第6話 強者たちの戦いを見て、主人公は強くなる


 規格外の戦力、0級。

 能力者には6名、そして異獣には9体が確認されている。数は少ないが、一人一人が異界と現実の戦力バランスを左右する戦略級の存在である。

 正式な能力者としての認定ではないが、葉村エクトもまた0級相当の脅威として認定されている。

 そしてこの場に、新たな0級が現れる。

(アヴィラチオ・バルバロッサ……0級が駆けつけてくれたんだ……)

 倒れた真守の前に立つ、刺々しい雰囲気を発する男。放たれる圧は、エクトのそれに匹敵するほどに力強い。

「……おい、眼鏡坊主」

 アヴィラチオは、僅かに視線を真守に向けた。

「お前ら……まさかさっきまでコイツと戦ってたのか?」

「……いえ、戦ってたのは……アイツです。俺は……一発殴っただけです」

「……ははっ、すげぇな。コイツを殴るなんざ、俺でもできるか怪しいぞ」

 アヴィラチオは刺々しい雰囲気を発しながらも、真守のことを純粋に褒めたたえた。

「眼鏡小僧、そこから動くなよ。戦いの影響でここら一体の界力が凪いでいるが、少しでも界力の風に当たったら一瞬で異界の果てまで吹っ飛ばされるぞ、お前」

 そう言ってアヴィラチオは真守から視線を逸らし、目の前に敵に集中した。

「で……クソガキ、なんで今の隙に攻撃しなかった?」

「あはっ、話してる最中に攻撃とかセンスないでしょ。大体、隙なんか無かったくせに」

「……ほう」

「アンタみたいな力自慢は_____真正面から叩き潰さないと意味がないでしょ‼」

 エクトには、威鳥との戦いでの消耗が少なからずあるはずだ。

 だが_____発せられる界力の圧は、さらに強くなっていた。

「何だコイツ、疲れ知らずかよ。めんどくせー」

 相手は0級。そして威鳥と同じように加減する必要もない。最初から殺す気で、エクトは再び『天光、星を伐すジャッジメントレイ』を放つ。

(あんな威力の技を……連発で⁉)

 極光を放つ槍を、今度は突進ではなく投擲によって放った。突進に比べて回避ができるものの、躱してしまえば真守も威鳥も消し飛んでしまう。

 アヴィラチオに残された選択は、必然的に『迎撃』一択となった。


「_____究極超絶最強のぉぉぉ……パァァァァァァァァァァァンチ‼」


 攻撃が届くまでの僅かな間で、アヴィラチオの界力が爆発的な猛りを見せた。威鳥のそれとはまた異なる、純粋な出力強化。極限まで活性化したエネルギーがアヴィラチオの右拳に集中し_____光の槍と、真正面からぶつかった。

 威鳥との衝突時を遥かに凌ぐ衝撃が異界全体に響き渡る。界力の防御もない真守では、傍にいるだけで即死するほどの衝撃。

 それでも無事でいるのは_____アリカの結界が守ってくれていたからだ。

「……アリカ」

「喋らないで。手当するから」

 アリカの結界術の中には、治癒を施すものもある。真守よりも先に回収した威鳥と真守の両方に対して治癒を施していた。

 信じられないのは、威鳥の気力である。右腕を失う重傷を負ったにも関わらず、今でも意識を保っていた。

「威鳥……お前」

「死ぬほど痛いけど……これは見逃せないだろ」

 眼下では_____今まさに、光の槍を拳で打ち砕いたアヴィラチオが土埃の中から姿を現したところだった。

「あのオッサン……確実に今の俺より強い。俺もいつか……あれくらい強くなりたい。だから、ここで必ず戦いを見届ける」

「……分かった」

 真守にとっても、0級能力者の戦いは見逃したくないものだった。いつの日か、エクトと対峙できる強さを身に着けるために。

 それは、アリカも同じ。三人は離れたところから、アヴィラチオとエクトの戦いを見守ることにした。


「ありゃ……今のでもダメなんだ。コンセプト崩壊じゃん」

「今のが全力なら……お前、俺以外の0級にも勝てねぇよ。弱い者いじめして調子乗ってたみてぇだな」

「へぇ。じゃあ……引き続き調子乗らせてもらうよ。、ね」

「ああん?」

 必殺の一撃が効かなかったことに対して焦ることもなく、エクトはさらなる攻撃手段を作り出す。

氷 禍 凍 界ひょうかとうかい‼」

 地面に向けられた両手から、冷気に変換された界力が勢いよく噴き出す。冷気は瞬く間にアヴィラチオとエクトの周囲数百メートルを覆い尽くし、戦場を零下150度の極寒環境へと変化させる。界力を発して冷気から身を守らなければ、一瞬にして体組織が凍結するほどの冷気である。

「……消耗戦狙いか」

「この冷気に耐えるには、常に界力を発してないといけない。俺との削り合いをしながら、どこまで持ちこたえられるかな?」

 さらなる一手として、冷気が放たれた環境全てに強力な電気を送り込む。それも全て界力の放出で防御可能ではあるものの、一瞬でも気を抜けば冷気と電気によってアヴィラチオは動きを止められることになる。

 戦場の環境を支配したエクトは、次々と攻撃を始める。全ての準備が整う暇はないと考え、アヴィラチオもすぐにエクトへの接近を試みる。

 アヴィラチオが得意とする戦い方は、威鳥と同じくシンプルな肉弾戦。近づきさえすれば優位に立てるが、それを易々と許すエクトではない。

「殲滅力より殺傷力優先。アンタみたいなゴリラ相手には、こういうのが効くだろ」

 エクトの指先には、小さな炎が生み出されていた。小さくとも、そこに込められた熱量は膨大である。

「あー……殺人熱線、か」

「界力マシマシでも防げないよ。どうする?」

 指向性を伴った、小さく細い熱線。先ほどまでのエクトの攻撃に比べれば火力という面では劣るが、人に対して向ける暴力としてこれほどまでに恐ろしいものもない。当たれば戦艦の装甲すら貫通する威力であり、それをマシンガンのように連射されるのはもはや悪夢でしかない。

 アヴィラチオもその危険性を認知し、ひたすら回避に専念する。隙を見て接近を試みようとするが、熱線が放たれる方向が上手く、近づく隙がない。

(ちっ、調子に乗らず、自分の優位を崩さない状態で一方的に相手をいたぶる。殺し合いの基礎をよく分かってるじゃねーの)

 熱線は少しでも掠れば、界力の防御を貫通して傷を負わせてくるだろう。界力を特定の部位に集中させれば防げなくもないだろうが、それでは極寒環境と帯電している大地への防御が弱まり、すぐに綻びが生じるだろう。

「でもまぁ……これくらいどうしようもない状況を突破してこそ……0級ってもんだ‼」

 このまま逃げ続けてもジリ貧になると判断し、アヴィラチオは強引な接近を試みる。無論、それを易々と許すエクトではない。熱線全面に雨あられと降らし、行き場を失わせる。

 だが_____熱線を浴びせた先に、アヴィラチオの姿はなかった。

「幻覚……? いや……歩法か‼」

 アヴィラチオの能力はシンプルなものであり、幻覚を見せるなどの高度なことはできない。だが、それを補って余りあるほどの格闘技能、そして武術を身に着けている。今使用したのは、自分を遠くから狙撃する相手をかく乱するために編み出されたものである。練度の高い狙撃手が無意識の内に行っている『行き先を予想する』という行為を逆手に取り、予想に合わせると見せかけて異なった方向に動くことで狙撃手の思考を搔き乱す歩法。アヴィラチオはそれを高速で連続して行うことで、『狙いを定める』という行為自体を阻害していた。

(クソッ、動きが見えない……‼ 全方位に放つしか……‼)

 実のところ、アヴィラチオの動きはそこまで早いわけではない。単純な身体操作のみで認識を阻害するレベルに達しており、生半可な能力を上回る効果を生み出している。

 こうなった以上、エクトはアヴィラチオに狙いを定めることはできない。間違いなく、全方位への熱線放出を余儀なくされるだろう。

 それこそが、アヴィラチオの狙いである。

(そら来た‼)

 放たれる、全方位への熱線。狙いなどつけず放たれるそれは、あっという間に周囲を穴だらけにしていく。

 あらゆる生物が存在を許されない破壊の嵐。そんな中_____アヴィラチオは、巨大な岩塊を投げつけつつ、その陰に隠れてエクトに突進していた。

(馬鹿が‼ その程度で目くらましにはならないぞ‼)

 気づいたエクトは即座に熱線を放ち、追撃の一手として手に光の槍を作り出す。『天光、星を伐すジャッジメントレイ』ほどではないが、稲妻が迸る槍の破壊力は熱線のそれを遥かに上回る。

 仮に岩塊を盾に熱線を凌げたとして、飛び出してきたところに槍を投げつければそれだけでチェックメイトだ。先ほどは全力の攻撃で相殺されてしまったが、防御なしの状態で至近距離から槍で攻撃を受ければ、いかに0級といえどただでは済まない。

(来い、真正面から砕いてやるぞ……0級‼)

 エクトには、まだ0級レベルの能力者を倒した経験がない。戦ったこと自体はあるが、そこから『勝利』の二文字を持ち帰れていないのだ。


 だから_____ここでアヴィラチオに勝利することに固執してしまった。


「ほら_____崩れたぞ」

 冷静な思考を保ったままのエクトであれば、ここで勝負に出て、姿が見えないままのアヴィラチオに攻撃を加えるなどあり得なかった。消耗戦に持ち込めば確実に勝てていたのだから、攻撃など試みずに後ろに下がるだけで良かったのだ。事実、アヴィラチオは無理をして熱線を突破していたため、かなりの消耗をしていたのだ。

 だが、それこそがアヴィラチオの策。あらゆる面において非の打ちどころがない天才が、歩法によって認識を阻害され、攻撃を当てられなかった。そこにエクトが怒りを覚え、仕返しを図ろうとする……というのが策である。

 そして、ここに追加の一手が加わる。

「近接特化人間が強くなる基本その一_____遠距離にもちゃんと対応できるようにする、だ‼」

 アヴィラチオの右手には高密度の界力が集まり、繰り出された拳撃に合わせ、界力が一直線に放たれ_____槍を生成し攻撃態勢に入り、防御を疎かにしていたエクトの腹を穿った。


 * * * * *


 1級であるアリカですら目で追うのがやっというレベルの、高次元の戦い。

 それはアヴィラチオによる起死回生の一撃によって幕を閉じた。

「…………すげぇ」

 アリカの治癒能力によって傷を防いだものの、未だ重傷を負ったままの威鳥。だが、その目には僅かな時間と隙を的確に突き、力だけなら自分を上回るエクトを上回ったアヴィラチオの、芸術的なまでの戦いが焼き付いている。

「あれが0級……最強格の超能力者……‼」

 威鳥やアリカほど正確に何が起こったのかを把握できているわけではないが、真守もまたその凄まじい戦いっぷりを見て感銘を受けていた。強くなることを求めるのであれば、目標が必要だ。だが、これまでの真守は何を目指せばいいのかよく理解していなかった。

 だが、強者の戦いを見たことで、それらのイメージが明確に作られるようになった。

 かくして三人は、同じ思いを胸にする。

(いつか必ず……あれと同じくらい、強くなりたい)

 

 アヴィラチオの能力は、単純な自己強化。界力によって肉体の生体エネルギーを活性化させ、そして生体エネルギーを界力に変換する。これらを何度も繰り返すことで、界力による基礎的な身体強化を限界を超えて行うことができる。

 そして武術と超能力の融合は、使い手の技量によっては驚異的な武器になる。アヴィラチオがこの能力を開発した時にまず考えたのは、従来の武術では対応できない敵_____規格外の巨体を誇る敵や、遠距離からの殲滅を得意とする敵への対応であった。

 そうして歩法の開発や、高火力の攻撃に対抗する技の開発を行ったが_____やがて、遠距離攻撃の手段を開発する必要を求められることとなる。

 武器の使用や投擲道具の携帯は戦い方に合っていない。そもそも、慣れていない方法を身に着けたところで、本番では役に立たない。

 何度も何度も挫折を経験した後_____アヴィラチオは一つの結論を導き出す。

『あ、簡単じゃねーか。拳が遠くまで伸びねぇなら……俺の腕が伸びればいいんだ』

 無論、腕がゴムのように伸びるわけではない。そんなことをせずとも、アヴィラチオには超能力がある。

 こうして開発された技が_____


「_____すごく伸びるパンチ」

(生憎と、アヴィラチオにはネーミングセンスがなかった)

 

 拳を繰り出す動作と同時に、界力によって形成された腕が一気に伸び、拳撃が一直線に敵に届く。アヴィラチオの界力操作技術を以てしても、数十メートルもの界力の腕を維持するのは0.2秒が限界である。

 だが_____0.2秒もあれば、拳を命中させることは容易い。

「ぐあっ……‼」

 不意を突かれたエクトは胴体を貫く衝撃に耐えることができず、そのまま何十メートルも吹き飛び、岩盤に勢いよく衝突した。

 それと同時に、周囲に満ちていた冷気が急激に弱まる。維持していたエクトの集中が切れたため、極寒を維持できなくなったのだ。

「これで倒せるとは思わないが……少しは面食らってくれてるといいな」

 威鳥との戦いがある程度の消耗があるとはいえ、エクトの界力はアヴィラチオのそれを遥かに上回る。また、能力も相性も非常に悪かった。

 そんな中でも、技能と戦術があれば勝てることを、アヴィラチオは戦いを見届けていた三人に背中で教えたのだった。

(……ん、葉村エクトって殺さなきゃいけないんだっけ? 連盟の指令とかなんも知らねぇから、この後どうしたらいいか分からんな)

 アヴィラチオは偶々近くを通りかかっただけであり、連盟から要請を受けて来ていたわけではない。連盟のルール通りであれば、この後正式な対応部隊が到着するはずだ。

(みたいなお堅いルールに則ってたら、あのガキども全員殺されてただろ。間に合ってねーんだよ、まったく)

 ともかく、戦いには勝利できた。ひとまずエクトを拘束するべく、エクトが埋もれた岩盤に向かったアヴィラチオだが_____


「__________っ⁉⁉⁉」


 全身に走った、得体の知れない悪寒。直感でその場から急いで離れ、万全の防御態勢を整える。

(……おい、マジか)

 鍛え上げられたアヴィラチオの直感は……未だ岩盤に埋まったままのエクトに対して、最大限の赤信号を発している。この感覚は、例え万全の状態のエクトが相手であっても覚えることのないものだ。

 ならば……万全のさらに上をいく何かが、エクトにはあるとしたら。

(葉村エクト……コイツ、‼)

 アヴィラチオは、その正体を知っている。エクトほどの能力者であれば、あるいは到達する可能性のある、超能力者という存在の極致。

 0級能力者であっても到達することが困難な、本物の怪物。

 それは_____巨大な岩盤を消し飛ばし現れた姿が、何よりも明確に表してくれていた。

「_____あ」

 遠くからその様子を見守るだけだった三人も、アヴィラチオが感じたものに近い感覚を感じ取っていた。何か巨大で、それでいて見えないものが、突如として目の前に落ちてきたような感覚。遠くにいるのに、まるで目の前にが現れたように、三人は感じ取っていた。

 いや、実際遠くなどないのだ。それがその気になれば、この程度の距離など、無いようなものなのだから。

「……やっぱり0級は強いな。余裕だと思ってたけど……流石に甘かった。相手のことをみくびる癖は、早く直さないと」

 戦いによる消耗などまるで感じさせぬ声で、それは_____葉村エクトは、悠然と歩み寄る。同じく、戦いによる消耗などなかったかのように猛る、途方もない界力を携えながら。

(……なんだありゃ、能力者の枠をはみ出てるだろーが。……いや、はみ出るからこそ……あんな変な姿になるのか)

 エクトから発せられる界力は、もはや異界の空間を捻じ曲げる域にすら到達していた。界力によって形作られた瓦礫はエクトの圧を受けただけで砂となり、風がエクトを中心とした渦を作り始めている。比喩でもなんでもなく、異界全体がエクトに吸い寄せられていた。

 その怪物の名は_____


「_____虚構形態ホロウアウト。まさか、あんた相手に使わされることになるとはね」


「……いや、今からでもいいから解除してくれや。俺、死んじゃう」

 薄桃色だった髪色は銀色に変化し、肌の至るところに謎の模様が刻まれている。

 何よりも変化したのは、人としての形そのものだ。背中には歪んだ形をした4対の翼が生え、頭部には二本の角が生えている。

 明らかに人ではない何かに変化したエクト。それこそがまさに、『虚構形態』の姿である。

「敬意を表するよ、アヴィラチオ・バルバロッサ。俺は確かに、アンタに敗北した。このことを、俺は絶対に忘れないし……二度とこんなことをしないと誓う」

(……おいおい、やる気かよ)

「だからこそ、手加減なんて馬鹿な真似はやめるよ。本気で_____アンタを殺す」

 エクトが戦闘態勢に入り、動き出した瞬間_____エクトの手刀が、アヴィラチオの首筋に迫っていた。

(……っ⁉ いつの間に……‼)

 アヴィラチオの反応速度ですら追い付けないほどの、正に神速の移動。無意識の内に取っていた回避行動がなければ、今頃アヴィラチオの首は刎ね飛ばされていた。

 音を置き去りにした攻撃。それは武術を極めたアヴィラチオですら、実現できるか怪しい。

 能力を駆使した殲滅戦ではなく、高まった肉体スペックを使った肉弾戦。武術家のアヴィラチオに対しては無謀とも言えるその戦い方も、虚構形態となったエクトの肉体スペックであれば問題ない。

 動きの全てが極限まで強化され、一挙手一投足全てが致命傷になる戦い。アヴィラチオは、経験したことのない戦いを強いられた。

「あー……ダメだな、こりゃ」

 逃げても無駄であることを理解し、アヴィラチオは積極的に攻撃も行う。だが、拳の打ち合いですら、アヴィラチオは押し負けていた。単純な超パワーと超人的な反応速度のみで、エクトは技術を極めたアヴィラチオを上回っている。

 戦い始めて30秒。既に、アヴィラチオの両手はボロボロの状態になっていた。

「おいおい、虚構形態に覚醒したバケモンと戦うとは聞いてねーぞ」

「すごいな、これだけ力に差があっても渡り合うなんて……今からでも武術を習ってみようかな」

 対するエクトは、全くの無傷。防御をしてもダメージを与える攻撃を何発も叩き込んだが、どれも全く通用しなかった。

 万事休す。絶望的な状況に、流石のアヴィラチオも諦めを見せていた。

 だが_____不思議と、その目から生きる気力は失われていない。

 訝しむエクト。だが、その答えはすぐに目の前に現れた。


「……あ。やっと来た」

 アヴィラチオは突如として戦場に現れた現実への扉_____リフトを見て、脱力して座り込む。

 リフトの中からは、5人近い人影が現れた。


 連盟が対葉村エクトを想定して送り込んだ対応部隊。構成するのは_____0級二名と、1級三名の精鋭である。


「お、アイツが葉村エクトかな? 頭悪そうな界力してるじゃん」

「アヴィラチオ……また独断で介入したのか」

 葉村エクトの前に立つは、0級の二人。

 イゼルグリス・ライ・アークトランス。露出が多い軽めの服装に、ぼさぼさの長く赤い髪を適当に縛った姿は、とても異界で生き抜くための姿とはいえない。しかし、発せられる強い界力は本物である。

 もう一人は、大文字烈だいもんじれつ。目に皺を寄せ、灰色の髪をオールバックに撫でつけた姿は、厳格な男という印象を強くしている。こちらは横に立つイゼルグリスとは異なり、連盟から支給された戦闘着をしっかりと着用している。

 姿に大きさ差はあれど、どちらもアヴィラチオに並ぶ0級の強者。虚構形態と化したエクト相手にも、全く怖気づくことはなかった。

「……はは、0級三人に囲まれる、か。だね」

「葉村エクト、まだ戦う意思はあるか? 我々は貴様と戦うために来たわけだが……戦意のない相手をいたぶるのは性に合わなくてね」

 大文字烈の口調な丁寧なものだが、言葉の奥には隠しきれない殺気を抱えている。もしエクトが話を聞かずに戦闘態勢に入れば、即座に対応してくるだろう。

「……ちっ、ここまでか」

 エクトはその場を離れ、岩山の頂点から到着した対応部隊、そして戦場を見下ろした。

「0級三人の顔に免じて、ここは下がっておくよ。アヴィラチオさん、今度また武術を教えてくれよ」

「うざ。今すぐにでもぶっ殺して……」

アヴィラチオが怒りに任せて立ち上がったところで_____エクトは姿を消した。強大な力を持っているにも関わらず、どういうわけか連盟の観測器具を用いてもその行先は分からなかったという。


 何はともあれ_____ここに、支部襲撃から始まった葉村エクトとの戦いは終結した。

「命拾いしたな、アヴィ。今度酒でも奢ってくれよ」

「いや、お前らが勝手に来ただけだし。そもそもお前、いつも俺んとこ来て勝手に酒飲んでるだろーが」

 ボロボロの状態になっているにも関わらず、余裕な態度を崩さないアヴィラチオと、それをからかうイゼルグリス。エクトの気配が消えたことを確認した後、大文字烈はこの事件の当事者でありきっかけとなったであろう三人の元へと向かった。


 * * * * *


 威鳥、真守、アリカの三人の前には、先に対応部隊の1級三名がやってきていた。

 その内の一人は、アリカが良く知る人物である。

「……ラク先輩」

「また兄貴の面倒ごとか。いざという時に冷静になれないのは……お前の弱さだ、アリカ」

 ラク・シオン。アリカにとっては能力者としての基礎を師事してくれた師匠にもあたる人物。階級は同じ1級だが、能力者としての強さはアリカの遥か上をいく。

「……ごめんなさい」

「俺に謝るな。それより……この二人の方が大事だな」

 ラクは、辛うじて意識を保っているような状態である威鳥と真守に目を向ける。威鳥は右腕を欠損し、全身の至る部位に打撲痕が残る重傷。真守も体の至る部位に過剰な負荷による内出血が発生しており、おまけに界力切れを起こしている。どちらも今すぐ病院に運ばなければならない状態だ。

「……正体不明能力者、威鳥カルタ。確保に対する抵抗によって身柄を拘束されていたところに、葉村エクトが襲来、か。てっきり葉村エクトのスパイかと疑っていたが……なぜ戦闘行為に?」

 質問をしているのは、ラクと共にやってきた大柄の男だ。名を平木道次ひらきどうじといい、ラクと同じ1級能力者である。治癒に関連する能力を持っており、威鳥の傷を癒した状態で話している。

「なんか攫われそうになったから、それが嫌で戦っただけだ。それに……俺のダチを傷つけたからな。弟だってのに、ひどいやつだ」

「……弟?」

 アリカがエクトの妹であることは知れ渡っていることだが、真守も義兄弟であることは知られていない。実のところ、威鳥のこの発言がきっかけで、この後から真守は注目を集めることとなるのだ。

「あ……はい。葉村エクトは……俺の義兄です。家庭の事情ってやつがあって……」

「うわ、葉村エクトの弟とか触りたくねー」

 真守に対して界力を分け与えることでの治療を行っているのは、同じく1級能力者の村雲緋美むらくもあかみ。年は真守やアリカと変わらない程度だが紛れもない1級であり、連盟の中ではアリカと比較されることが多い。ボブに切り揃えた金髪と連盟支給の戦闘服からは大人しそうな印象を受けるが、実際に話してみたところは随分と辛口である。

「……なんか、すみません」

「働かされてることへの愚痴だから気にしないでいいわよー。あー、どっかの誰かさんの兄貴が余計なことするから、私の労働時間が増えるなー」

 謝ってもこの調子なので、真守は会話を諦めた。

「複雑な事情には口を挟まないでおくよ。それより……威鳥カルタ、眼鏡真守。君たち二人を、これから連盟本部に連れていく」

「……本部?」

「なっ……⁉」

「心配するな、尋問をするわけじゃない。本部にある医療設備に運べば、回復も早まるだろう」

 平木は威鳥に対してのアリカのような刺々しさを感じさせることなく、すぐに搬送の手配を始めてくれた。もちろん治療だけでなく、その後には様々な質問を様々な人から受けなければならないだろう。

 初めは威鳥を連盟に見つからないようにしようとしていただけだ。だが、もう威鳥を隠すことはできない。威鳥の失われた右腕も、本部の医療技術なら治せる可能性があるのだから、尚更だ。

(……ここは一旦……任せて……)

 そこまで考えた後、真守の意識は切れた。威鳥と出会ってから続いていた緊張が解けたことで、激痛を食いしばっていた強靭な意識も限界を迎えたのだ。

「あ……寝たし、コイツ」

 そしてそれは、威鳥も同じだ。平木による治療の影響か、逆らい難い睡魔に襲われていたのだ。

(あー……疲れた)


 こうしてこの後、二人は連盟本部に連れていかれることとなる。

 二人を結界を使って運びながら、アリカは後ろを振り返る。

 激しい戦いが続いた異界の大地は、これでもかというほどに荒れ果てている。

 その彼方には_____姿を消した、エクトがいる。

「…………」

 アリカは何の言葉を残すこともなく_____ただ歯を食いしばりながら、異界を後にした。

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