、魔道の強さによっては<兵騎>が強力になる事もありえると、わたしは師匠達からイヤと言うほど叩き込まれているわ。


 だから、ルークス子爵を侮らないし、最初から全力で行かせてもらうつもり。


『――喰らえっ!!』


 放たれた火球が不規則な弧を描いて飛来する。


 ――けれど。


「――フッ!」


 対魔法戦は師匠に教わっているのよ。


 ――攻精魔法は斬れるモノ。


 その概念と論理になってない屁理屈と技術を、わたしは十歳になる前に習得させられたわ!


 身をひねり、円を描くような動きは、獣属の師匠が独自の鍛錬で生み出した歩法と剣術で。


『――バカなっ!?』


 飛来した火球すべてを斬り捨てて見せたら、ルークス子爵は驚愕の声をあげたわ。


「……それで終わりですか?」


 尋ねるわたしに、<子騎>のカエル面にある四つの緑の眼が、スリットの奥で怯えたように瞬いた。


「――ならば、これで終わりにしましょうか」


 わたしは両拳を胸の前に。


「……目覚めてもたらせ。<光翼ロジカル・フェザー>」


 喚起詞を紡げば、騎体はふわりと空に舞い上がる。


『――へ、<兵騎>が飛ぶだとぉっ!?』


 <闇姫>の背には今、周囲の精霊を束ねた純白の光の翼が生み出された。


 これこそがホルテッサからやってきた、頭のネジが二、三本ぶっとんだロリ師匠が生み出した<兵騎>技術の最先端よ。


「あなたにはこのあと、人身売買の聴取をしなければいけません。

 ……死なないでくださいね?」


 空中で<子騎>を見下ろしながら、わたしはルークス子爵に告げる。


『――ま、まだだぁっ!?』


 <子騎>が両手を掲げて、巨大な火球を生み出した。


 魔道に優れた者ほど、追い詰められるとそうするのよね。


 わたしは騎体を地面目掛けて加速させる。


『――焼け死ねえっ!』


「――ハァッ!!」


 迫る火球を交差して振るった短刀で斬り裂き、わたしはさらに加速。


 <子騎>が目前まで迫ったところで、騎体を急制動させる。


「――切り裂け! <闇刃ロジカル・エッジ>!」


 瞬間、光の翼は闇色に転じ。


 元勇者だったというゴリラ師匠が使う神器を、ロリ師匠が研究して。


 その結果生み出された、あらゆるものを切り裂く刃翼は、<子騎>の装甲をものともせずに細切れにした。


「ああああ――ッ!?」


 醜い悲鳴をあげながら、地面に転がり落ちるルークス子爵。


 その肥え膨らんだ身体を掴み上げて、わたしは息を噴き出す。


 うまく殺さずに済んだ。


 わたしもだいぶ手加減が上手くなってきたわね。


 そこに拍手が鳴り響いて。


「――相変わらず<闇姫>は優雅ね」


 孤児院の入り口を見ると、満面の笑みで称賛をくださるお嬢様の姿。


 子供達を誘導するトムとミナ嬢の姿も見て取れる。


 バルドが駆けてきて、横倒しになった馬車に潰されていた院長を引きずり出した。


 ……姿が見えないと思ったら、そんなところにいたのね。


 これでひとまず一件落着かしら?


 だからわたしは、お嬢様に向けて<闇姫>のままにカーテシーして見せる。


「――お褒めいただき、なによりです」

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