4.一目惚れしたアサシンが令嬢で

「失礼、私はただイーストン嬢を思ってるだけなんです。なにしろ、イーストン家はもう風前の灯火、さらに黒い噂が増えたら、困るのはイーストン嬢です」

「それならもうアデル嬢を放してくれませんか」

「お二人の仲はよく知ってるが、ここで犯人を放すわけにはいきませんね」


 辺境伯はライナスの瞳に覗き込む。薄笑いとともに。


「――むしろ、カドバリー様にも嫌疑があります」

「俺にエングルフィールド様を殺す動機があるとても?」

「とても言いにくいですが、カドバリー家は国王派です、王妃を支持するエングルフィールド家を忌み嫌う理由ならいくらでもあるんですね」


 辺境伯が蛇のような目でライナスを見る。

 会場に衝撃が走る。辺境伯がそこまでまっすぐに語るなんて、誰も想像できないのだろう。


「アデル嬢があなたを殺したい理由がわかった気がしますよ。人に罪を着せることしか能がない男め」

「なん、だと」


 辺境伯は彼の言葉を聞いて、拳を握って目を見開く。


「なるほど――イーストン嬢をそそのかしたのはあなたでしたか、カドバリー様」

「そうであるかどうか、アデル嬢に聞きましょう。アデル嬢、どう思います?」


「私は騙されたのです、エングルフィールド辺境伯に。砦の修繕だと言いましたのに、実は賄賂でした。職人をつれてその場まで来た私も共犯だと、さもないとイーストン家を破滅させると――」


 すると、辺境伯がアデル嬢の言葉を遮った。


「ふん。言いがかりですね。暗殺を企てようとする人の話を聞く必要がありません」

「エングルフィールド様に面白い話も聞かせよう。実は前のパーティーで俺が殺されかけたんです、そこのアデル嬢に」


 ライナスの話でさらに騒ぎを大きくした。それよりも激しく動揺したのは辺境伯だった。


「そんなバカな、長男のはず」

「俺が誰だと思ってる?」

「ま、まさか」


「不当徴税、公費横領、おまけに恐喝と詐欺、どれも大罪です。気高きアデル嬢が許すはずがありませんね」

「証拠もあります。俺は誰だと思ってるのですか、エングルフィールド様」


 彼がわざと辺境伯の側に身を寄せると、辺境伯の驚きと困惑と焦りの表情が見えた。


 辺境伯はライナスが長男であるレナードだと思って、うろたえてるのだ。


 辺境伯は彼が次男だと思って、アデル嬢をそそのかした犯人だと指摘した。しかも前回のパーティーでアデル嬢を指示して、レナードを殺そうとした。


 次期領主への侮辱は、カドバリー家への侮辱だ。その一言は宣戦に等しい。


 もちろん彼は次男だが、兄がここにいない限り、誰も区別できないだろう、と彼は踏ん張った。


「ま、まさか、レナード・カドバリー様でしょうか」

「ご想像におまかせしますよ」


 彼が笑みを見ると、辺境伯はいろんな想像が脳内に巡らせるに違いない。さっきまでの余裕がなくなった。


 影響力がない次男を利用して、カドバリー家の名声を地に落ちるつもりが、まさか相手は次期領主だなんて。これで計画そのものが破綻しただろう、とライナスが推測した。


「横領の件はともかく、俺を侮辱した件はどう償うおつもりで?」


 辺境伯の顔は真っ赤になる、しかし恥じるわけじゃなく、怒りと憤りだ。辺境伯は咄嗟に兵士から剣を強奪した。


「死ね、カドバリー――!」


 喉元に突きつける前に、右からまっすぐの剣が彼を守った。


「アデル嬢!」


 なんとアデルの剣が兵士の束縛を解き、兵士から剣を奪って辺境伯の剣を防いだのだ。見事な動きで、彼は思わずもう一度見惚れるそうだ。


「――おのれ! 俺を裏切ったな、殺し屋風情が!」

「私は殺し屋ではありません、イーストン家の長女であるアデル・イーストンでございます」


 アデルは手に持ってる荒々しい剣と裏腹に、穏やかな声で返事した。


「これは自白と思ってよいのでしょうか、エングルフィールド様」


 まわりの騒ぎが止まらない。すると、会場の後ろから、ひとりの男が現れた。オルセン公爵だ。


「まさかあなたがこんなことをするとは」


 共犯のご登場か、彼はしばらく様子を見守った。


「オルセン公爵、よく来ました。私の身の潔白を証明してくれますよね」

「俺もあなたの共犯だと誑かすつもりか、エングルフィールド辺境伯。カドバリー様を殺そうとした輩を見逃すわけにはいきませんな」


 捨て駒か。オルセン公爵らしい判断だオルセン公爵は王妃の親戚、たかがの辺境伯を守る必要がない、と彼は思った。


 オルセン公爵が兵士を指示して、エングルフィールド辺境伯は地下牢に放り込んだ。

 公費横領の罪だけじゃなく、カドバリー家の次期領主を暗殺を計画する罪や、イーストン家を脅かした罪もある。ただでは済まないだろう。

 会場は大騒ぎで、ふたりはそれを避けようと庭園まで避難した。月の光の下で、二人の姿を照らし出す。


「アデル嬢、無事ですか」

「カドバリー様のほうこそ、お怪我はございませんか」

「平気だ。結局俺の剣の出番はありませんね」

「それはよいことなのでは」


 アデルは満面の笑みを浮かぶ。


「にしても、カドバリー様は長男のほうでしょうか、それとも次男のほうでしょうか」

「次男ですよ、もう少し早く生まれたら長男になるだが」


「私ももう少しで殺し屋に成り下がりましたわ。カドバリー様には感謝しています。イーストン家を守ってくれて」

「俺が惚れたのはイーストン家のご令嬢だ。守るのは当然でしょう」

「ま、またそんなことを。カドバリー様は誰でも同じことを言うのですね」


 アデルの顔は朱く染まり、それでもまっすぐにライナスを見つめた。


「剣の出番がこんなにはやく回るとは」

「はい?」と、アデルは小首をかしげる。


「俺は語るのは苦手です。信じさせるには剣で語り合うのは一番でしょう」


 ライナスの言葉を聞いて、アデルの口元が緩む。


「そういうことでしたら、喜んで。

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一目惚れした令嬢がアサシンで 五月ユキ @satsukiyuki

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