第7話 そして新たな戦いが始まるのだ


 連盟本部、『メビウス』。表舞台においてはスイスにあるとされる連盟本部だが、それはあくまで一般社会向けの窓口でしかない。

 異界と現実の狭間で動く超能力者という存在が自由に動けるようにするためには_____超能力の名にふさわしい空間が必要だ。

 故に、メビウスは異界でも現実でもない空間_____界力の操作技術を駆使して作られた、疑似的な異界に存在している。構造としては結界に閉じられた泡のような空間が無数に存在し、その間の橋渡しを装置によって制御されている。

 『メビウス』という名前の通り、この空間には真の意味での果てがない。結界の位置は常に変動しており、昨日までと同じ方法で同じ場所に辿り着けるかは不明だ。

 ならば交通の便が悪くなってしまうが、制御装置は全ての能力者、そしてメビウスに出入りする権利を有した人間を全て把握しており、24時間365日、全自動で出入りを管理している。そして権利を有した人間であれば、権限の許す限りの空間に自由に通してくれるのだ。

 そのような不思議な空間の集合体こそが、連盟本部の姿である。そして今日もこの空間には、大勢の超能力者たちが出入りしている。


 * * * * *


「…………」

 目が覚めるついでに起き上がり、開いた窓から入ってきた心地の良い風が頬を撫でていく。枕の横に置かれていた眼鏡を取り、急いで携帯を確認する。

「2日間も寝てたのか……」

 治療のせいか、体のどこにも痛みは感じられない。肩を貫いた傷も、傷跡すら残さずに治っている。

 寝かされていた部屋は一人で入院するにはかなり広い。花が生けられ、ミネラルウォーターが何本も置かれている。目を覚ますために水を飲むと、2日間何も喉を通らなかったからか、水の潤いがやたらと喉にしみた。

 部屋の外が気になってドアを開けてみたが、そこには誰もいない廊下が続いているだけ。部屋へと戻りベッドに座ると、ナースコール用の無線機があった。 

 本来なら目覚めたことをすぐにでも知らせるべきなのだろうが、真守はしばらく座って考え込むことにした。

 今でも_____肩を貫かれた感触、体を犠牲にして駆けた感覚、そしてエクトを思い切り殴り飛ばした感覚が残っている。さらにその前の、威鳥と共に異界を駆け抜けた記憶も、鮮明なままだ。

 あまりに濃密な一日を過ごしたが、あれは夢ではない。本当に、この身で体験した現実だったのだ。

(……我ながら……すごいことになったな)

 本来であれば、順当に3級能力者に昇進し、その次の2級を目指すという、型通りの順番で進むはずだった未来は、たったの1日で大きく変わった。恐らく、もう3級昇進への夢は絶たれるだろう。

 たったの1日で、真守は連盟の規則を破り過ぎた。威鳥の確保を妨害した挙句、拘束から抜け出し、無断でエクトとの戦いに加わった。おまけに威鳥がバラしたため、これからは『あの葉村エクトの弟』として扱われるだろう。

 葉村エクトの兄弟であることは、それくらいの意味を持つ。アリカもエクトの妹であることが理由で、何度も謂われなき責め苦を受けていたのだ。

(これから……どうなるかな)

 今もっとも気がかりなのは、威鳥の行く末である。威鳥は正式な認定を受けていない能力者となってしまっただけでなく_____あの葉村エクトと渡り合う実力を晒してしまっている。平木は悪いようにはしないと言っていたが、連盟にとっては扱うことができるかどうかも怪しい危険な存在となってしまったことだろう。エクトと戦ったことで印象が良くなった可能性はあるが、これからも長期間拘束される可能性は十分にある。

 もしかすると、威鳥は同じ病院にいるかもしれない。ならば、やはりここは外に出て探すべきだろう。そう思い、立ち上がる真守。

 だが_____それと同時にドアが開き、窓から吹いた風が、薄桃色の長い髪を靡かせた。

「……アリカ」

 連盟支給の戦闘服ではない、カジュアルな私服姿をしているアリカを見るのは久しぶりだ。よく見てみると、アリカも随分と大人な格好をするようになったものだ、と思う。

 アリカは真守が目を覚ましていることの驚きを無言のまま目を見開くことで表現し_____5秒後、カツカツと音を立てながら真守に近づき、


 パチンッ。


 その頬を、音が出る程度の強さで叩いた。

「…………」

「……エクトに対してやっててたことを、真似しただけ」

 一瞬何のことか分からなかった真守だが_____『兄弟の間にあったいざこざを一発殴って終わりにする』というやり方が自分が生み出したものだと気づき、叩かれたことの意味を理解した。

「これで……私と真守のいざこざは終わり。次は必ず……エクトを殴ってみせる」

「……ああ。ごめんな、これま_____」

 アリカに対して、兄貴として何もしてあげられなかった。これは常々悔やんでいたことであるため、叩かれたこと文句などない。だからこそ、改めて謝罪の言葉をかけることが普通のはずだったのだが_____

 _____突如として目を腫らしながら、大粒の涙を零し始めたアリカを見て、言葉が止まった。

「……やっと……やっと、お兄ちゃんに会えた。でも私は……何もできなくて……」

「…………」

「もう……どうしたらいいか分かんないよ……‼ こんなに強くなっても、私はお兄ちゃんに何もできないし……お兄ちゃんは、私のことなんてなんとも思ってないし……‼」

 手にしていた鞄を床に落とし、鼻をすすりながら、アリカは心の底から言葉を紡ぎ出す。

「やっぱり……無理だよ。私に……お兄ちゃんは殴れないよ……‼ こんなに強くなっても……私は、もできない‼」

 アリカはただ_____誰にでも許されている家族の温かさが欲しいだけなのだ。

 幼い頃に実の両親を亡くし、その時の傷を引きずりながらも真守の家族と出会い、なんとか傷を癒しつつあったところに、今度は義理の両親すらなくし、そのすぐ後には兄を失った。そして、強くなれば手が届くはずの兄は、もはやアリカに顔を向けてくれることすらない。

 必死に手を伸ばしてもその手が届かないということを、アリカは思い知らされてしまったのだ。それがどんな気持ちかは_____同じ境遇である真守にも分からない。

「……ごめんなさい。私、ちょっと外に出て_____」


 涙を拭いつつ、何とかして自分を落ち着かせていたアリカだったが_____真守の抱擁が、アリカの悲しみを受け止めた。


「…………大丈夫。俺は……いなくならないから」

 自分で言いながら、なんと情けないことかと思う。

 アリカはもう、真守よりも遥かに強い。それは何も戦闘に限ったことではなく、精神的な面においても、だ。兄だと威張るには、アリカという妹はでき過ぎている。

 だが、アリカとて完璧ではない。それに何より_____まだ16歳の少女だ。

 帰る場所、甘やかしてくれる人、泣いている時に抱き留めてくれる人くらい、いて然るべきだ。

 そしてそんな存在になれるのは、自分しかいない。

「う……ああああああぁぁぁぁぁぁ‼」

 そうしてしばらくの間_____アリカは真守の抱擁の中で泣き続けた。


 * * * * *


「よぉ。もう昼だぜ」


 目が覚めた時、最初に聞いたのは聞きなれぬ男の声だった。

「……ここは」

「連盟本部メビウス。そん中にある、ごくごく普通の病院だ」

 てっきり鉄格子の中に入れられて拘束されるものとでも思っていたが_____寝かされているベッドは、どこにでもある、ごくごく普通の柔らかいベッドだ。寝心地はすこぶる良かった。

「お前と一緒にいた眼鏡坊主もここにいる。後で会わせてやるから、まぁ安心しろや」

 真守がどうなったのか気になっていたところに、目の前の男_____アヴィラチオは、すぐに答えを口にした。どうやら、何を考えているかはお見通しらしい。

 奇しくも、威鳥は真守と同じ病院で、ほぼ同刻に目覚めたのだ。

「……あれ、右腕が……」

「そういうことができる技術があるんだよ、ここは。細けーことは気にしてねーで、文明の利器に感謝しろ。あと俺にも感謝しろ」

 右腕を動かしてみると、いつもと変わらない、普通の右腕がそこにあった。欠損した体を治すなど、超能力者の医療技術はどうなっているのやら。再生医療の発達も置いて行かんばかりの進歩っぷりである。

「えっと、アヴィラチオさん、だっけ?」

「愛称込めてアヴィさんでいいぜ。お前のことは気に入っているからよ、俺もお前のことはカルタって呼ぶわ」

「じゃあアヴィさん。助けてくれてありがとう。命拾いした」

「おう、適応の早いガキだな」

 少しだけ話しただけでも、アヴィラチオは真守やアリカとは随分と異なるタイプの能力者なのだと分かる。恐らく、型にはまらない、自由奔放な性格なのだろう。支部での自分の扱いを考えると、こうして気楽に喋っていること自体が不思議である。

「俺は……これからどうなるんですか? また手錠かけられたりする?」

「あー、その話があったっけな。んじゃあ、単刀直入に聞くぞ」

 アヴィラチオはつまんでいた果物を丸ごと飲み込むと、改めて威鳥に向かい、厳めしい表情をしながら目を細めた。

「威鳥カルタ。お前……超能力者として戦う気はあるか?」

「…………?」

 てっきりスパイとして疑われ、葉村エクトとの関係などについて問いただされると思っていた威鳥は、思わぬ質問に困惑した。

「スカウトだよ、スカウト」

「……スカウト?」

「単純な話だ。一時的にでも、あの葉村エクトと単独で渡り合うレベルの能力者はそうそういない。放っておくのは戦力としてもったいないから、連盟に正式に引き入れて、戦力として役立って欲しいっていう話だ」

「……本当にそれだけ? 裏はないの?」

「ねーよ。まぁ、俺以外の奴らは違う意見みたいだがな」

「…………?」

 アヴィラチオは連盟としての意見表明に来たと思っていたが、異なる考えを持つ者もいるらしい。

「例えば、あん時俺と葉村エクトの間に割って入ったあの0級……大文字のオッサンなんかは、お前のことを徹底的に調べあげるべきだって主張してたぜ。もしかしたらバラされちゃうかもよ」

「えぇ……」

「他にも、単純にお前が危険だから縛ったままにしとけって意見もある。だが、それらを全部すっ飛ばして、俺がスカウトに来たのさ」

 どうやら、連盟も一枚岩ではないらしい。支部での扱いを考えるに、アヴィラチオトは異なる考えを持つ方が多数派なのだと思われたが_____どうやら、アヴィラチオは本気でスカウトするつもりのようだ。

「という感じで、まぁ悪いが、。放っておくと殺されるかもだが、俺はもったいないって思っちまってな。根性ありそうだし、一緒に戦う仲間にどうかと思ったんだが、どうだ?」

 断る理由はない。拍子抜けなほどに都合のいい話なので警戒はしたが、アヴィラチオが放つ気配に、嘘を吐いている様子や、何かを隠している様子は感じられない。信頼に値すると思ったため、威鳥はすぐに頷こうとして_____

「_____じゃあ、ついでにもう一人スカウトしてくれない?」

「ん、もう一人?」

 威鳥は_____ついでに真守のことも誘ってみることにした。


 * * * * *


「異界支部?」

 同じ病院の中で再開した威鳥と真守。互いの傷が完治したことを確認した後、アヴィラチオからの提案について詳細を聞くことに。

「そ。俺が支部長をやってるとこでな。本部とは違うやり方で勝手してるのさ。場所は異界にある」

「ああ、だから異界支部……って、え⁉」

「異界支部……? そんなの、聞いたことないですよ?」

 連盟では、能力者としての階級によって可能な権限に差があり、上位等級にならなければ知り得ない情報が存在する。だが、異界にも支部があるという情報は、1級のアリカですら知らなかったことだ。

 真守は異界という異次元の世界に支部を置けるはずがないという考えを持っていたために、アリカは1級である自分ですら知り得ない情報を真守や威鳥に放していいのかということに神経を尖らせた。

「ああ、正式な支部じゃないからな。俺が個人的に気に入ったやつを集めて、本部とは別のやり方で運営してるんだよ。ちょうどお前らみたいなあぶれ者にはもってこいだぜ」

 基本的に、支部には連盟の出張機関としての機能しかなく、政治的な権力は持たされていない。異界、異獣が関わることについては全て本部が決定を下し、支部はそれを忠実にこなすだけだ。

 だが_____アヴィラチオが管理しているという『異界支部』は、異なった側面を持つらしい。病院を出た後、長閑な遊歩道が続く道を歩きながら、アヴィラチオは解説してくれた。

「俺が連盟に入ったのは、俺が住んでいた街が異獣の群れに襲われる事件があったからだ。そこで異獣と接触したことで、偶然にも能力が発現してな。そっから連盟に属して、故郷を奪った異獣をぶっ倒すためにたくさん戦ったもんだ」

 超能力者を志願する理由は色々ある。真守とアリカのような特殊な事例もあれば、アヴィラチオのように異界との関わりを無理矢理持たされてしまった一般人、他にも金や生活の安定を目的とする者もいれば、なんとなくの憧れのようなものでなる者もいる。

「死ぬほど戦って死ぬほど修行して……0級異獣の討伐に成功して、0級に昇進した時のことだ。俺はなんでこんなに戦ってんだろうって疑問に思ったんだ」

「それは……異獣から人々を守るためでは?」

「最初は間違いなくそれだったし、燃えてたさ。だが……腑に落ちないことがあってな。そんな時に、0級になった時に初めて知らされた情報を知ってな」

「……ちょっと待ってください。まさか機密情報を話すつもりじゃ」

「いいよ、別に。お前らが黙ってくれれば」

 規則にうるさいアリカは、アヴィラチオの緩い性格についていくので精いっぱいである。とはいえ、気になる情報ではあるので、アヴィラチオが後で大丈夫か不安になるが、性格的にそういったことを気にする人物ではなさそうだと思い、アリカは諦めた。

「でもまぁ……この情報を0級以下に教えない理由は理解できる。一部の能力者にとっては、知りたくなった情報かもしれないからな」

「…………」

 そこまで言って、ふとアヴィラチオは後ろを振り返った。

 情報は知れば知るだけいいというものではない。時には何かを知らないことが、身を守ることにも繋がる。

 だが_____三人の若者の目に迷いがないことを見て、安心して話せると判断した。


「_____。俺たちは」


 告げられた言葉の意味を、三人が理解するまでには時間がかかった。

「……戦わされてる?」

「お前ら、疑問に思ったことはないのか。そもそもよ……なんで異獣は、わざわざ現実こっちにやってきて人間を攫う? しかも殺すわけでも食っちまうわけでもなく、なぜ『攫う』なんだろうな」

 異獣に攫われた人の数は数知れない。中にはごく稀に能力者として目覚める者もいるが、大半は界力中毒によって死んでしまう。異界へと攫われることは、基本的に死ぬことと同義と言ってよい。

 だが_____殺すことが目的なら、攫う必要がない。捕食するなら尚更である。

「そもそも、異獣が現実に来ることはデメリットしかないはずなんだよ。リフトを通して現実に出ちまえば、弱い異獣は時間経過と共に段々と界力を失って、最終的には消えちまう。人間を連れ去っても、別に強くなれるわけでもねぇしな」

「……確かに、異界にいた時間が長ければ長いほど、危険度の高い異獣が生まれることになる。頻繁に現実に出入りするような異獣は、段々と弱体化してすぐに討伐されてしまうはずです」

 アリカが対処したことのある1級の異獣などは、数十年単位で異界に留まり界力を蓄え続けた存在である。上位等級の異獣は群れのトップになることもあるため、生存競争に基本に照らし合わせれば、異界に留まり続けさえすればいいことになる。

「ああ。だが……なぜか異獣はリフトを通して、わざわざ現実に来ようとする。餌となる界力を求めて異界のより深いところを目指すんじゃなくて、なぜか界力がこれっぽっちもない現実に来ようとする。そのせいで、異界の表層部は界力に植えた異獣同士が共食いを続けるような場所になっちまった」

 他の異獣を喰らい、さらに強い界力を手に入れる。そして現実に現れ、人間を攫い続け……最終的には弱って同種に喰われるか、能力者によって討伐されるかのどちらかを選ぶこととなる。こうして聞かされたことで真守も、異獣という生命があまりにも歪であることに気付かされた。

「それがどうしても疑問だったが……連盟本部は答えを既に持っていたんだ。どうやら異獣には_____逆らい難い、があるらしい。生きるために界力を喰らうことと同じくらい、異獣は戦うことを優先する」

「戦うことを……」

 生物が生きる上で闘争をすること自体はおかしいことではない。食物や資源、縄張りなどを巡って争うことは、野生の動物も、そして人間も行っている。

 だが、それらの目的は飢えることなく生き、安定して子孫を残すためだ。

 異界にいさえすれば飢えることはなく、子を成すこともない異獣が戦う必要など、本来はどこにもないはずなのだ。

「なんでそうなったのかは知らん。だが……結果として、異獣は人間を襲い……そして俺みたいに、異獣を憎んで戦うヤツが出てきた。この連鎖は、異界があり、そこから異獣が生まれ続ける限り、絶対になくならない」

「だから……戦わされてる、ということか……」

「俺はそれに納得がいかなかった。だから、自分なりに頑張って、異界の謎を解こうとした。だが_____それが連盟本部の意向と合わなくてな」

「……? おかしくね? 異界の謎を解くのは、連盟の仕事じゃないの?」

 アヴィラチオは明確なしかめっ面をしながら、三人に目を向けることなく前で立ち止まった。

「それがどうも……違うらしくてなぁ」

 アヴィラチオの前には_____道を塞ぐ、三人の人物が立っていた。


 * * * * *


「アヴィラチオ、引け。貴様にこれ以上好き勝手されては堪らん」

「俺にとっちゃあんたの事情なんてどうでもいいだがなぁ……烈さんよぉ」

 0級能力者、大文字烈。エクトとの戦いの際に加勢に現れた人物であり、アヴィラチオにとっては恩のある人物だ。

 だが、二人の間にあったのは明確な敵意である。両者共に周囲の者たちをも巻き込む強い圧を放ちながら、目に皺を寄せて睨み合う。

「あんたには色々感謝してることもあるが、この道を邪魔するならいくらあんたでも容赦しねーぞ」

「異界支部……これ以上好き勝手させるわけにはいかん。貴様のは、この世界にとって危険過ぎる」

 真守たちにとっては知る由もないことであるが、どうやら相当に仲が悪いらしい。アヴィラチオいつでも武術を使えるように手をポケットから出し、烈は得物である刀に手を添えている。突如として、0級の能力者同士が一触即発になる状態になってしまった。

(肌が痺れる……これが0級……‼)

 1級であるアリカにとっても、そしてエクトと渡り合った経験を持つ威鳥にとっても、この二人の放つ気迫には歩みを止めざるを得ない。

 この二人が衝突した時、いかにして危険を回避するか_____そんな考えを巡らせていたところで、二人は構えを解いた。

「……安心しろ、流石にここでやり合うつもりはない。俺たちが戦ったら、ここの空間と病院が消し飛んじまう」

 メビウスの空間はそう簡単に破壊できるものではないのだが、それをいとも簡単に破壊してしまうと話すアヴィラチオ。だが、それが誇張ではないことを、実力を知る者は理解している。

「だが、ここを通すわけにいかないことも事実だ。界力を増大させられる得体の知れぬ者だけでなく、あの葉村エクトの血縁とはな。貴様、一体何を企んでいる」

「何も企んでねぇよ。コイツらには見どころがあるから、誘ってみただけだ」

「……あれ、もしかして私も一緒にさせられてる?」

「……だな」

 アリカとしては、威鳥が真守を誘い、詳しい話を聞くために真守に同行しただけなのだが、どうやら自分も異界支部に行くものとして認識されているらしい。

「馬鹿者め、その行為が連盟に与える影響を考えろと言っているのだ。そこの少年……威鳥カルタがどれほど注目を浴びている存在なのか知らぬわけではあるまい」

「……ん、俺?」

 威鳥も自分が何か特殊な扱いをされる存在であることへの自覚はあったが、烈が言うほど注目を浴びている自覚はない。これは真守とアリカも同様であり、威鳥の異常性は知っているものの、連盟そのものに影響を与える存在だとは認識していない。

「はじめは3級程度の界力しか持っていなかったにも関わらず、戦闘を続ける内に0級にも匹敵するほどに界力を増大させた……正に前代未聞だ。場合によっては、その少年を巡って連盟と異獣の間で戦争が起きかねん」

「……もういいや、あんたとこれ以上議論しても平行線だしな。分かりやすい方法で決着つけようや。______ってことでカルタ、行け‼」

「え?」

「ん?」

「は?」


 * * * * *


 こうして、結界内に設けられた広場にて、威鳥はなぜか戦わされることとなった。

「そっちは誰にするんだ? 横にいる二人……どっちも1級レベルだろ」

 烈の傍にいた二人の男。細身の長身に長髪を結わえた細めの男と、もう一人は少年と呼んだ方が違和感のない背丈の低い少年。どちらも腰に刀を携えている。

士道しどう、行けるか」

「……問題ありません」

 前に進み出てきたのは、背丈の低い少年の方であった。烈と同じ灰色の髪だが、瞳の色は光を発しているのではないかと思うような黄金色をしている。よく見れば顔もそっくりだが、もしや_____

「アイツは烈さんのガキだ。小せぇが、強いぞ」

大文字士道だいもんじしどう……。俺たちと同年代の能力者でいったら間違いなくトップレベルだ。エクトがいなかったら、彼が最強だったってレベルだ。気を抜ける相手じゃないぞ」

「へぇ……」

 真守の忠告を聞いて冷静になるのではなく笑みを浮かべるのは、威鳥らしいと言える。いつの間にかその手にはエクトと打ち合った時に使っていた棒が握られており、腰の刀に手を懸ける士道と向かい合っている。

 大文字士道。アリカと並ぶ天才の一人であり、1級能力者としての実力は本物。他の能力者との共闘とはいえ、

 だが、威鳥の実力もそれに負けず劣らず凄まじいものだ。エクトとの戦いで見せた実力を発揮すれば、士道程度問題ないと真守は考えていた。


 だが_____戦いは思わぬ展開を見せる。


 合図はなく、向かいあった二人のアイコンタクトから試合は始まる。棒を正眼に構えた威鳥が、一瞬にして士道までの距離を詰め、それを士道が腰を落とすことなく放った抜刀が迎え撃った。

「_____え」

 結果は思わぬものとなる。エクトをも吹き飛ばした威力を持っていたはずの威鳥の一撃は、士道の軽い斬撃によって簡単に弾かれてしまった。

 それだけではない。威鳥の界力が込められていた鋼の棒が_____一撃で断ち斬られてしまったのである。

「_____‼」

「……?」

 威鳥は士道の力に驚いていたが、疑問を感じたのは士道も同じである。父である烈から聞いた話から想定される強さより、威鳥の界力は

「な……なんで⁉ 威鳥の力は、あんなものじゃないはず……」

「今の界力……私より弱いくらいよ。今の状態じゃ、とてもエクトと打ち合うなんてできない」

 真守の見立てでは、今の威鳥の界力はアリカと交戦した時と同程度が、それにやや劣るレベルでしかなかった。エクトとの戦いによる影響かと考えたが、それはすぐにアヴィラチオによって否定される。

「あれは別に調子が悪いわけじゃない。今のカルタは絶好調そのものだ」

「でも……本来の威鳥は、もっと強いはずじゃ……」

「本来の、ねぇ……」

 広場の脇にあるベンチに腰掛けながら、真守に視線を向けるアヴィラチオ。その目は、真守以上に威鳥に対しての情報を持っているとでも言わんばかりである。

「眼鏡小僧、お前は本来のカルタの実力を知っているのか?」

「それは……この前の戦いで、嫌というほど見ています」

「そういう理屈の通じないヤツなのさ、アイツは」

 一瞬何を言われているのか分からなかったが、続く威鳥と士道の攻防を見て、真守は段々と考えを変える。

 棒を両断されながらも、両手に棒を構えた状態で士道に立ち向かっていく威鳥。だが、その動きはあのエクトと渡り合ったとは思えないほどに弱々しいものだ。地形を変えるほどの攻撃、そして天変地異の中でも悠然と構えていたような強さはなく、士道との打ち合いでは一方的に押し込まれている。

「カルタの能力が俺の思っている通りなら……アイツに本来の実力なんてものは存在しないことになる」

「どういうことでしょうか?」

「界力がいきなり増大する……っていうのは嘘だ。正確には_____『なぜか界力が勝手に変化してしまう』が正しい」

 アヴィラチオの答えを聞き、真守の中にも答えが形成されていった。

 3級程度の異獣を相手にし、3級程度の力を発揮した。

 1級のアリカを相手にし、1級程度の力を発揮した。

 推定で0級に匹敵するエクトを相手にし、0級程度の力を発揮した。

 この都合の良過ぎる界力の増大は_____その逆も起き得るのだと。

「なるほど……敵に合わせて、界力が変化するのか」

 戦いながら、相対する士道も答えを得ていた。刀で受け止めた棒から感じ取れる威鳥の界力は、とても自分に及ぶものではない。

「うおおおおおお‼」

 自身の力を知ってか知らずか、無謀な突撃を繰り返す威鳥。その動きを既に見切っている士道は最小限の動きで攻撃を回避し、すれ違いざまに刀の頭を突き出された威鳥の棒に当て、威鳥の武器を粉々に粉砕する。

 武器を失った威鳥。界力を纏った超能力者とはいえ、刀を携えた敵に素手で挑むのはあまりにも無謀な行為だ。


 _____だが、それでも。


「…………へっ」

 笑みを浮かべて、敵に笑顔を向ける。

 それが、威鳥カルタだ。

「……来るか」

 棒を失い、握りしめられた拳。それを起点として_____尋常ならざる界力が迸る。

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異能力バトルの結論 八山スイモン @x123kun

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