第4話 兄の強さを侮るなかれ
葉村アリカは天才だが、兄であるエクトのそれは天才という言葉すら霞むほどに凄まじいものである。
アリカは15歳で1級となったが_____エクトは、14歳の時には既に1級となっていた。これはその後に判明したことなのだが_____エクトは、界力の測定などを誤魔化していたらしい。
事実、4年前の事件以降、初めて連盟の前に姿を現した2年前に測定された界力量は、0級として認定される界力量を大幅に上回る驚異的な強さとして観測され、何名もの0級能力者が対応に当たった。
それでも討伐には至らず、現在に至るまでその強さの底は測れていない。底の見えない才能は、今でも連盟全体に不気味なプレッシャーを与え続けている。
そんな怪物が今_____目の前にいる。
「ふぅ……ふぅ……‼」
呼吸が整えられ、思考が覚めていくと同時に_____制御できないほどの感情が、アリカの胸の内に渦巻く。
再開の喜び、姿を再び見れたことへの安堵、自分を捨てたことへの怒りと悲しみ、追い続けた目標が目の前に現れたことへの焦燥感。
だがそれら全てを差し置き_____放たれる圧倒的なまでの気迫に、体が竦んだ。
それはその身から発せられる莫大な界力によるものか、それとも葉村エクトという人間特有のものかは分からない。
ただ一つ言えることは_____エクトが、アリカよりも圧倒的に上位の存在だと言うことのみ。
「落ち着け、アリカ。久しぶりに会えたから色々思うことがあるんだろうけど、俺はただ挨拶に来ただけだ」
「……挨拶?」
やっとのことで落ち着きを取り戻し、言葉を交わす程度の余裕を取り戻した。
「……もっと他に言うことあったんじゃないの……⁉ なんでそんなに……」
「あー……もっとサプライズ感が欲しい感じ? それとも、涙しながら抱き着いた方が良かったかい?」
エクトの表情は、信じられないことに_____一点の曇りもない笑顔のままだ。それが最悪の裏切り者の表情だとは、誰も思わないだろう。
「そういえばさ、ここに真守もいるでしょ? せっかくだから話でも_____」
落ち着きを取り戻したアリカは、既に能力者としての義務感と己の感情に折り合いをつけていた。その結果導かれた最適解は_____
今この場で、葉村エクトを倒す。
「鋭い蹴り……よくここまで鍛えたな」
「エクト……絶対にここで倒してやる……‼」
アリカのこれまでの鍛錬は、全てこの時のために。出し惜しみなどせず、最初から全力で、アリカはエクトに立ち向かっていった。
(素の実力じゃ確実に負けてる。防御させずに、最大威力を当てる以外、倒す手段はない‼)
膨大な界力は、ただ纏うだけで最強の矛であり最強の鎧となる。恐らく、『攻性結界』による封じ込めや衝撃波では、ほとんどダメージが通らないだろう。
ならば、決め手以外の全ての攻撃手段をブラフとして活用するまでのこと。まずは徒手空拳での格闘戦で、エクトの素の力を測る。
蹴りを受け止められた後、受け止められた部位を足場にして跳躍し、空中から連続蹴りを見舞う。だがどれも腕でガードされ、そのあまりの硬さに思わず舌打ちが漏れる。
(全身どこにも弱点なし、か。界力を集中させて叩いても、向こうの防御力の方が高いくらいだし……この防御を貫通しないといけないのね)
続けて距離を取り、結界術による攻撃を試みる。エクトはアリカを下に見ているからか、自分から攻撃に出てくる気配はない。
「攻性結界・
二つの性質を併せ持つ結界の中にエクトを閉じ込め、重力の増幅による圧力と、電気ショックによる電撃の両方を同時に発動する。2級以下の異獣であれば確実に仕留め、1級であっても大半が動けなくなる強度の結界だが_____中にいるエクトはというと。
「えーっと……こういう時は『そんなものか~?』とか言えばいいのかな? まぁとにかく……やめときなよ。界力の無駄だ」
(……多分作戦もバレてる。こうなったら……)
アリカはエクトの頭の回転の速さを考慮し、最も悲観的な見解で状況を分析する。ここまで練り上げた技も全て、エクトには効かない。そして、界力を温存しておけという発言から、一撃で決めるというアリカの作戦も既にバレているとみるべきだ。この攻撃も倒すには至らないのかもしれない。
(だったら……予測することができない手段を使う。ズルいけど……全力を出し切る程度じゃ、とても勝てない)
アリカは挑発に乗り、あえて後先を考えない無茶な攻撃を続けることにした。
「……攻性結界・
現段階のアリカが結界に付与可能な効果は、最大4つまで。その中でも特に攻撃力に特化したものを併用することは、多大な界力を消耗する。
だが、その威力は1級レベルの敵であろうと確実に仕留めることができるものである。その手のひらに握られた小さなボールのような結界の中には、エクトが放った界力攻撃に匹敵するエネルギーが込められている。
「いいよ、撃ってきな。妹の遊びに付き合ってあげないと、兄貴としては失格だろうし」
放たれる大火力。エクトに当たった途端、それは再び支部全体に大きな衝撃を走らせた。職員たちの非難が済んでいなければ、犠牲者が出ていただろう。最新鋭のミサイル攻撃すら上回る攻撃を放った少女は、目の前に広がる破壊の痕跡を見ても尚、次の攻撃の準備を始めていた。
(まだだ。これくらいじゃ、全然足りない……‼)
アリカの界力感知能力は、支部の地下部分まで落とされながらも平気で立ち上がるエクトの姿を感知していた。
「地下か。ちょうどいいや」
エクトは地下に叩き落されたことに対しては何の感想も抱かず、一蹴りで異獣対策が施された壁を破壊した。撃ち抜かれた壁の先には_____今もまだ拘束されたままの威鳥が座っている。
「……あ?」
「威鳥カルタくんだね、こんにちは。窮屈そうだし、それ壊してあげようか」
そして威鳥の返事を待たず、エクトが手から打ち出した界力が拘束椅子を粉々に砕く。
「……誰だ。爆発を起こしたのはお前か?」
「1回目は俺、2回目は妹だよ」
髪の色と顔の特徴から、威鳥は目の前の男が、先刻自分を負かした女の兄であると理解した。そして少し離れたところから、その女が放っていると思われる刺々しい界力の圧も感じられた。
「……なんだ、兄妹喧嘩か?」
「僕は何もしていないさ。向こうが一方的に攻撃を_____」
言葉が続くより先に、高速移動によって推進力を得たアリカの蹴りがエクトに命中した。威鳥と戦った時とは比べ物にならない威力のそれは、威鳥が受ければ一撃で倒されるほどの威力を誇っている。
だが_____エクトの防御力は、威鳥のそれを遥かに上回る。
「流石に暴れすぎだね……アリカ」
「_____‼」
アリカの足はエクトが翳した腕によって軽々と受け止められており、傷の一つも付けられていない。むしろ蹴りを入れたアリカの足の方が衝撃によるダメージを負っており、攻撃は逆効果となっていた。
そしてエクトの目がアリカに向けられ_____その身から、界力の圧が放たれた。
「_____あ」
(……コイツ、ヤバい)
途端に、威鳥とアリカの二人にはまるで重力が強まったかのような圧がかかる。内臓を鷲掴みにされ、いつでも心臓を握りつぶされるかのような_____死の恐怖。
この時、エクトはただ垂れ流す界力を多めに設定しただけである。だが、出会った時に感じられた気迫とは、また別の何かがあった。
恐らく_____それは敵意。エクトがアリカに向けた僅かな苛立ちが、一瞬にして雰囲気を塗り替えていたのだ。
特にその気迫を向けられたアリカは、体をブルブルと震わせる以外、何もできなかった。戦闘によって昂った気持ちは全て冷えてしまい、冷や汗が噴き出す。呼吸は荒く、歩くことすらおぼつかない。
「……あ……ああ……」
「無駄だよ、アリカ。君には、俺ほどの才能はない。これから先、君がどれだけ研鑽を積んで強くなっても……君が俺に勝つのは無理だし、追い付くのも無理だ」
エクトはなんとか倒れずに踏みとどまるアリカに近づいていき、その顔に手を伸ばす。かつて、兄としていつもやっていたように_____その頭に、手を乗せた。
「お願いだから……これ以上ついてこようとするな。何をしたって、俺が諦めることはないよ」
優しくも、どこか重みがあり、逆らうことを許さぬ言葉。
アリカの頭からエクトの手が離れ、アリカは荒い呼吸をしながら下を向いている。エクトはそれから、アリカには興味ないとばかりに威鳥に歩み寄った。
「さて……待たせてしまって済まない。早速なんだけど、俺と一緒に異界に来てくれないか?」
後ろで怯える妹のことなどとうに忘れたと言わんばかりのその笑顔に、威鳥は嫌悪を隠さなかった。
「いかにも悪役らしい言い方しやがって。ぶっ飛ばすぞ」
「え、悪役? 俺、悪役っぽいの? マジで?」
「……妹を怖がらせてあんな風にするヤツが、まともな訳ねーだろ」
威鳥にとって、アリカは敵にあたる。だが、別に恨みなどは抱かない。連盟の能力者として必要な行為であったことは認めるし、自分が敗北したのは単に自分が弱かったからだと割り切っている。戦いながらも、周囲への被害をなるべく抑えようと努力をしていたため、基本的には善良な人間なのだと思えた。
だが、エクトは違う。最初の一撃で被害が出ることを顧みず、連盟の支部をこうまで破壊している。威鳥の拘束を解いてくれたとはいえ、とてもではないが味方だとは思えない。
「うーん、君みたいな面白い人間をこんな風に拘束してる方がよっぽどワルだと思うけど……まぁいいや。っていうか喜ばないの? 俺のお陰で、ここを出られるんだよ?」
「お前じゃなくて真守だったら、素直に喜んだよ」
「……真守?」
その名前に、エクトが反応する。
「真守って……もしかして眼鏡真守?」
「……? 知ってんのか?」
エクトはぱちくりと目を瞬かせると_____こらえきれなくり、腹を抱えて大笑いを始めた。
「くっ……あははははははははは‼ なるほど、君と一緒に異界に紛れ込んだのはアイツだったのか。本当に……面白いな」
威鳥は、真守と共に異界に連れ去られたことをなぜか知っているエクトに対して、明確な敵意を抱き始めた。何が起こってもいいよう、体の奥底から界力を引き出す。
「能力者としての素養なんて全くないのに、相変わらず色んなことに首を突っ込むのは変わらないんだなぁ……あー良かった、久しぶりに話が聞けて良かったよ。で……威鳥カルタ、君はこれからどうするつもりなんだ?」
「これから……?」
「僕の提案を断るなら、連盟の拘束室行き以外選択肢がないよ。ここで僕と喋ったことがバレたら、連盟に対するスパイとして酷い拷問とかされちゃうかも」
「……いや、普通に逃げるつもりだが」
「今の君に、連盟の追手は振り切れないよ。確実に逃げ切るつもりなら、僕の提案通り一時的に異界に身を隠すことが得策だ」
エクトはあくまでも友好的に威鳥に提案をし続ける。アリカを圧倒するほどの実力を持つのであれば、力づくで威鳥を連れていくことも可能なのだが、エクトはそれをしない。
「俺は何年も連盟の追手を振り払い、姿を消してきた。逃げる方法ならいくらでも知っているよ。それに、異界に行くからといって君を連れ去ったままなわけじゃない。少しだけ僕の目的に付き合ってくれたら、そのまま解放しよう」
「じゃあ目的はなんだ。人類を滅ぼすとかか」
「なんかすごい偏見持たれてる気がするけど……まぁいいや」
エクトは威鳥が界力を練っていることに気付きつつも、何ら備えを取ることなく話を続けた。
「別に……人類とかそんな大仰なことを目指しているわけじゃないさ。俺はただ、自分らしく生きていきたいだけだよ」
「……?」
「自分らしい自分。自分だけの自分。自分で決める自分。人は他の何にも縛られぬ『自分』を持つことで、初めて価値を持つ。だから俺は、そんな人間でいられるように生きていたいんだ」
意気揚々と語るエクトは、とても嘘を吐いているように見えないし、ふざけているようにも見えなかった。恐らく、本心からの言葉を紡いでいるのだろう。
自分らしさ。誰もが追い求めるものを、同じように追い求めているというのに_____エクトのそれは、威鳥にとっては酷く歪なものに思えた。
「……お前が誰なのかよく知らないし、兄妹で何があったのかも知らん。お前がなんでそんな普通の夢を持っているのかも、よく知らん」
威鳥はエクトに近づいていき、至近距離まで顔を近づけた。
「だが……自分らしさのために犯罪しでかすヤツに、俺は絶対に付いて行かん」
「ありゃ、残念」
明確な断りを入れられても尚、エクトは笑みを崩さない。そして_____その手には、膨大な界力が生まれていた。
「お前_____‼」
「じゃあ、無理矢理連れていくとしようか」
膨大な界力が弾け、その場にあり得ざる扉が開く。
膨大な界力があったしても、超能力者にそれは開けないはずである。特殊なデバイスを使わない限り、出入りはできない。
だが_____葉村エクトは、何の助けも借りず、自力でその扉をこじ開けたのだ。
「嘘でしょ……リフトを……⁉」
渦のように発生した異界への扉。異獣が現実の人間を取り込むためのそれは、発生するだけでも周囲のもの全てを飲み込んでしまう。
威鳥とアリカ、そして_____
「うおおおおおお‼」
「……はは」
招かれざる者が、ここにはもう一人。
「どこにでも飛び込む。やっぱり面白いよ……真守‼」
「やっと見つけたぞ……エクト‼」
* * * * *
異界に引きずり込まれた三人は、渦から弾き出されるようにして異界の大地に降り立った。収まった渦の真ん中には、エクトが降り立つ。
「真守……抜け出せたのか」
「お前がこの建物内の界力装置を滅茶苦茶にしたからな。装置は簡単に壊せたよ」
並び立ち、対峙する真守とエクト。だが_____その間には明確な力の性存在する。
真守はエクトの前に立っただけで、既に心が折れそうだった。アリカですら怯えるほどの界力の持ち主にとって、真守は道端の蟻ほどの存在感しかないだろう。
(滅茶苦茶だ。力の上限すら……推し量れない……‼)
それでも、震える体に鞭を打ち、真守はエクトに近づく。
「何をしに来た」
「妹と弟に挨拶、それとお遣い。それだけだけど」
「挨拶だと……? お前……ふざけるなよ……‼」
真守の手が、エクトの胸倉を掴んだ。
「なんで……なんで、たくさんの人たちを殺したんだ‼ なんで、俺たちを置いていった‼ お前のせいで……お前のせいで、アリカがどれだけ悲しんだか分かってるのか‼」
エクトは何の抵抗もせず、真守のされるがままに揺らされている。だが、その表情には何の感情も乗っていないように、威鳥には見えた。
真守の後ろでは、漏れ出る感情を抑えるように体を自らの腕で抱いたアリカがいた。
「なんで……こんなことを……‼」
「……理由を言えば、満足か?」
目に僅かな水滴を貯め激情を吐いた真守に対するエクトの反応は_____金属のように冷たいものだった。
「……え?」
「人を殺した理由、お前らを置いていった理由。それを知ってどうするんだ? 俺を許す? それとも……俺を倒す、あるいは殺す?」
エクトの手が真守の手を掴み、胸倉から引き剥がす。真守がいくら抵抗しても、大木すらへし折るような腕力には逆らえない。
「どちらもできないだろ。可能性が残っていない選択肢を取ろうとするな」
「……っ‼」
「同じことをされたら迷惑だから、1回だけ言うぞ。_____以後、何があっても俺の視界に入ろうとするな」
確かな威圧と共に放たれた言葉は、真守が体を震わせるに十分なものだった。
「そして、連盟をやめて一般人に戻れ。才能もないくせに、能力者として出張るな」
真守から離れ、身構えたままの威鳥に近づくエクト。もうその目に、かつての弟と妹の姿は映っていない。
「お前、真守の兄貴だったのか。ん、ってことは、アイツは真守の姉……いや妹か? 全然似てねぇけど……」
「ああ、アリカは俺の実の妹だけど、真守は義兄弟なんだ。孤児だった俺とアリカを、真守の両親が引き取ってくれてね」
「……家族なのに、随分と仲が悪いんだな」
「まぁ、君には関係のないことだ」
エクトはもう、表面的な作り笑いをしていない。笑みは獰猛な肉食獣のそれに変化しており、狩りの態勢に入ったことが明白だった。
「言っとくけど……あんまり逃げないでくれよ。腕や足の一本二本を切り落としても、俺は困らないからさ」
「できるもんなら……やってみやがれ‼」
威鳥は最初から全力で界力を放出し、アリカと戦った時と同じほどに界力を高め、自らエクトに突進していく。
とはいえ、アリカの攻撃が全く通用しなかったエクトに、威鳥の攻撃が効くはずもない。そしてアリカの時とは違い明確な目的があるため、エクトにも躊躇いがない。
突き出された威鳥の拳をまるで虫を払うかのような軽さで弾き、その隙にエクトの蹴りが威鳥の顔面を穿つ。筋肉質な体格を誇る威鳥が、軽い蹴りでサッカーボールかのように吹き飛び、吹き飛んだ先にあったが岩盤にのめり込んだ。
「うん、まだまだだな。界力が増大するのは面白いけど、予想を超えるレベルではなさそうだ」
スキップをするような気軽さで地面を蹴り、数十メートルの距離を一瞬で移動するエクト。次の一撃で威鳥の足の骨を折り、逃げる力を奪おうと考えたが_____威鳥はギリギリのところで反応し、その攻撃を躱した。
「っぶね」
「界力の割に頑丈だね」
一撃で巨大な岩盤を砕く威力が、立て続けに放たれる。並の能力者であれば一撃で殺せるような攻撃の中、威鳥はなんとか回避行動を取り続ける。だが、全てを回避することはできず、最後の一撃をもろに受け、再び数十メートル単位で吹き飛ぶことになる。
「がっ……‼」
「はい、これでおしまい」
吹き飛ぶより早く移動し、落ちてきた威鳥めがけて拳を振り抜くエクト。
だが_____その拳が降ろされる前に、エクトの背中に一発の攻撃が加えられる。
「……」
「エクト、やめろ」
銃を構える真守。あまりにか弱いその攻撃は、エクトには誇り一つ付けられていない。
だが、意識のベクトルを移動させるには、十分な一撃だった。
「それ以上威鳥に手を出すな」
地面に落下し、転がる威鳥。体を痙攣させており、既に重傷の状態にあることは明白だ。
「……もし手を出したら?」
「…………っ」
「そう、正解だ。お前じゃ、何もできない。この場で俺のことを脅すことは、誰にもできない」
エクトは指先から小さな界力を放出し、衝撃波を真守に向かって飛ばした。
「ぐあっ……‼」
「お願いだから、惨めに這いつくばってくれ。次はないぞ」
そして威鳥に近づくエクト。
だが_____懲りずに2発目の攻撃が真守から発射され、エクトに当たる。当然ながら、何の成果も生まれない。
「…………おい」
声には、何ら特別な力は籠っていない。だが、アリカを威圧した時のそれよりも遥かにおぞましく重い空気が場を支配した。
それは、単なる気迫ではない。実際、エクトが発する刺々しい界力によって異界は軋み、遠くの細い岩山が揺れによる土砂崩れを起こしていた。
心臓を鷲掴みにされるどころではない。人間の枠を超えた超次元的な怪物に睨まれた真守は、いつの間にか膝を地面に着いていた。
「……俺が手をだしたら、どうするんだ」
「……あ?」
「エクト、お前だって……何もできないじゃないか」
それでも、真守はエクトを挑発し続けた。
「……家族だから、傷つけないとでも思ってたのか? _____アホだろ、お前」
閃光。
エクトの指先から、今度は直線状の光線が放たれる。
「_____かっ……‼」
光線は真守の肩を貫き、激痛を走らせる。
「この程度でいちいち心が動くものか。俺をナメ過ぎだ、真守」
倒れる真守にはもう目も暮れず、エクトは威鳥のいる方へと向かう。
そこには_____よろめきながらも立ち上がる威鳥がいた。
「まだ立つんだ。すごいね。どんな才能なのか……是非とも研究してみたいものだ」
「……おい」
こちらもまた、エクトのそれと似通った低い声を響かせた。
フラフラとよろけながら、振りかぶられる拳。とてもではないが、それでエクトにダメージが入るとは思えない。
だが_____見開かれた威鳥の目を見て、エクトは余裕の笑みを消した。
「真守に_____何してんだ、お前」
拳はまっすぐにエクトの顔面に叩きつけられ、そして_____
「__________‼」
拳が打ち付けられる音と共に_____エクトは、勢いよく吹き飛んだ。
「え……」
「え……?」
(…………マジ?)
真守とアリカ、そして殴られた当人であるエクトもまた、混乱の最中にあった。
絶対的に有利な立場にあったはずのエクトが吹き飛ぶということもそうだが、何より_____またもや突如として急激な増大を遂げた威鳥の界力に対する疑問の方が、遥かに大きかった。
数十メートル離れた岩盤に激突し、頬を打ち付けた拳の威力を確かめるエクト。口の中が切れており、出血している。
(……なんだ今の。何の工夫のへったくれもないパンチが……アリカの攻撃よりも強い? 単なる強いパンチってだけじゃない。これは……)
冷静なその思考は、一瞬にして起こった出来事を理解する。
(……なるほど、界力出力か。一時的とはいえ、僕を上回る出力を出して、界力による防御を貫通したのか。おまけに……)
エクトの感知能力は、先ほどとは比べ物にならぬほどに増大した威鳥の界力を捉えている。
(……ああ、やっぱりだ。出力だけじゃない。界力量そのものが、大幅に増幅してる。すごいな、あれはもう完全に……0級並みの界力じゃないか)
界力が膨大なエクトと渡り合うレベルの実力者、0級。天才たるアリカですらまだ手が届かない領域にいる怪物たちの実力に、一時的とは威鳥は追い付いていた。
(最初は3級程度しか観測できなかったのに、1日でここまで増大するとは……やっぱりコイツ、何かあるな)
想定外の事態。エクトにとっては、忌々しい事態となっている。
だが_____エクトの顔には、肉食獣が如き笑みが張り付いている。
「いい、とてもいい‼ 久しぶりに、ちょっと本気で遊べそうだ」
エクトは感情の昂りに身を任せ、思うがままに界力を解放した。
異界が軋み、空間が歪むほどの力の奔流。たった一人の力により、世界が塗り替えられていく。
それに対抗するかのように、威鳥もまた界力を全力で放出し始める。大地が砕け、異界に満ちていたはずの界力の暴風が吹き飛ばされる。
今、ここに立つは人の領域を超えた、二人の魔人。己が身一つで世界を塗り替える、正真正銘の怪物。
「……威鳥」
傍から見守ることしかできない真守にとって、それはどこか遠い世界の出来事のように思えた。
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