第3話 ヒロインの人間関係はいつも複雑
「……やっぱり、心配して良かったよ」
3級以下の能力者は、基本的に3人一組で行動する。真守が4級であるにも関わらず一人で戦っていたのは、本来の任務がただの地域警備でしかなかったためだ。
3人でも対処が難しい事態に対しては複数の組を連立させた部隊を編成して対処することになっているが_____それ以上の難易度の対処の場合は、どうするか。
その場合は、2級以上の能力者が出張ることになる。
2級と3級の間には、話にならないほどに大きな差が存在する。強さ、そして能力者としての動き方に至るまで、何もかもが異なるのだ。
まず、2級以上は単独で動くことが基本となる。対処する事案の難易度に応じて部隊を編成することはあるが、上位の難易度に対しては同等級の能力者を派遣するだけで事が済む。2級の異獣を3級能力者の部隊が倒すことはあるが、1級以上の異獣ともなると、3級が何人組んでも被害が増えるばかりである。この場合は、1級相当の能力者を1名派遣するだけで解決するのだ。
0級の対応は0級にしかできないため、必然的に1級以下の案件では1級能力者が引っ張りだことなる。連盟にとっては、数もそれなりにいる1級能力者こそが主力とされているのだ。
「すごいな……界力だけなら既に1級相当だ。先天的な素養か、それともそういう能力か……とても興味深いね」
志村は観測機に示された威鳥の界力を入念にチェックしながら、万が一に備えて2級ではなく1級の派遣を依頼したことを幸運に思った。
「それにしても……よりによって、彼女か」
選出された1級能力者の名簿を見せられて、志村は思わず苦笑する。
「人材不足だね。こんなことに_____わざわざ、元家族を派遣するだなんて」
* * * * *
ひび割れ、砕かれた結界ドーム。想定外の強さを放った威鳥の界力により、木村が放ったデバイスはエラーを起こしてしまった。
「衝撃弾も通じないなんて……こんなの3級でどうにかできる相手じゃない……‼」
『木村さん、どうしますか? 戦闘行為は危険かと思います』
「……同意見だ。あんなの、1級並みの界力じゃないか」
間近で威鳥の界力を見ていた木村たちは、威鳥が既に手に負える存在ではないと認識していた。戦闘行為を諦め、防衛局に連絡を行う。
「こちら木村。正体不明能力者の確保だが、対象の脅威を1級に変更することを要請する。異常な界力の増大が確認されたが、そちらでも確認できているだろうか」
『こちらでも確認できている。安心するといい、既に_____対処可能な能力者を向かわせてある』
連絡を受けた志村がそう告げた瞬間_____木村の頭上の空が割れた。
「_____‼」
「リフト⁉」
空間が割けるようにして発生する、異界への扉。
それは、異獣が顔を出すものとは、少しだけ異なっていた。
開かれた扉から_____人影が落下した。
「なっ……人⁉」
落下した人影は木村の前に着地し、その姿を露わにした。
「_____え」
身に着けている隊服からして、連盟所属の能力者であることは間違いない。だが、今のようにリフトを使って登場することができる能力者は限られている。
「異界のショートカットを使わされてまで来てみれば……」
そんな権限を与えられているのは、1級以上の能力者のみ。
「助かりました。ここは……あなたにお任せしても?」
「ええ、問題ありません。本案件は私が引き継ぎます」
威鳥を確保するために志村が呼んだ1級能力者がやってきたのだ。
そしてその人物は_____奇しくも、真守が良く知る人物でもあった。
「_____アリカ?」
「…………」
見間違うはずもない、象徴的な外見。白に近い桃色の髪と瞳は、彼女が一般人とは明らかに異なった特殊な人間なのだということを、一目で理解させた。
真守よりも年下の、背丈の小さな少女。だが、放たれる界力の強さは、怪物じみた強さを発揮した威鳥のそれを上回るほどである。
周囲を観察し、対象である威鳥を補足した瞬間、彼女_____アリカの雰囲気が一変する。殺気ともとれるそれは、アリカが戦闘態勢に入ったことを示していた。
「へっ……俺にも分かるぜ。アイツ、めちゃくちゃ強いだろ」
「……よせ、威鳥。彼女とは戦うな」
真守は、アリカの強さを良く知っている。1級能力者として数々の武勲を挙げているから知っているのではない。
誰よりも深い関わりがあるからこそ_____彼女の強さに対しては、誰よりも深く理解している。
「お前は確かにすごいけど、それでもアリカには絶対に勝てない。強さの次元が違うんだ」
「次元が違う、か。逆に気になるじゃん」
真守の必死の引き留めも、威鳥にとっては促進剤でしかなかったようだ。さらに界力を滾らせ、アリカと同じく戦闘態勢に入る。
周囲に満ちる、二人の強力な界力。傍にいる真守は息が詰まりそうだった。
「くそっ……やめ_____」
真守の静止虚しく、戦いは始まってしまった。
「攻性結界・
アリカが手を
「さっきのと同じなら……ちゃっちゃとぶっ壊して_____」
同じやり方で、全力で界力を放出する威鳥。だが、のしかかる異常な重さに、たちまち地面に突っ伏してしまう。
(これは……重力か⁉ さっきの結界とは全然違う‼)
足が地面にめり込み、重さに耐えきれなくなった屋上の地面が徐々にひび割れていく。押しつぶされ身動きが取れなくなった威鳥に対して、アリカはさらに追撃を浴びせる。
結界が徐々に狭まっていき、その大きさが地面に突っ伏す威鳥一人を囲う程度まで縮み_____圧縮された圧力が、威鳥をさらなる力で押し出した。耐えられなくなり砕けたビルの床をいくつも貫通し、6階建てのビルの1階まで、威鳥は陥没することとなった。
「あ……い、威鳥‼」
「これは……や、やりすぎなのでは」
「あれだけの界力があるのだから、この程度では死にません」
アリカは特に表情を動かすこともなく、威鳥が落ちていった穴を覗き込む。穴の底では、地面に叩きつけられた威鳥が、今まさに起き上がったところだった。
「よくもまぁ……落としてくれたな。女だからって手加減しねーぞ」
「加減? 私の方が強いのに……どうしてそんなものが必要なの?」
棒を持ったまま、穴を駆けあがっていく威鳥。驚異的な身体能力による跳躍の勢いをつけたまま、棒の先端を使った突きが放たれる。
「防性結界・
突きはアリカに当たることなく、アリカの手前に作られた光の壁に勢いよく衝突した。ほんの僅かなせめぎ合いの後、アリカの壁が発生させた衝撃が威鳥を上空へと弾き飛ばした。
「うぐっ……」
「攻性結界・
追い打ちをかける形でアリカの手から放たれる、高威力の光線。小さな結界の中で界力の運動を高めた後、結界を開くことで放たれるその光線は、直線上のもの全てを打ち砕く。
「おらぁっ‼」
威鳥はそれを、界力を込めた棒による渾身の振り下ろしで受け止め、空中で界力の爆発が発生する。
さらに吐き飛ばされ、また別のビルの屋上に落下した威鳥。界力のおかげもあってか落下によるダメージは小さいが、アリカの攻撃が想像以上の強さだったこともあり、腕の痺れが酷い状態だ。
(やべーな、真守の言う通りだったかも。さっきまでの三人とは、明らかに違う)
やや離れた場所に落下した威鳥だったが、そこにもすぐにアリカが駆けつけていた。自身を結界で覆い、それを動かすことでまるで空を飛ぶかのように移動していたのだ。
「名前は威鳥カルタ、だっけ。投降してくれない? 私、あと5分で仕事を切り上げないのよ」
「やだね。俺との戦いも仕事かよ」
「仕事よ。拒否したからには_____覚悟しなさい」
そう告げた途端、アリカの姿が消えた。
否、瞬時に威鳥の背後に移動したのである。
(早_____)
回避する間も防御する間もなく、叩き込まれた一撃。アリカの渾身の蹴りが、威鳥の背中を穿ち、その体を道路を挟んで向かい側にあったビルに叩きつけた。
「がっ……はっ……」
「やっぱりこれが、一番確実なのよね」
華奢な少女の体から繰り出されたものとは思えぬほどに重い一撃。強大な界力がある故に、そのパワーは並外れたものとなる。
「へっ……マジでクソ強いな、おい」
全身に迸る激痛に顔を顰めながらも_____威鳥は不敵な笑みを浮かべた。
* * * * *
1級能力者、
卓越した戦闘センスと、若さを弱点としない冷静で迅速な判断力を兼ね備えており、連盟内でも高い信頼を得ている。
そして彼女は、3級以下の能力者と異なり、界力の操作などに武器や機械を使わない。2級と3級の間にある絶対的な壁_____それは、超能力の使用有無によるものである。
界力をただ使うだけでなく、体外に放出し、それを操作する。そうすることで、界力にまつわる様々な超常現象を引き起こすことができるのだ。
それこそが、超能力。今まさに彼女が発動してみせたものこそが、本物の超能力であると言えよう。
「攻性結界・
アリカの能力は『空間操作』。類似、あるいは同じ特性を持つ能力者は他にもいるが、中でもアリカは『結界』というものによって、空間を分断することに秀でている。
通常の空間とはことなる性質を持った空間を作り出し、空間内で起きる現象を操作するのだ。『攻性結界』は内側に入った者を攻撃、あるいは攻撃用手段を作るために用いられ、『防性結界』は自分や味方を囲い、周囲の攻撃から身を守るために使用する。
そして今放たれるのは、手の平ほどの小さな結界の中で衝撃を増幅し続けたものを放つことで、爆発が起こったかのような衝撃を敵に与える技である。アリカは結界を開く方向を定めることで、衝撃を砲撃のようにして打ち出すことを可能としていた。
打ち出される衝撃。音速を遥かに超える速度で放たれたそれを、威鳥は棒を振り下ろすことで迎え撃つが、人が生身で生み出す破壊力とはけた違いの威力により、衝撃を打ち消すこともできず吹き飛ぶ。鉄筋コンクリートのビルを貫通し、ビルを2つほど挟んだ先にあった工場の壁面に激突した。
人一人に対するものとは思えないほどの、あまりにも強大な破壊力。木村達も、あまりに過激すぎる味方の行いに顔を青褪めさせている。
だがそれでもアリカは追撃を止めず、結界術を駆使した高速移動によって瞬く間に吹き飛ばされた威鳥に接近。よろよろと立ち上がった威鳥の顔面に、今度はアリカの拳が入った。細い腕が繰り出した拳ではあるが、当たったことで発生した音はまるで巨大な金属塊同士が衝突したかのような重い音であった。
「ぐっ……ははっ、変な能力なしでも強いな」
「あなたは中々頑丈ね」
アリカとしては今の一撃で意識を刈り取るつもりだったのだが、威鳥は少しよろめくだけで、その目にはまだまだ熱い闘志を宿している。
「さっきのが超能力か、初めて見たな。でも、あれじゃ俺は倒せないぜ」
「やっぱり……殴る蹴るじゃないとダメなのかな」
アリカは格闘技の構えを取り、特殊な歩法を使って音もなく威鳥に近づく。反射で足を振るう威鳥だが、振り切る前に足は脇に抱えられてしまい、バランスを崩したところに、アリカの膝が威鳥の顎に命中した。頭部に強い衝撃を受けたことで、威鳥の意識が僅かに遠のく。
「うっ……」
その隙を見逃さず、アリカのラッシュが炸裂した。界力による身体能力の向上により、傍から見ていては目で追えないほどの速度で、次々と拳が叩き込まれていく。
一撃一撃が岩をも砕く連撃。最後の一撃として叩き込まれた一撃を受け、威鳥は工場施設の機械の中に思い切り落下していった。
「……ダメだ。あのままじゃ……威鳥が死んでしまう……‼」
現場に駆け付ける真守だが、今の真守にできることなど何もない。威鳥を助けようにも、既に界力が底を尽きかけている真守では何もできない。
「……まだ立つんだ」
血反吐を吐きながら、それでも立ち上がる威鳥。アリカは何度攻撃しても倒れないことにイラつきを覚えながら、再び威鳥の前に立った。
「……お前、真守の友達か?」
「……あなたには関係ない」
「関係ある。真守はお前のことを、よく知ってるって感じだった。ただの知り合いってわけでもなさそうだったし……恩人の友達なら、殴れない」
その言葉を聞いて、アリカの表情が固まった。これだけ近づいているのだから、威鳥が反撃を試みるのであれば簡単に手が届く。それをしない理由が何なのかと考えたいたところに、想像だにしない答えが返ってきたのだ。
「……でも、私はあなたを倒すわよ。大事な仕事だから」
「それは……嫌だな」
威鳥の言葉を待たず、アリカは確実に意識を刈り取れる力を込めた右ストレートを放った。威鳥の鳩尾を狙って放たれたそれは、何度も攻撃を受けて弱っている威鳥が受ければ、一撃で意識を刈り取るのに十分なものだった。
だが_____威鳥はギリギリで反応し、アリカの拳を掌底で受け止めた。
とはいえ、込められた界力が圧倒的に異なる。一点に集中して放たれたアリカの拳は、半端なガードをした威鳥の腕を粉々に砕く_____はずだった。
しかし、威鳥の腕は折れなかった。
「ぐ……ああああああああああああ‼」
「_____‼」
ぶつかる拳と掌底。激突による衝撃は地面を穿ち、地面を揺らすほどであった。
_____受け止められた拳。
しかし、アリカはすぐさま次の攻撃に移り、肘を威鳥の額に叩き込んだ。
再び威鳥の頭部に強い衝撃が加わり、今度こそ威鳥の意識は途絶えた。
「……
こうして、威鳥とアリカの戦いは終わった。最後まで圧倒していたアリカだったが、戦闘の疲れからか、声はやや疲れていた。
こうなった以上_____真守にできることは、もうない。威鳥を守りたかったが、今の真守にその力がない。
「くそ……‼」
その後、防衛局から派遣された他の能力者たちによって威鳥は拘束された状態で護送用ヘリに乗せられ、真守も威鳥を庇った者として拘束措置を受けることとなった。
護送ヘリの中で静かな時間を過ごしている途中、何度かアリカと目が合った。すぐに互いに目を逸らしてしまう。
挨拶もアイコンタクトも、世間話の一つもできないまま_____真守と威鳥は、防衛局の拘束室に入れられた。
* * * * *
連盟は広く多くの一般市民に存在を認知されており、国際機関の一つとしてそれなりの影響力を持っている。世界中に支部を持ち、異界にまつわる様々な現象や事件への対処、調査を行っている。
真守と威鳥が運び込まれたのは、日本にある防衛局支部の一つ。大都市近郊の山中に建てられた異様に太く大きなコンクリートの建物は、見た者にそれが明らかに特別な建物だと認知させるに十分な威容を誇っている。
真守は現在、その建物の地下にある拘束室に入っている。拘束した理由としては任務の妨害が主なものだが、直接的な武力行使などには至っていないため、拘束器具などを付けられているわけではない。食事も提供してもらっており、そこまで悪い待遇というわけではないだろう。
だが_____拘束措置を受けたことが評価に与える影響は大きい。しばらくの間任務をこなせず、昇級どころか降級してしまう可能性すらあった。
(威鳥は……無事かな)
威鳥はどうやら、こことは異なる部屋に入れられたらしい。1級並みの界力を誇っていたため、強力な異獣を閉じ込めるための部屋に入れられている可能性がある。
心配だが_____真守がここで心配をしたところで、何も変わらない。
「で……あんなところで何してたのよ」
自分の無力さを嘆いていたところ、拘束室の外に一人の少女が立っていた。
「……アリカ」
拘束室の周囲には、誰もいない。真守とアリカしか、ここにはいない。
「…………」
「……家族が会いにきたのに、無視するんだ」
そう_____真守にとって、彼女は威鳥が言っていたような友達ではない。
家族なのだ。
「……ごめん。言えることが、何もなくて……」
「……呆れた。もうすぐ3級になれるところだったのに……どうしてアイツを庇ったのよ」
3級になれる。そんなことを既に1級の彼女に言われても、真守にとっては皮肉にしか聞こえなかった。
「……威鳥は、俺を助けてくれたんだ。よく分からないやつだけど、悪いやつじゃないから逃がそうと思ったんだ」
「ここに運ばれたからといって、必ずしも悪い扱いになるわけじゃない」
「アリカになら分かるだろ。威鳥は……明らかに普通の能力者とは違う。界力がいきなりあんなに増大するなんて、何かあるに違いないだろ。そんなのを今の連盟が見つけたら、きっと_____」
何か思うところがあるのか、二人は押し黙る。近年になって活発化した連盟内部のスパイ狩りは、ますます激しさを増している。
「……それが、これまで積み上げてきた努力を投げ捨ててでも助けた理由なの?」
「……何が言いたいんだ」
「私たちが目的を達するためには、こんなところで止まっている暇なんてないのよ。私はこれからも実績を積み重ねて、そしてさらに強くなる。もう0級になることだって夢じゃない。なのにアンタは……こんなところで何をしてるのよ……‼」
アリカの声は、強い苛立ちと、ほんの僅かな悲しみを孕んでいた。
「……拘束室を出たら、能力者をやめて防衛局に入った方がいいわ。その方が……アンタに向いてるでしょ」
「やめないよ。俺は必ず……お前に追い付く」
ここで、二人の会話は途切れた。
真守の答えを聞いたアリカはしばらく沈黙した後、早い足音と共にその場を去った。真守は遠ざかるアリカの足音を聞いて、ただ拳を強く握った。
* * * * *
「おはよう、威鳥カルタくん」
目が覚めた威鳥は、いつの間にか拘束椅子に座らされていた。手と足が固定され、体を動かすことができずにいる。
「…………」
「ここは連盟防衛局の建物だ。ボコボコにされた君はここに運び込まれて、現在拘束中。無理矢理拘束を解こうとするとその椅子爆発するから、暴れないでね」
「随分と物騒な……てか、お前誰だ」
拘束椅子の向かい側に座るのは、ここが大型の異獣を拘束するための部屋であるとは思えない、柔らかな皮ソファに寛ぐ白衣の男だった。
「僕は志村正吾、この地域の防衛局担当。つってもここには左遷されてきたから、そんなに敬わなくていいよ」
「どこにも敬う要素なんてないだろ」
「あはは、辛口だな~」
ぼさぼさの髪に似合っていない大きな丸眼鏡。そしてサイズが合っていない白衣という外見の志村。支部の中では、威厳がないことで有名だった。
「さてさて_____君、自分の立場は理解してる?」
「知らん。普通に異獣と戦ってたら捕まることになってて、意味が分からんと憤慨している」
「そいつは危機意識が足りないな。君のことは観測器具がばっちり観測しちゃってて、既に本部の方にもデータが届いている」
志村は、撮影された威鳥の戦闘の様子を動画で映した。その横には、観測されたデータのグラフも表示されている。
「どこからともなく現れ、界力もなしに異獣を追い詰め、異界に攫われても高密度の界力に一瞬で適応。おまけに結界ドームを力づくで破壊するレベルの界力の増大……とまぁ、能力者の世界にとっては意味分かんないことだらけなんだよ、君。どれくらい珍しいかっていうと、過去に例がないくらい珍しいの」
「へぇ……つまり俺は強いってことか」
「んー、強いか弱いかでいうと……微妙だな。1級並みの界力だけど、1級の子にボコされてたし」
「んだとテメー……」
「あはは、もしかして戦うの好きなのかな? 戦闘センスはありそうだったし」
威鳥は志村と話しながらも、なんとかこの状況から抜け出す方法を考えていた。だが、どれだけ力んでも、そもそも拘束を破壊できそうもない。恐らく、対能力者に特化したものなのだろう。
「で、そんな珍しい君のことを、本部の連中は調べたくてしょうがないみたい。ついさっき_____君を本部まで届けろっていう指示が来たんだ。続きはそっちにいってじっくり喋ることになると思うよ」
真守から聞いていた、連盟に捕まった後の処遇を思い出す威鳥。拘束を破壊できない以上、本部まで連れていかれてしまうことは避けようがない。
「……じゃあなんでお前は話しかけてきたんだよ」
「連れていかれちゃう前に、ちょっとだけ話したかっただけだよ。君、面白そうだし。でもまぁ……なんていうか_____」
志村は席を立ち、威鳥に顔を近づける。眼鏡の奥に見える狂気的な目が、威鳥の両目をじろりと睨んだ。
「……もっと面白くなりそうだ。これから……頑張ってね」
志村は拘束室を去っていった。言葉の意味は、よく理解できなかった。
「……なんだアイツ」
拘束されてからどれくらい時間がたったのか分からなかったが_____ぐぅ、という情けない音がしたことで、かなりの時間が経ったことを認識した。
(真守は……無事だといいな。変な目に遭ってなきゃいいが……)
* * * * *
異界、某所。
「ふむふむ……おお、やっぱりだ、面白い」
界力の嵐が吹き荒れる荒地には、当然ながら文明など存在しない。闊歩する異獣たちには言語を介する知能がなく、ひたすらに闘争を繰り広げるのみ。
だが、断崖絶壁の上に佇む小屋のような場所の中には_____大型のモニターとコンピュータらしきものが置かれ、その中央には一人の人間が座っている。
「隠していた力とか潜在能力を解放した、って感じでもないなぁ。界力の上限量そのものが増大している。何がきっかけなんだろう」
モニターに映っているのは、威鳥の戦いの様子であった。異獣たちとの戦闘、そして現実での能力者との戦い。それら全てを、彼は把握していた。
「しかも……アリカと真守もいるじゃないか。これは……久しぶりに直接出向いてみてもいいかな?」
モニターに張り付いていた男は眼鏡を外すと、まるで外に出かけることを楽しみにした少年のように服を羽織り、鼻歌を歌いながら外に出た。吹き抜ける界力の
嵐すら_____彼にとっては心地のいい風になる。
「さて_____行くか」
* * * * *
5年前。
「うわああああああん‼」
「お父さん……お母さん……」
泣きじゃくる少女と、茫然と立ち尽くした少年。そんな二人の後ろに、また別の少年が立っている。
「手は尽くしましたが……残念です……」
「……分かりました」
三人の子供の中で最も背丈が高い少年はグッと涙を堪えながら、立ち尽くす少年の手を握った。
「……大丈夫だ、真守」
名を呼ばれた少年_____真守は、手を握ってくれた彼を_____兄と慕う彼の手を、ぎゅっと握り返した。
「大丈夫だ。俺が……守ってあげるから。だから……」
真守はしばらく立ち尽くしたままだったが、やがて大声で泣き始めた。
「うぅ……うぅぅ」
「大丈夫だ、アリカ」
泣き腫らした目をこする少女_____アリカは、兄である彼の服をぎゅっと握った。
彼は、そんなアリカの背中を優しく抱きながら、一粒の涙が零れた顔を妹に向けまいと必死だった。
「真守もアリカも……俺が……」
_____4年前。
「…………え?」
「何を……言って……」
「……言葉の通りです。お二人の兄は……属していた調査部隊の他メンバー全員を殺害し、異界に行方を眩ませました。現在、0級能力者も含めた追跡部隊が編制され、異界を調査しています」
背中を支え、力強く『大丈夫』と言ってくれた兄は、両親の喪失によって傷ついた心がなんとか塞がりつつあった時に、突如として姿を消した。1級能力者を含む、23名の能力者の殺害という、衝撃的な過程と共に。
それが二人の心に多大なる負荷をかけたことは、想像に難くない。
「……私、連盟に入る。そして絶対に……絶対に、お兄ちゃんを見つけてみせる」
「……俺もだ。俺も連盟に入るよ」
失い続けた二人は、やがて失ったものを取り戻す日々を始めた。少女は花屋を営むという夢を捨て、少年は医者になる夢を捨てた。
連盟に入り超能力者となることを望む者が入る養成学校に入り、厳しい訓練などを多く受け、なんとかして二人同時に能力者となった。
だが_____捨て続け、ひたすらに目標を追い続けた二人に、もう過去は残されていない。
あるのは、悲壮なまでの覚悟だけ。
「……なんで」
アリカは支部内にあるカフェテリアの中で、飲み物も飲まずに机に突っ伏していた。あと10分もすれば、別任務のために移動をしなければならない。
ため息を何度吐いたか、もう数えきれない。
「……兄貴なのに、なんで私に置いていかれてるのよ」
久しぶりに会ったもう一人の兄の情けない声を思い出し、再び盛大なため息が零れる。席を立ち、一刻も早くここを立ち去ろうとした。
_____立つことができなくなるほどの揺れと、轟音を轟かせた衝撃。
「な、何⁉」
アリカだけでなく、拘束室にいた真守と威鳥もそれを感じた。
「何だ……⁉」
「……爆発?」
緊急事態となり、支部全体に響く警報音。赤いランプが点灯し、支部に残っていた全ての連盟職員と能力者に緊張が走る。
『警告、大規模な界力攻撃を観測しました。連盟職員は直ちに防衛措置3番を実行し、原因究明にあたってください。支部に残留中の能力者は、直ちに第1種戦闘配置についてください』
様々な修羅場を潜ってきたアリカでも、それは初めて聞いた警報だった。
「界力攻撃……? これだけの威力……まさか0級クラスが来てるんじゃ……」
この支部に残っている能力者の中で、今のところはアリカが最も等級が高い。界力攻撃を受けたと思われる地点に向け、アリカは猛ダッシュで向かう。
階段を上り廊下を走っている暇はない。結界術を応用し、現場まで直線的に掘削することで強引に最短ルートで現場に向かう。こういった判断を即座にこなすことができるからこそ、アリカは天才だと称されている。
壁をいくつも突き抜け、爆発があったと思われる区画に辿り着く。攻撃は凄まじい威力であり、直方体の形をした支部の一部がごっそりと削れている。これだけの攻撃は、アリカの全力でもできるか難しいレベルだ。
(一体誰が_____)
「ああ、誰かと思えば_____アリカじゃないか」
心臓が止まった_____とアリカは思った。体中から一瞬にして熱が引いていき、全ての音が消えた。
見開かれた目は、目の前に立つ男に向けられたまま、動かない。
「__________エク、ト?」
「あれ、呼び方変わってるじゃん」
アリカと同じ薄い桃色の髪をした男の名前は_____葉村エクト。
4年前、23名の能力者を殺害して逃走した、連盟史上最悪の裏切り者とされる男であり_____アリカの実の兄である。
「お兄ちゃん呼びは_____卒業したのかな?」
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