第2話 お尋ね者は男のロマン


 異界という存在は、超能力者の国際機関【連盟】が一括して責任を請け負っており、異界と超能力に関するあらゆる管理を行っている。

 その始まりがいつかは定かではなく、一説によれば迫害を恐れた宗教組織が作った秘密結社であったり、歴史を裏で操ってきた権力者たちの会合だと言われていたりなど、様々な説がある。人々の認識としては、【連盟】はだという認識なのだ。

 連盟の権限は強大であり、特に異界に関連する出来事については全てを担うことになっている。

 そんな連盟が定めたルールの一つ_____【異界規則】の中には、こんな条文が存在する。


【超能力、並びに界力操作の技能は、全て連盟の管理下でのみ習得、研究が可能である。連盟の許可なく超能力、並びに界力操作の技能を習得、あるいは研究し分析する行為は、『現実に対する攻撃行為』と見做す】


 『現実に対する攻撃行為』、つまりは人類を裏切るものとして見做されるということだ。この裁定を受けた者がその後どんな末路を迎えたかは、想像に難くない。

 これほどまでに厳しい規則を設けている理由。それは、超能力というものが現実で織りなされてきた様々な『当たり前』を、簡単に破壊してしまうからである。

 常識、習慣、慣例、作法。それは時に人を縛ることもあるが、基本的には人を守るために存在している。『これを守れば、社会の中で安定して生活できる』ことの基準として作られらたそれらは、長い歴史をかけて積み上げられてきたものだ。


 だが、もし日常に超能力というものが介在してしまったら、どうなるのか。

 例えば遠く離れた場所に一瞬で移動する能力があったとして、その能力は『交通』という概念を跡形もなく破壊してしまうことだろう。誰もがいつでも好きな場所に移動できるようになれば、移動にコストがかかるという考え自体が否定される。

 例えば電気を生み出す能力があったとしたら、能力を持った人間が最高のエネルギー資源となるだろう。最悪の場合_____人間をエネルギーとして消費するようなディストピアが訪れる可能性も否定できない。

 このように、超能力は人類が積み上げてきた数々の叡智を簡単に否定してしまう。時には否定して新たな考えを作る必要もあるだろうが、超能力はあまりにもその存在が強すぎた。

 だからこそ、その境界線を維持することは重要なことだ。誰もが簡単に超能力者になれるなんてことにならないよう、扉はできるだけ狭くした方がいい。


 だが_____連盟でも、恐らくこの男を想定することはできなかっただろう。


「元々、あちこちで悪さする異獣を自力でぶっ倒して回ってたんだよ。超能力者が駆けつけるより早く倒しちまうから、出世を邪魔したかもしれないな」

「界力もないのに……異獣と戦ってたっていうのか……」

 この男_____威鳥カルタは、真守の想像を遥か上をいく非常識な存在だった。

「お前はどうやって超能力者になったんだよ」

「俺は連盟の試験を受けて、連盟の施設で界力実験を受けて能力者になったんだ。ていうか、そうじゃないと能力者にはなれないはずだけど……」

「……なれちゃったけど」

「それがおかしいんだよ‼」

 真守の時は一般人にとっても毒にならない程度の界力を体内に注入し、少しずつ体を界力になじませていくやり方で能力者として覚醒することになった。最先端の技術を使って行われてる実験だが、それでも成功率は高くない。

 ましてや_____精密さなど微塵も存在しない異界の界力に当てられるだけで超能力に目覚めるなど、奇跡という言葉すら似合わないほどにあり得ない事態だ。

「異界に来ただけなのに……なんであっという間に適応してるんだ⁉ っていうか、界力もすごいな……覚醒したてなのに、もう既に2級レベルの界力を纏ってる……」

「まだ界力とかそこらへんよく分かんないんだけどさ、とりあえず『俺は強い』って認識でいいのか?」

「まぁ……うん……いいと思うけど……って、ダメだダメだ‼」

 一度に色んなことが起き過ぎて頭がパンクしているが、冷静になってみれば今はかなりまずい状況である。

「いいか、まず俺たちは今、異界に取り残された状態だ。あんたの界力がすごいからなんとかなってるけど、あと少しもすれば異界の濃い界力に当てられて俺たちは動けなくなる。その前に、なんとかして救助を呼ばないといけない」

「ふむふむ」

「でも……あんたは救助を呼ばれたらまずい立場だ。超能力っていうのは、連盟の許可なく勝手に使えるようになったらいけないものなんだ」

「俺、別に望んで使えるようになったわけじゃないんだけど。これでもダメ?」

「多分ダメだ。連盟はそういう例外を認めない主義だから、多分アンタは……連盟に捕まってしまうと思う」

「ええええっ、異獣倒したのに‼」

「お、俺に不満を言われても困る‼」

 なんとかして界力の暴風を凌げる場所を探し、腰を落ち着けてから30分。威鳥が放つ界力のお陰でなんとか異界でも安全な状況を確保でき、あとはポケットに入った緊急時用の機械を作動させれば、異界から現実に帰ることができる状況だ。

 だが、脱出を目前にして、二人はずっと言い合いを続けている。

「捕まったら、どうなっちゃうんだ⁉」

「俺もよく知らないけど……もしかしたら、超能力を剥奪されるかもしれない。もしかしたら、記憶を消されたりするかも……」

「嫌だ‼ 記憶消されたくないし人体実験なんてもっと嫌だ‼ くそ、なんで連盟ってのはそんなに酷いんだこのスカポンタン‼」

「だから僕を叩くのはやめろって‼ 人体実験なんて言ってないだろ‼」

 必死に説明を続ける真守と、それに対して派手なリアクションをする威鳥。そんな二人のやり取りは、そこからも続く。

 もっとも、威鳥はすぐに真守の話し方がおかしいことに気付いたが。

「このまま俺と一緒に脱出したら捕まってしまう。だから、なんとかして別の場所に脱出しないといけないんだよ」

「……あれ、お前も連盟所属の能力者だろ?」

「そうだけど」

 模範的な連盟所属の能力者であれば、ここで大人しく威鳥を連盟に突き出すのが普通である。こうしてわざわざ、連盟の仕組みを説明する必要などない。

「じゃあ……なんで、俺のことを逃がそうとしてくれてるんだ?」

「そりゃ……助けられたし」

 何事もなかったかのように向けられた好意を受け、威鳥ははにかんだ。

「ぷっ……あはははははは‼ お前、いい奴じゃんか‼ あの異獣と戦ってた時はへなちょこだったけど、意外と度胸あるしな」

「へなちょこは余計だ‼ とにかく、このままお前を現実に戻すわけにはいかない。なんとかして、離れたところから脱出して、他の能力者に見つからないようにしないと」

「ってことは……移動か」

 異界と現実の空間にはつながりはない。異界で100メートル歩いたはずが、現実では国すら跨いでしまうこともある。全く異なる世界であるため、現実と同じ考えを持ったまま異界を彷徨うことは命取りになる。

 何はともあれ、早く動くに越したことはない。真守と威鳥は界力によって自分たちを守った状態を維持しつつ、少しずつ異界を歩き始めた。


 * * * * *


「ってことで、正体不明の一般人が眼鏡君と一緒に行動してる。すぐに追跡して、現実に戻った瞬間に捕えてくれ」

「「「了解」」」

 残念ながら、真守の想定以上に連盟の監視は厳しかった。

 連盟は既に、であれば異界の中であっても監視の目を届かせることができるようになっている。真守が異獣によって異界に引き込まれたことも、そしてそこに謎の人物_____威鳥が現れたことも、真守が所属する防衛局は観測できていた。

「もし眼鏡君が規定違反者を守り擁護するような素振りをみせてら、共犯者として戦闘不能状態にすることを許可する。何があっても対処できるように、用心しなさい」

 遣わされることになったのは、真守よりも上位の実力者_____3級能力者三名である。そしてもう一人、万が一に備えて2級能力者も一人準備している。

 能力に目覚めた者に対しての戦力とは思えぬ過剰な戦力。だが、3級の異獣5体を追い払う強さは、用心に値するものだ。

 防衛局の管理者の一人であり、本人も2級能力者である志村正吾しむらしょうごは、記録に残った威鳥の戦闘データを見ていた。

(界力出力だけ見れば、2級に匹敵するか上回るレベル、か。まだ目覚めたてとはいえ……そういう時が、一番予期しない変化を見せるもの、か)

 志村は連盟の精神に則り、保険に次ぐ保険として、切り札となる手段を用意することにした。

「一人だけでいい。_____1級能力者が必要だ」

 

 そんなことも知らず、二人はしばらく歩いた後、脱出のための場所を確保した。

「ここなら、多分さっきの街とは別の場所に戻れると思う。機械を使うのに界力が必要だから、少し界力を貸してくれないか?」

「……界力を貸すってどうやってやるんだよ」

「あぁー……とにかく、体から力を湧き上がらせるイメージだ。界力の採取はこっちでやるから、とにかく界力を放出できるように頑張って欲しい」

「ふむ、こんな感じか?」

 真守が用意したのは、スマホほどの大きさの脱出用デバイスである。界力を込めることで、異獣によるリフトの展開を模倣した現象を起こすことができる。

 作動させるには、まだ余力が残っている威鳥の界力が必要だ。手をデバイスの上に置かせ、界力の放出を指示したのだが_____

「ふんっ‼」

 真守はプロのスタントマンですら叶わぬほどに華麗に空中に跳ね飛ばされ、少し離れた場所にどさりと落下した。

 加減することもなく放たれた界力は異界に満ちる界力の暴風よりも強力な風を引き起こしており、間近で受ければそれはもはや爆発に近い。もし真守が僅かに回復した界力を纏っていなければ、大怪我をしていた可能性もあった。

「お前……殺す気か‼ 出力が高すぎる‼ これでデバイスが壊れたらどうするつもりなんだ‼ 最初はコントロールが難しんだから、少しずつ慎重にだな……」

「んなこと言われても分かんねぇや。界力がどんなものかよく知らないし」

 異獣たちをものともしない強さとは打って変わり、まったく頼りにならなさそうな界力操作技術。得手不得手もある上に、そもそも一朝一夕で身に着けられる技術でもないため、ここで威鳥になんとかしろと頼むのも無理な話である。

(界力量と界力出力には優れてるけど、操作精度は低いのか。パワー型なのかな……)

 威鳥とは異なり、真守は逆に操作精度になら自信がある。なんとかして威鳥の界力をデバイスへと流し込むため、真守は賭けに出ることにした。

「よし、じゃあ俺に界力を送り込んでくれ」

「送り込む……そんなことが可能なのか?」

「可能だけど……できるだけ、加減はしてくれよ。俺はあんまり体が強くないから、強過ぎると界力に耐えられなくなって体が壊れてしまう」

「……分かった」

 デバイスの時とは異なり、真剣な表情になる威鳥。真守がリスクを冒す分、威鳥も加減ができないなどと言い訳をしている場合ではないと判断した。

「なるべくゆっくりと、水を流し込むようなイメージで放出するんだ。俺の背中に、ゆっくりと移動させるように……」

 真守の指示に従い、威鳥は目を瞑って集中する。手を真守の背中に添え、そこに先ほど活性化させた界力を流し込む。

 深呼吸をしながら、呼吸の速さと同程度のスピードで威鳥の界力が揺らめき、真守の背中に流れていく。そして真守の中に_____燃え上がる炎のような熱が流れ込んだ。

「ぐっ……‼」

「おい、大丈夫か?」

 真守は基礎的な界力量が少ないため、体が大きな界力に耐える設計になっていない。そのため、高い出力を誇る威鳥の界力を浴びたことで、体が界力に順応できず、摩擦による熱を発していた。電子機器が高い負荷をかけられると熱を発するのと同じように、真守もまた高い負荷を浴び続けている状況にある。

「大……丈夫だ。これなら、デバイスを作動させられる」

 体中に満ちていく力を何とか操作してデバイスに流し込み、異界からの脱出用リフトが開く。

 

 _____これは後で二人が知ることになるのだが、そもそも界力の譲渡は高等級の能力者であってもできないほどの、非常に難易度の高い界力操作技術なのだ。真守も、それがどれほどまでに困難であるかは知らなかった。


「よし、現実に戻れるぞ‼」

 二人はなんとかして、異界を脱出した。


 * * * * *

 

 二人が飛び出したのは、先ほどまで異獣と戦っていた街の隣にある市街地のビルの屋上だった。

「……よし、そこまで変な場所にならなくて良かった」

「おお、本当に抜けられた。ありがとな、えっと……」

「眼鏡真守だ。こっちこそありがとう、えっと……威鳥、だっけ」

「おう、お前面白い名前だな。呼びやすいから真守って呼ぶぜ」

「名前を弄らないでくれ」

 さて、ここからが大変である。リフトの発生は常に監視されているため、真守が緊急用の脱出措置を取ったことは既に判明しているだろう。

 問題は、威鳥まで補足されているのではないかということ。今から逃げれば、まだ連盟に見つからずに済むと思うのだが_____

「……威鳥、早く逃げた方がいい。超能力者だってバレたら問題になるから、あんまり目立つなよ‼」

「へいへい。じゃあお言葉に甘えて、逃げさせて_____」

「それは許可できない。少し止まってもらおう」

 いつの間にか_____周囲のビルの屋上、そして二人が立つ屋上に3人の超能力者が立っていた。

「あ……」

「君があっちの地区を担当していた眼鏡真守君だね。まずは異獣討伐ご苦労。異界から無事に戻ってきてくれて、本当に良かったよ」

 話しかけているのは、同じビルの屋上に立つ身長の高い男だった。確か名前を木村といい、等級は3級。真守にとっては上官にあたる人物だ。

「それで……隣にいる彼は、一体何者かな? 見たところ、連盟の者ではなさそうだが……強い界力を纏っているね。もしかしたら、彼も一緒に異界に連れ去られてしまったのかな?」

「……そ、そうです。俺と一緒に異界に攫われてしまって、そこで異界の界力に当てられてしまったみたいなんです」

 見つかってしまった以上、余計な言い訳は無駄だ。ここはなんとかして、威鳥が悪者でないことを説明するしかない。実際に悪いことなど何もしていないので、正直に言えば理解を示してくれるはずだ。

 だが_____残念なことに、それは逆効果になっている。

「そうか……ならば規定通り、彼には連盟の施設に来てもらおう。異界に入ってしまった以上、事情を聞く必要があるからね。君、名前はなんて言うんだい?」

「……威鳥カルタだ」

 木村は特に攻撃的な態度を取ることもなく、ごくごく普通の対応を行っている。特に文句を付けられないからこそ……余計に面倒だ。

(ただでさえ、最近の連盟は想定外の事態にピリピリしてるんだ。ここで威鳥みたいなイレギュラーな奴が現れたら、どんな対応になるかは目に見えている……‼)

 近年の連盟は、によって、非常に気が立っている。真守が能力者の審査を受けた時にも、スパイだと疑われて厳重な取り調べを受けた者が何人もいた。

 そして僅かでも怪しい点があれば_____容赦のない再度の取り調べが始まる。中には非人道的であると言わざるを得ないやり方も存在するため、一部からは非難の声も上がっている。

 そして威鳥はと言うと_____これでもかというほどに、怪しい要素満載である。

「威鳥君、君は強い界力を放っているが……連盟の正式な手続きを経ていないだろう? どうやって、そんな界力を有することになっているのかな?」

「さぁ、知らないね。異界の気持ち悪い空気に当たってたら、いつの間にかこうなってたんだよ」

「ははは、一般人がいきなり異界に入って無事で済むはずがない。あの世界は、常に毒ガスが充満しているような過酷な環境なんだ。界力もなく入ってしまえば、界力中毒になって仮死状態になってしまうよ」

「んなこと言われても、俺はそうならなかったからなぁ……ん、やっぱ俺って強いのか」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ……」

 木村の言う通り、異界は非常に危険な世界だ。界力がなければ、呼吸もできなくなるはずだ。それに一瞬で適応してみせた威鳥は、過去に例がない異常な存在である。

 例がない以上、疑いが晴れることはない。説明ができない以上、続きは徹底的な取り調べしか選択肢がない。

「まぁ、その原因は連盟に来れば分かる。ついて来てくれるかな?」

 木村は柔和な笑顔に、微かな威圧感を込めて威鳥に近づいた。それが『抵抗すれば、実力行使も厭わない』という意思表示であると読み取り、真守は思わず一歩後ろに下がる。

「……連盟に行って、何すんの?」

「まずは話を聞かせてもらいたい。異界に行って何をしたのか、そして君がなぜ界力に目覚めているのか……事情が分からない以上、我々も適切な対応ができない」

「ふーん、もしかしてだけど……俺のこと、犯罪者かなんかだと思ってる?」

 木村の威圧的な態度に対して、威鳥は逆に盾突いた。

(威鳥……‼)

「…………」

「異界に攫われたところを、コイツ……真守が助けてくれた。それが全てだ。これ以上話すことなんてないし、俺は連盟に興味なんてない」

 木村の表情に段々とイラつきが見えてくる。周囲に控える残りの二人も、いつでも戦闘に入れるような状態を維持している。

「君が連盟にどう思うかではない。これは規則なんだ。異界に関わった以上、連盟が責任を持っ最後まで君のことは保護しないといけない」

「へぇ……保護、ね」

 威鳥は自分よりも背丈が大きな木村の威圧をものともせず_____異獣と戦った時から肌身離さず持っていた棒を振り、屋上の地面を叩いた。

 その威力は屋上が陥没し、砂埃が舞い上がって真守と威鳥の姿が隠されるのに十分なものである。

「ちょ……」

「はっ、思ってたよりずっと嫌な奴らだな。真守とは大違いだ」

 決定的な敵対行為。ここで木村たち三人の行動ルールが変更される。

『抵抗を確認。これより、威鳥カルタと名乗る正体不明能力者アンノウンの拘束を行う』

『『了解』』

 界力を使った遠隔通話手段を用いて作戦行動を取る三人。威鳥は真守を抱えたまま、隣の建物へと飛び移った。抱えたまま軽々と飛び上がるとは、信じられない身体能力の高さである。

「ははっ、スゴイな‼ 界力に目覚めてから、一気にパワーアップした感じがする‼」

「おいバカ、やめろ‼ 下手に抵抗したら、向こうも本気で攻撃してくるぞ‼」

「望むところだ‼ それよりも……アイツらとさっきの異獣、どっちが強いんだ?」

「どっちかっていうと……」

 木村たちは3級の能力者、そして先ほどの異獣たちも同じく3級である。同等級の場合_____基本的には、能力者の方がやや強い。

 3級の能力者は、基本的に3人一組、場合によっては何組か集まって部隊を結成することもある。そして各々に役割が与えられ、しっかりと陣形を組んで戦闘を行う。

 連盟は低等級の能力者でも、陣形を組み、しっかりと作戦を立てることで上位等級の異獣を倒すことができるような訓練を施しているため、組織の力が非常に強い。異獣たちも群れを成して集団で戦うことはあるが、連携の度合いは能力者の方が高い。

『屋根の上を次々と跳び回るか。一人は地上から追いかけろ』

『了解しました』

『機動力はこちらの方が上だ。まずは動きを制限する』

 木村は真守が持つ基本的な銃よりも強力な武器_____対能力者を想定した、拘束用デバイスを放り投げる。別のビルの屋根に着地した威鳥の足元に投げられたデバイスは衝撃に反応し、ビルの屋上を囲む透明なドームを設置した。

「うわっ⁉」

 それがどのようなものか知らず突っ込んだ威鳥は透明な壁に弾かれることとなる。真守もまた同様に、透明な壁を弾かれた。

 だが、遅れてやってきた木村たちは、平然と壁を通り抜けてくる。

「これは……」

「結界ドーム……指定された人だけが出入りできなくなる道具だ。俺も出られないってことは……」

「眼鏡真守君、君もこちらに加わりたまえ。このまま一緒に逃走、ないしは戦闘行為に加わる場合は、君も正式に敵として見做さなければならなくなるよ」

 真守もまた、威鳥と同じく敵として認識されているようだ。木村はここで、真守に威鳥の確保を手伝うことを求めているらしい。

 今の真守にできることといえば、銃を殺傷能力を持たない状態に切り替え、すぐ隣にいる威鳥を撃つこと。至近距離からの射撃であれば、流石の威鳥でもダメージを負うだろう。

 だが_____真守は、最初からその選択肢を捨てていた。

「……できません」

「……ほう?」

「威鳥は、俺が異獣と戦い、そして異界から脱出することを助けてくれました。悪いことなんて何もしていませんし、正義の心を持っています」

「正義があるからといって、悪を成さないわけではない。その正義が上辺だけのものである可能性を考えないのかい?」

 木村の行いは、悪とは言えない。彼らもまた、連盟の超能力者として、人々の平和を守るために戦っている。威鳥が悪事を働く可能性を考慮して、被害を事前に防止しているのだ。

 だが、それと同じくらい、威鳥の行いも正しいものだと、真守は考えている。威鳥の行為が悪だというのなら_____一体、威鳥は何をすれば良かったというのか。

 あの状況で、威鳥には戦う選択肢しかなかった。そしてその意思に関わらず、能力者として目覚めている。

 意思に基づかぬ悪。それは、悪とは呼べないのではないだろうか。

「……あなたにとっての悪だからといって、それが威鳥を攻撃する理由にはならないはずです。拘束を……解いてください」


 真守は……その銃口を木村に向かって突き付けた。


「……残念だ。あと少しで、君とは一緒に戦えただろうに」

 これ以上ないほどの敵対行為を目にして、木村は遠慮を捨てた。

『威鳥カルタ、ならびに眼鏡真守両名の鎮圧を開始する。結界ドームのパターンを変更、拘束用から鎮圧用に変換シフトせよ』

 木村の指示に従い、遠隔操作によって結界ドームの機能が変化する。対象を閉じ込めるだけの結界ではなく_____中にいる者を弱らせ、倒すための機能に変化する。

「うっ……」

「なんだこれ……体が重く……」

 その効果は、結界内の界力の働きを強制的に弱めるというもの。界力に満ちた世界で生きる異獣にとっては、この効果が致命的なものになる。そして界力を宿す能力者にとっても、界力を弱らせられることは、急激な体力の低下を招くのだ。

 真守は効果が発動した段階で急激に体の力が抜け、今にも気絶しそうな状態になる。威鳥も動きの軽さが失われ、まるで岩を背中に乗せたかのような重圧と疲労感を感じていた。

 この状態では、とても戦闘行為などできない。ドームの外では、木村が銃を構えている。

「最初で最後の警告だ。抵抗をやめ、投降しなさい。さもなければ_____」

「そいつでズドン、か。それ、どれくらい強いんだ?」

「安心しろ、死にはしない。体が強くしびれて、半日ほど動けなくなるだろうけど」

 恐らくだが、木村は例え投降したとしても、威鳥に銃を撃つだろう。確実に威鳥を連れていくには、それがベストなのだ。今こうして投降を勧めているのは、表面上の必要過程に過ぎない。

 それを理解しているが故に_____威鳥は、木村が想定しないやり方でこの状況を打破しようと試みた。

「……なぁ真守」

「かっ……なんだ」

「このドームって内側から壊せるのか?」

「……無理だ。力づくでしか壊せないし、そんな力は俺にもお前にも残っていない」

「……そうか。いいこと聞いた」

「……ちょっと待て、まさか_____」

 威鳥が常識外の存在だということを、真守はすっかり忘れていた。


「界力ってのは、要はエネルギーみたいなものなんだろ。だったら_____気合を入れれば、強くなるってことだろ‼」


 威鳥が選んだのは、力づくでこの結界ドームを破壊するというものであった。

「なっ……正気か⁉」

「早く撃ちましょう‼ 万が一のことがあっては面倒です」

 いきなり体を広げて大声を上げ始めた威鳥に向かい、三人の銃口が向けられる。

 鎮圧用に作られた、衝撃弾。対象の界力に直接作用し、強い衝撃によって対象を戦闘不能へと追い込む弾丸である。

 高い界力を持つ者に当たっても、衝撃全てを緩和できるわけではない。三発もあれば、上位等級の能力者であっても防げない強さになる。

 だが_____威鳥が気合で放ち始めた界力は異界にいた時に放ったそれよりも遥かに強大なものであった。

「うわああああああ‼」

 吹き飛ばされ、ドームの縁に吹き飛ばされる真守。ドーム内に吹き荒れる威鳥の界力は、少しずつ勢いを増し_____炸裂した三人の弾丸すらものともせずに、さらに強い界力を放ち始めた。

「なっ……ば、化け物か⁉ 気合で衝撃弾を弾いただと⁉」

「焦るな。あれだけの界力放出、体が保たないはずだ。続けて衝撃弾を撃ち込め‼」

 次々と打ち込まれる弾丸。全て命中し、威鳥には大きなダメージが入っていく。

 だが_____身を穿つ弾丸をものともせず、威鳥の界力はさらに膨れ上がっていく。

「うおおおおおおおおおおおお‼」

(嘘だろ……本当に、気合だけで界力を増大させているのか⁉)

 界力は体力と同じである。気合を入れればこれまで以上のパフォーマンスを見せることはあるが、本当の意味で限界を超えることはできない。限界を超えた負荷を肉体にかけても、むなしく怪我をするだけである。

 一時的に出力を増大させることや、一時的に操作精度が向上することはよくある。だが、限界を超えて界力の基礎的な強さそのものが変化することはないのだ。

 

 だが_____目の前で猛る威鳥は、明らかに界力そのものの強さを増大させていた。出力だけでなく、放出される界力量自体が増えているのである。


(威鳥……お前は一体、何者なんだ⁉)

 呆気に取られる真守と、木村を含めた三人。周囲の茫然とした空気を他所に_____ついに、威鳥が放った界力が結界ドームにヒビを入れた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る