信じた道を

 動画を見終わった後も、智子はしばらく茫然自失としていた。それだけ衝撃が大きかったのだ。


 有名作家である上村春子が自分と同じ普通のOLであったこと、安定はしているが刺激のない生活に虚しさを覚えて作家を志したこと、小説投稿サイトの中に居場所を見出していたこと、そうした共通点の多さにまず驚かされた。そして、今や有名作家である彼女でさえも新人賞に何度も落選し、それでも自分の可能性を信じて書き続けたからこそ作家への道が開かれたという顛末を知った。彼女の辿ってきた5年間の道のりが、その口から語られた言葉の一つ一つが、忘れかけていた希望と情熱を智子に取り戻させていく。


 智子は動画のサイトを閉じると、ブックマークから別のサイトを呼び出した。すぐに画面が遷移し、『文栄社』と描かれたトップページが現れる。智子が去年、初めて小説を応募した賞の出版社だ。新人賞の項目をタップすると、去年見たのとほとんど同じ画面が表示される。『第57回小説時代賞』。


 智子は30秒ほどそのページを見つめた。初めてこの賞に応募した時の緊張感や、結果を待つ間の時間の長さ、そして落選を知った時の足元が崩れ去ったような失望は、今も鮮明に覚えている。


 あの時のショックを繰り返すのを忘れ、今年は応募を見送ろうかと思った。一度選ばれなかったものが選ばれるはずがないと思い、始める前から諦めようとしていた。でもそれは、自分で自分の可能性を狭めているだけなのかもしれない。


 夢を追うのは言葉ほど綺麗ではない。現実の厳しさを目の当たりにするたびに心が折れ、楽な道に逃げたくなることもあるだろう。そうやって夢を追うことを諦め、舞台から降りていく人はたくさんいる。


 でも智子は、彼らと同じ道を辿りたくはなかった。たとえ狭き門だとしても、実現までに長い時間がかかったとしても、智子は作家になることを諦めたくはなかった。一般論や数度の失敗で吹き消されるほど、智子の中でたぎる炎は弱いものではなかったのだ。


 再びスマホの画面を見やる。締切日は2月末。今から5か月後だ。これだけあれば作品を書き上げることはできるだろう。1年前の敗北で負った傷を忘れたわけではないが、あの時と今とでは状況が違う。あの時よりもいい文章が書けるようになったという自負はあるし、実際にサイトでそれを評価してくれている人もいる。そうして培ってきたものを信じて、逆転の可能性に賭けてはいけない理由がどこにあるだろう?

 

 智子はスマホの電源を切ると、急いでパソコンを立ち上げた。時刻は20時30分。入浴や睡眠の時間を考慮しても2時間は執筆の時間が取れるだろう。まずはテーマを決めて、次に登場人物を決めて、それから――。

 

 10分後には智子は他の一切を忘れて執筆に没頭していた。頭の中に矢継ぎ早に浮かぶアイディアを少しずつ文章に落としていく。そこにかつての敗北を引き摺り、自信を喪失した者の姿はなかった。


 あるのはただ、自分の作品を完成させ、それを一人でも多くの読者に届けたいと願う、すでに作家の精神を持った一人の女性の姿だった。

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ライフ・ワーク4 瑞樹(小原瑞樹) @MizukiOhara

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