なにかいる

ツヨシ

第1話

僕の住む漁港の沖に、島があった。

小さな島だ。

地元では有名な島だった。

漁師町なのに、漁師が誰一人として立ち入らない島だ。

噂があった。

ずっと昔から。

それはあの島にはなにかがいると言う噂だ。

子供の頃から聞いてきた。

ただ、なにかいると言う話だが、いつ、誰が、なにを見た、と言う具体的な話は一切ない。

だから僕はその噂を信用していなかった。

ある日、僕は海に出た。

父の漁船で。

漁船と言っても大きめのボートに一部屋根がついたようなしろものだ。

父に連れられて何度か漁に出たことがあるので、船の操作の仕方はわかる。

目的は例の島だ。

それほど遠くないところにある。

一度近くを通ったことも。

迷うことなく島に着く。

小さな砂浜に船を停めた。

その砂浜以外は木々が生い茂るばかりだ。

砂浜を眺めた後、森に入る。

しばらく歩いたが、景色はそう変わらない。

とりあえず島の反対側に出ようと思った。

距離はそんなにはない。

そのまま歩いていると、不意になにか見えた。

目の前の細い木から、横になにかが飛び出して動いている。

よく見るとそれは人の手だった。

真っ白で細い手がうねうねと動き、こちらを手招きしているように見えたのだ。

それだけでも充分に異様だが、問題は手が飛び出している木だ。

その位置からして木の後ろに人がいるとしか考えられないのだが、その木はとても細く、人が隠れられるような太さには全然足りない。

――ひえっ!

慌てて振り返り、走り出す。

すると別の細い木の横からまた手が。

無視して走っていると、次はすぐ目の前に白い手がぶらんと下がってきた。

それも避けて、息も絶え絶えながら船にたどり着いた。

慌ててエンジンをかけて島から離れようとすると、今度は海の中から何十何百という手が現れたのだ。

そのうちのいくつかは、船のへりをつかんでいた。

 ――!

文字通り必死で船を操作して、なんとか帰ることができた。

僕はごく親しい人には島に行ってなにかを見たと言ったが、なにを見たのかは何度聞かれても答えなかった。

とにかく言いたくなかったのだ。

その後、島の噂は相変わらず、あの島にはないかいる、のままだ。


       終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

なにかいる ツヨシ @kunkunkonkon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ