△▼死者が呼ぶ部屋の構造についての検証△▼
異端者
第1話 事件編
5月の連休に入り、藤の花が散った頃だった。
僕、高校3年科学部の森野史郎は、今日はのんびりと過ごそうと決めていた――が、朝起きた直後にその計画はぶち壊された。
「ちょっと、シロー! 調査に行くわよ!」
スマホから無遠慮な声が聞こえてきたのだ。
声の主は瀬戸由紀、同じ高校の3年でオカルト部に所属している。
毎度毎度、こうして由紀は「オカルトを科学で証明できるか」を挑んでくる。もう3年なんだから少しは落ち着いた方が良いと思うのだが……言ったところで耳を貸さないだろう。
「『調査』って、何の調査だ?」
「前に言ったじゃない!? 自殺した女子大生の部屋に住むと祟られるって……オカルト部のOBにその部屋の今の住人と知り合いが居て、もうアポ取ってあるんだからね!」
――すいません。全然聞いた覚えがありません。
彼女のことだ……言ったつもりで忘れていたのだろう。よくあることだ。こちらとしては大迷惑だが。
「いや、オカルトの調査なら他のオカルト部の部員と行けよ」
「駄目よ! 他の部員じゃ分からないかもしれないじゃない!?」
「はあ?」
無茶苦茶だ。苦笑しながらも慣れてしまっている自分が怖い。
「とにかく、支度を整えて私の言ったところに来て!」
彼女はそう言うと、駅名だけ言って一方的に電話を切った。
行くしかあるまい。僕はそそくさと身支度を始めた。
「あら、出掛けるの?」
ふいに母が部屋に入ってきて言った。
「ちょっと由紀から呼び出されて」
「へえ……デート! 若い子はいいわね!」
いいえ、全然違います。
前から思っていたが、母は僕と由紀の関係を誤解しているようだ。もっとも、こちらはこちらで言ったところで耳を貸さないだろう。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい。……帰りは遅くなってもいいからね」
だから違うって――そう言いたくなるのを我慢して家を出た。
「シローったら、遅い!」
駅に着くとすぐに由紀から叱責があった。
こっちはいきなり呼び出されたんだから、その言い方はどうかと思う。
「これでも早い方だ」
ここは退くのは良くない。ハッキリと言った。
「女の子を待たすなんてサイテー!」
由紀はわざとらしくふくれっ面をして言った。
「その『女の子』とやらは、どこに居るんだ?」
「私じゃ駄目だって言うの?」
「まともな女の子は、オカルトなんて興味を持たないよ」
「それって、私がまともじゃないみたい」
「まあ、端的に言ってそうだな……」
「酷い! シローはいっつも現実的で夢が無いんだから、オカルトにも興味持った方がいいのに……」
オカルトは夢じゃなく悪夢だろ――そう思ったが、それ以上言わなかった。
「それで、どこへ行くんだ?」
「あ、うん……電車の中で説明するね」
僕と彼女は、少し離れた駅の切符を買うと、各駅停車の電車に乗った。
電車の窓の外を流れていく景色を見ながら、由紀は説明しだした。
彼女が言うには、これから行くのは住むと100%「祟られる」マンションのある部屋なのだという。
8ヶ月前、その部屋に住んでいた女子大生が自殺してから、その後に住む人は次々と体調に異常をきたし、出て行くのだという。
「――で、今まで4人の人が出て行って、これから会うのは5人目の斉藤美智子さんていう人。大学生でオカルト部のOBの人が知り合いになったから、私たちのことを伝えてもらって――」
「ちょっと待て。今『私たち』って、言わなかったか?」
「うん、そう! シローのことを話したら会ってみたいって!」
「僕はオカルト部の部員じゃない!」
全くだ。由紀と一緒にされたらたまったもんじゃない。
「いいじゃない! シローだったら解決できるかもしれないし!」
そういう問題じゃない!
そう叫びたくなる僕の目には、流れていく平和な田園風景が映っていた。
「あのなあ……僕はあくまで科学的に検証しているだけであって、オカルトの解決に取り組むが趣味じゃないんだ」
「でも、結果的に解決してるんだし……同じじゃない」
駄目だ。何を言っても逆効果だ。……僕は抵抗を諦めた。
電車は田園地帯を抜け、都市部へと入ろうとしていた。
電車から降りてから十数分歩くと、そのマンションはあった。
やや古めかしい造りだが、鉄筋コンクリート製らしくしっかりした物だった。
由紀は僕を連れて共用通路を2階へと上がると、ある部屋のインターホンを鳴らした。
「はい」
歯切れのよい若い女性の声で返答があった。
「あの……連絡してあった瀬戸です。シロー……じゃなくて、森野も一緒です」
「ああ、話は聞いてます。斉藤です。来てくれるのを待っていました」
ドアがすぐに開けられ、女性が顔を出した。細身の整った顔の女子大生。だが、顔色が優れないのはすぐに分かった。
「あなたたちが……いえ、とりあえず上がってください」
僕たちは勧められるままに玄関から上がった。
その時、僕は何か息苦しいような妙な感じがした。
「あの……この部屋なんか変じゃないですか?」
由紀が無遠慮に聞いた。
「分かります? この部屋に越してきてから、なんだか妙な感じで――」
彼女はリビングのソファを僕たちに勧めると、お茶の準備をしながら話し出した。
彼女は不動産屋にこの部屋を勧められた時、何か嫌な感じがしたという。
もちろん、8ヶ月前にこの部屋で自殺があったことは聞いていた。そういった事故物件には3年程の告知義務があるらしかった。
それでも、この部屋に決めたのは大学に近いことに加え、何より家賃が安いからだった。
嫌な感じも、きっと自殺があったと聞いたからだろうと結論付けて、今年の3月末に越してきたそうだ。
「でも、住み始めてから、それが間違いじゃないかと思うようになって――」
最初は、少し気分が悪くなることがある程度だったという。それが、酷い吐き気や頭痛になるまではそれほど時間は掛からなかった。
内科の病院に行ったが、原因は分からなかった。
今ではそれが常態化しており、日常生活にまで支障をきたしているのだという。
「このままだと、大学の単位すら危うくなりそうで……ゲホッ! ゲホッ!」
彼女は用意したお茶を飲もうとして、激しくむせた。
「大丈夫ですか!?」
由紀が駆け寄って背中をさすった。
「すいません……もう収まりました。大丈夫……です」
そう言った彼女の顔はとてもそうは見えなかった。
結局、詳しい話は聞けなかった。
彼女の体調を考えると、長居するのは気が引けたからだ。
それでも由紀はしぶといというかなんというか……「心霊写真が撮れるかもしれないから」と言ってスマホのカメラで部屋の中を撮影していた。
手短にお礼を言って部屋を出ると、今度は年老いた声がした。
「あんたら、この部屋の人に何か用だったのかい?」
振り向くと、老婆が居た。
「はい、オカルト部の取材で……でも、斉藤さん、具合が悪いみたいで……」
「取材!」
老婆は大げさに驚いた。
「あくまで、高校の部活動の取材なので、大したことはしてません」
僕が慌ててそう補足した。
「シロー! こっちは真面目に取材してるんだからね!」
由紀は僕を睨みつけて言った。
その様子を見て、老婆は何か考えていたようだったが、口を開いた。
「そうかそうか……それなら私が知っていることを教えてあげようか」
「え!? いいんですか!?」
今度は由紀が大げさに驚く。
「ええよええよ。私の知ってることなら」
そう言うと、老婆は自分の部屋に案内した。
老婆、奥村の部屋は斉藤の部屋の右隣だった。
老婆はテーブルにお茶を用意すると、自殺のあった女子大生のことから語りだした。
女子大生は「真面目で礼儀正しい子」だったらしいが、ある時から精神に異常をきたし始めた。徐々に部屋からも出てこなくなり、ついには全く出てこなくなった。
連絡が付かないので心配した両親が来て、両親の立会いの下に大家が鍵を開けて自殺が発覚したのだという。
「部屋には……壁や床いっぱいに恨み言を書いて、包丁で自分をめった刺しにして死んどったらしい。あちこちに血が飛び散って、ホンマに悲惨な死に方やったって、大家さんが言うとった……」
「うわあ……想像しただけで嫌な死に方ですね」
由紀はそれを目の当たりにしたかのように顔を歪めた。
「それからや……その後、来る人来る人おかしなったんは」
老婆は話を続けた。
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