第2話 解決編
最初は、真面目なサラリーマンだったが、2ヶ月程で体調を崩して部屋を出て行った。次は女子大生だったが、その人も1ヶ月。その次は、遊んでそうな若い女性。その次は、何を仕事にしているのかよく分からない男。――そして、今の斉藤に至る。
「このマンションでは噂になって、住む人が皆、体がおかしなって出て行くんは自殺した女の子の幽霊が呼ぶからやと言うとる」
老婆はそう言い終えると、お茶をすすった。
「自殺した人が呼んで……ありそうで怖いですね」
由紀はすっかり老婆の言うことを信じ切っている。
だが、僕は妙な違和感を覚えた。
老婆の話ではない――この部屋に、違和感を感じたのだ。
「写真! あの部屋で撮った写真を見せてくれ!」
僕は由紀に慌ててそう言った。
「え? いいけど、急に何!?」
由紀はスマホを操作すると撮影した画像を表示した。
「……やっぱり」
違う。同じマンションの一室なのに、壁や床が違う。
「分かった……かもしれない」
「え!? 何、何なの!?」
僕は老婆に向かって言った。
「あの……すいません。ちょっと確認したいことが――」
「あれから、斉藤さんから連絡があって、前よりはずっと良くなったって――」
5日後の晩、僕はスマホで由紀からの連絡を聞いた。僕は自室から由紀と話している最中だった。
あの後、老婆に確認したのだ。――自殺のあった部屋はリフォームされませんでしたか、と。
答えは予想通り。壁や床に染み付いた痕跡が消せないからと、大家が部屋ごと大規模な改修工事を行ったらしかった。――壁や床が老婆の部屋と違ったのはそのためだ。
「でも、換気扇を点けて、窓を開けっぱなしにして……換気を良くすることがどうして除霊になるの?」
僕は声に出さず笑った。
除霊――由紀がまだそんな言葉を使っていることがおかしかった。
「自殺した人は間接的な原因であって直接的な原因じゃない。自殺したことじゃなくて、その後のリフォームが原因だったんだ」
「え? どういうこと?」
「シックハウス症候群だよ。要するに――」
シックハウス症候群とは住宅の建材等から発生する化学物質等によって空気等が汚染され、それによって様々な体調不良が引き起こされることをいう。
病院でも診断は難しく、他の病気と間違われることもあるという。診断を受けるならばアレルギー科等が好ましいが、彼女の行ったのは内科だったから分からなかったのだろう。
もっとも、部屋の換気を小まめにするだけでも原因となった化学物質等が溜まりにくくなり、改善することも多いらしい。
「だけど、どうしてすぐにそう言わなかったの?」
そうだ。僕はとりあえず換気のことだけ伝えて病名は言わなかった。
「確証が無かったからだ。それに、シックハウス症候群だと断定するには、専門家による家の検査が要る――結構な額になる」
「それなら大丈夫! 斉藤さん、何十万もする霊能者に頼もうか迷ってるらしかったから、それに比べたらどうってことないわ!」
僕は少し呆れた。
家賃を気にして事故物件に住むのに、そんなインチキに何十万も出せるのか……どういう金銭感覚なのやら……。
「そうか、その霊能者はすぐにやめるように言ってくれ。シックハウスの診断の専門業者はネットで探せば簡単に見つかるだろうから、その中から手ごろなのを選ぶように――」
「うん、すぐにそう伝えるわ!」
由紀の威勢のいい声が聞こえてくる。
「じゃあ、もう切るぞ」
「えっ……ちょっと待って!」
「なんだ?」
「大好き!」
それだけ言うと、プツリと電話は切れた。
全く、何を言ってるんだか――僕はそう思いつつも、しばらくの間スマホを手にしてその余韻に浸っていた。
2週間後、斉藤の一室は専門家による検査でシックハウス症候群だと断定され、それを突きつけられた不動産屋は慌てて代わりの物件を提供したと聞いた。原因を究明してくれたことに加え、格安で安全な所に移れたことを何度もお礼を言っていたそうだ。
僕と由紀の関係は相変わらずで、相変わらず周囲には誤解されたままでいる。
ただ、それも悪くないかとふと思う時がある。
△▼死者が呼ぶ部屋の構造についての検証△▼ 異端者 @itansya
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