第2話 4

「――何事だひゅるぅッ!?」


 まず飛び込んできた男の鼻先に掌底を食らわせる。


 上背があったから、下からかち上げるようになって。


 男の身体は宙を舞い、ドアの上の壁に後頭部を打ち付ける。


 次に踏み込んできた別の男の上に、鼻血を撒き散らした男が落ちてきて、ふたり揃って床に沈んだ。


 身動き取れない二人目の男の顎を蹴りつけて、意識を刈り取る。


「――うおっ!?

 もう初めてやがんのかっ!?」


 窓の外からバルドの声がして。


「――バルド、そこにひとり転がっているでしょう?

 拘束を頼むわ」


 そう告げる間ににも、三人目が廊下から現れる。


「お、おう。

 トームっ! ロープだ! あるだけ持って来い!」


 バルドの声を聞きながら、わたしは一歩、後ろに下がる。


 足元で転がってる男ふたりが邪魔だったのよね。


 三人目の男は、すでに倒れている男達を見下ろして警戒も露わに、腰から大型ナイフを抜いて部屋に踏み込んでくる。


「あらあら、孤児院の職員が、ずいぶんと物騒な物を常備してるのね」


 嘲るようなお嬢様の声。


「まったくですね」


 わたしは応じて、男に身構えて見せた。


「なあ、嬢ちゃん。

 これはおまえがやったのか?」


「他に誰がいるというのです?」


 男の目線が左右に揺れる。


 室内に他に戦力が居ないか確認している。


 怯えるミナ嬢を抱きしめたお嬢様のところで一度視線が止まり。


 そして、再びわたしを見据えた。


「……とんでもねえヤツだな」


「主人の身を守るのは、侍女の嗜みというものですよ」


 わたしは薄く笑って。


 対する男は、わたしから視線を外さないまま。


「ミナ! てめえ、わかってんだろうな!」


 恫喝するように声を張り上げ。


「赦して欲しかったら、その貴族のお嬢さんを連れてこっちに来い」


「――え?」


 下卑た笑みを浮かべる男に、ミナ嬢は戸惑った声。


「え? じゃねえよ!

 これだけの事をしでかしたんだ! その娘にも責任取ってもらうんだよ!」


「……できると良いですね」


「――ああっ?」


 わたしが嘲笑うように告げた直後。


 男はナイフを振り上げ、わたしに踏み込む。


 ――瞬間。


「ほいさっ!」


 重い打撃音がして、男は白目を剥いて崩れ落ちる。


 その背後から現れたのは、鞘に納めたままの長剣を肩にかけたバルドで。


「――余計なマネだったかい?」


 はにかむような笑みで尋ねてくる彼に、わたしは首を振って笑う。


「手間が省けたわ。

 彼らも拘束してくれる?」


「ああ。トームっ! こっちにも三名様だ! 急げいそげっ!」


 バルドが割れた窓の向こうに声をかけ。


「は、はいっ! 今すぐっ!」


 トムが返事を返した。


「――それじゃあ、行こうかしら?」


 お嬢様はそう告げて立ち上がり。


「へ?」


 ミナ嬢は不思議そうにお嬢様を見上げた。


「ミナ、院長室に案内してちょうだい。

 人身売買の証拠を押さえるわ」


 そうしてお嬢様はミナ嬢の手をとって歩き出す。


 床に倒れ伏した男達を、避けること無く踏みつけて進むお嬢様――素敵だわ。


 と、その時。


 窓の外から馬車が駆ける音が聞こえてきて。


「――バルド様! ルークス家の紋章つけた馬車が来ます!」


 トムが窓から顔を出して報せてきた。


 わたしとバルドは視線を交わす。


 どちらが相手をするか。


 途端、バルドは右手をわたしの顔の前に出しだし。


「……わりい。

 鍛冶長が整備と調整するからって、出立前にもぎ取られた」


 苦笑するバルドのその手には、本来あるべきはずの<兵騎>の喚器である指輪が見当たらない。


「あなたって人は……だから普段から、小まめに整備すべきと言ってたじゃない!」


 わたしはため息をついて、窓に向かう。


 玄関に向かうより、こっちからの方が早い。


「バルドはお嬢様の護衛。

 トム、こっちの三人を拘束したら、孤児達の保護をお願い。

 きっと<兵騎>戦になるから、獣騎車に集めて」


「あいよっ!」


「――わ、わかった!」


 ふたりが応えて動き出し。


 わたしは窓を乗り越えて、地面に降りた。


 足の下で縛られた男がうめき声を上げたけど気にしない。


 入れ替わりでトムが窓から室内に入っていき。


 わたしは露地剥き出しの道をやって来た馬車を出迎えた。


 ドアが開いて、転がり落ちるように院長が飛び出してきて。


 割れた窓とその下で拘束されている男を見て。


「――なな、なにをしたっ!?」


 唾を飛ばしながら叫ぶ院長に、わたしは微笑みを返す。


「――お嬢様のご要望です」


「なあ――っ!?」


 絶句する院長。


 そんな彼を押しのけるようにして。


「アルドノート公のご令嬢とは、ずいぶんと横暴なのですな……」


 丸々と肥え太った豚が姿を現す。


 事前に貴族名鑑の写真を確認したからわかる。


 ――ルークス子爵だ。


 そのガマガエルのような脂ぎった顔だけで有罪な気もするけど。


 わたしはお嬢様の名誉の為にも、嫌悪感満載のルークス子爵に顔を向ける。


「……黙れ豚」


「な、なにぃ!?」


 おっと思わず本音が。


 あの醜い顔で、お嬢様を侮辱するから、ついイラっとしちゃったわ。


 わたしは咳払いをひとつ。


「――この孤児院と、ルークス子爵には人身売買の容疑がかけられています。

 これはその捜査の一環です」


「いかに公爵令嬢といえど、領法を定めるのは私だ!

 捜査などと、なんの権限があって!」


 そう言い出すのは織り込み済み。


 けれど、今回は相手が悪かったわね。


 わたしは懐に手を入れ、首から下げたペンダントを示して見せる。


 そのペンダントトップには銀晶があしらわれ、アルドノート家の紋章である大盾の地に交差するクワと鎌が彫り込まれていて。


「――皇国保安官だとぉっ!?」


 これにはルークス子爵も驚愕の声をあげる。


 ――五十年ほど前。


 中原中を巻き込んだ――いわゆる<中原大戦>において、ミルドニア皇国は多くの騎士や兵、衛士の命が失った。


 その結果、大戦後の犯罪発生率は恐ろしい数に登り。


 もともと多部族を統一して興されたミルドニア皇国の領土は、周辺国に比べてかなり広大で、減少した衛士では取り締まれないほどになっていたのだという。


 そこで先々代の皇王陛下が打ち出したのが、保安官制度だ。


 一定以上の水準にある冒険者――具体的には騎級以上――で、法知識を有する者を登用して、犯罪を取り締まらせるという法制度。


 法知識に関しては、かなり難易度の高い筆記と口述試験が行われる。


 他にも侯爵以上の後見が必要など、現在ではかなり高難易度な職種になっているのだけれど。


 国から年金が支給されるなど、かなり優遇措置がなされている為、第二の人生として目指す冒険者は多い。


 保安官の任務は、皇国内の犯罪の取締り。


 特に領を跨いだ犯罪や、貴族による専横などを取り締まる事を目的としている為、裁判権まで付託されているほど。


 つまりこの銀晶のアルドノート紋を持つ保安官は、貴族さえも裁ける。


 そして、その保安官の取りまとめを行っているのが、アルドノート家というわけね。


 旦那様の立場なら、皇室の方々さえ裁く権限が与えられているわ。


 わたしに限らず、アルドノート家の見習いを除いた使用人はみな、この保安官資格をもっているわ。


 むしろ見習いを卒業する一番の壁が、この資格取得と言っても良いくらい。


 元々頭の良くなかったわたしだけど、師匠が独自の勉強法を伝授してくれたおかげで、なんとか法試験も突破できたのよね。


「……孤児のひとりがお嬢様に助けを求めたわ。

 申し開きは牢で聞きましょうか」


 わたしが静かにそう告げると。


「ぐ、ぐぬぬぬぬ……」


 豚は豚らしくない鳴き声を放って。


「――小娘がっ! ナメるな!

 来たれ、<子騎>!」


 右拳を胸の前で握り、豚は喚起詞を口にする。


 中指にはめた指輪が光り、彼の背後に魔芒陣が開いた。


 現れたのは、カエルのような平たい丸をした頭部を持った<兵騎>――子爵家に伝わるのであろう<爵騎>で。


 不意に現れた巨大な甲冑に押されて、馬車が横倒しになった。


 驚いた馬がいなないて、馬車に引かれて倒れ込む。


 ……やっぱり、こうなるのね。


 悪党というのは、だいたいが同じ反応をする。


 特に貴族は、なまじ<爵騎>という強大な力を持っているから、すぐに力に訴えようとするのよ。


 <子騎>の胸が開いて、豚の丸い身体が詰め込まれる。


 まるで箱に押し込まれたハムのようだ。


 自分の想像に、思わず吹き出しそうになりながら。


「……ならばわたしも力で語りましょう」


 胸の前で拳を握る。


「――来なさい。<闇姫>」


 わたしの背後に魔芒陣が開く。


 闇色を塗り込めたような漆黒の魔芒陣が。


 搭乗保護の為の虹色の結界がわたしの周囲に展開される中。


 わたしはカエル面の<子騎>を見上げる。


 ――ダストアにいる師匠達が生み出した、最新特騎の力を見せてあげるわ!

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