内なる活路

「最初から順風満帆、というわけではなかったんですね。他の賞には応募されたんですか?」小松氏が尋ねた。


「すぐにはできませんでした。1回目のショックがかなり大きかったので、またあれと同じ気持ちを味わうのが嫌だなと思って。気力が回復してから別の賞に応募したんですけど、結果はやっぱり駄目で。そうやって何回も落選を重ねていくうちにどんどん自信をなくしていきました。私には才能がないんじゃないか、作家を目指すなんて端から無理だったんじゃないかと思って、応募を止めようとしたこともありました。プロを目指すのを止めて、趣味として続けた方が精神的に楽だと考えたんです」


 その言葉を聞いた瞬間、智子は胃がきゅっと締めつけられるような気がした。智子自身、今まさに当時の上村春子と同じような状況にあった。1回目の新人賞に落選した後も細々と小説を書いては賞に応募していたが、一度も通過することなくやるせない思いをしていた。作家になるという確固たる決意が失われ、サイトで読んでくれる人だけ読んでくれればいいと思い、趣味として割り切る方向に思考が働きかけていた。


「そんな挫折を味わいながらも、上村さんは作家としてデビューを果たされたわけですよね。転換点はどこだったんでしょうか?」


「デビューのきっかけとなったのは新人賞でした。小説を書き始めてから5年くらい経った時に応募したんですけど、実は最初は落選していたんです。でも、結果発表から2週間後くらいに御連絡をいただいて、私の作品が審査員特別賞に選ばれて、出版をしたいというお話をいただいたんです。最初に聞いた時には信じられなかったんですけどね」


 それは智子も始めて聞く話だった。一度落選した賞でデビューを認めてもらえるなんて、やはり上村春子はただ者ではない。今までのエピソードで彼女に親近感を抱いていたのが、また急激に遠い存在になったように智子には思えた。 


「一人の審査員の方が、上村さんの才能を見出してくださったんですね……。出版が決まった時はさぞ喜ばれたんじゃないですか?」 


「喜びというか、最初は戸惑いの方が大きかったですね。今まで見向きもされなかったのに特別賞に選ばれるなんて、何かの間違いなんじゃないかって気持ちの方が強くて。でも、その後出版社の方とやりとりをする中で少しずつ実感が湧いて、あぁ、ようやく報われたんだなと思えるとじんわりと嬉しくなっていきました。私の目指してきた道は間違ってなかった。やっぱり私は作家になれるだけのものを持っていたんだと思って……」


 当時のことを思い出しているのか、上村春子の目尻にうっすらと涙が浮かぶ。智子はそれを見て自分も涙ぐみそうになった。決して開かれないと思っていた扉が自分の前に開かれた。その瞬間の喜びは何物にも代えがたいだろう。所詮は夢に過ぎないと思っていた願いが実現した時の彼女の感動が、まるで自分が体験したかのように伝わってくる。


「そこから作家としての上村さんの物語が始まるわけですね……。まだまだお話を伺いたいところですが、時間も迫ってまいりましたので、これから最後の質問に入りたいと思います」小松氏が改まった口調で言った。


「ここまでお話を伺う中で、上村さんがデビューされるまでの道のりは決して順風満帆ではなかったことがおわかりいただけたと思います。今や有名作家である上村さんにも、皆さんと同じように賞に落選して、自信をなくされた時期があった。今、この動画をご覧になっている方の中にはまさにそうした気持ちを味わい、作家を目指すことを諦めかけている方もいるかもしれません。そんな視聴者の方に、上村さんから何かメッセージはありますか?」


 そうだ。私が一番聞きたいのはそれだ――。智子は身を乗り出すようにしてスマホに映る上村春子の姿を見つめた。上村春子はしばらく考えてから言った。


「そうですね……。私が作家になれたのって、結局、書くことを止めなかったからじゃないかと思うんです。もし私が最初の新人賞に落選した時、自分には才能がないと思って書くのを止めて思っていたら、今も普通のOLのままで、こんな風にインタビューを受けることもなかった。だから一番必要なのは、自分で自分の道を閉ざさないことじゃないかと思うんです」


「道を閉ざさない?」


「はい。自分が作家になれる可能性を、まずは自分が信じてみるんです。作家になるなんて話をすると、大抵の人は『簡単じゃない』とか、『現実的じゃない』とか否定的なことを言いますよね。で、そういうことを言い続けられるとだんだん気持ちが萎えてきて、自分でも無難な道を選んでしまうんじゃないかと思うんです。叶わない夢を追って虚しくなるくらいなら、諦めて人並みの人生を送った方がよっぽど楽だって」


 その言葉は刃のように智子の胸を刺した。智子の場合、人から直にそうした言葉をかけられたことはなかったが、それでも同じようなことを言われるだろうという予想はついた。だから智子は作家を目指していることを隠し、人前では今の生活で満足しているように振る舞った。現実を言葉にして突きつけられることで、夢を追う気持ちが挫けてしまいそうで怖かったのだ。


「私もそうやって人に言われたり、実際に賞に落選したりして、作家になれないって考えたことは何度もありました」上村春子が続けた。

「でも、それでも作品を書き続けていると、いい作品を書けて満足できたこともありますし、実際にサイトで評価してもらえることもありました。そういうプラスの面に注目してみると、自分が作家になれる可能性はゼロじゃないんだと思えた。今はまだ機会が来ていないだけで、いずれはきっと作家になれるって期待できた。だからこそ書き続けることができたんです」


「なるほど。道を閉ざさないというのは、単に夢を諦めないということでなく、自分が自分の可能性を信じることなんですね! シンプルですが非常に力強いメッセージだと思います。このメッセージを受けて、一人でも多くの作家志望の方が情熱を取り戻されることを願っています。上村さん、本日はありがとうございました!」


 小松氏が一息に言って頭を下げる。彼女の言葉に感銘を受けたらしく、その口調は最初よりも興奮気味だ。そして上村春子はといえば、はにかんだような笑みを浮かべてカメラに頭を下げている。いい意味で大物らしさを感じさせない、最後まで控えめな姿だった。

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