3.死と隣り合わせのダンス
ライナスは慌てて彼女の後を追って会場まで戻る。が、彼女はすでに辺境伯の側にいた。
「エングルフィールド様、お目にかかれて光栄でございます」
「イーストン嬢、今日はさらに美しくなったんですね」
エングルフィールド辺境伯は三十六くらいで、いままでの辺境伯よりも若い。裏でどんな手を使ってたのかだいたい予想できる、と彼は思った。
「父がいつもエングルフィールド様のことを思っておりますわ」
「これはこれは。公爵がご健勝でなによりです」
辺境伯は彼女の話を聞くと、微笑みながら話をそらした。
「お手紙の返事が届いていないと嘆いていますわ」
「そうでしたか。見落としたかもしれません、申し訳ないことをした」と、辺境伯は申し訳無さそうに返事した。
「私もそうだと言ってきましたが、父は心配性なので、なかなか信じてくれません。エングルフィールド様はきっと、流通の問題を一生懸命に対応してますよね」
「もちろんですとも。イーストン家への支援は目下の急務ですよ」
「いいことを聞きましたわ、戻ったら父に報告します。いつになったら解決できそうでしょうか」
「今は砦の修繕で少し手が離さないけれど、来月で必ず解決します。どうか少しの辛抱を」
――全部嘘なんだな。
砦の修繕はとっくに終わってると彼は兄から聞いた。最初からイーストン家を助けるつもりはないだろう。
それに今は月初だ、来月まで待っていられるか。
アデル嬢の表情もこころなしか暗くなった気がする。
「面白い話をしているんですね」
彼が話しかけるのを見て、アデル嬢はさり気なく彼を睨んだ。
「おや、カドバリー様。たしかに、次男のライナス様ですね。私は顔を覚えるのが苦手でして」
「エングルフィールド様は耳が早いですね、我々よりもはやくイーストン家の危機に駆けつけるなんて。大変感動しました。貴族の鑑ですよ」
「それほどでも」
「イーストン家の支援はこちらに回してもいいんです。砦の修繕で忙しいのでしょう」
砦の修繕の話を持ち出したら、辺境伯の顔が僅かに暗くなったが、すぐに元の笑顔に戻った。
「それはイーストン嬢の意向を聞けないといけませんね。いかがでしょうか」
まるで用意したシナリオのセリフように、アデルは表情もなく拒絶の言葉を並んだ。
「父は辺境伯からの支援を心から喜んでおります。今のままでも大丈夫です」
暗い表情を顔から消して、アデルは微笑みを浮かぶ。
「堅苦しい話はもうやめましょう。せっかくのパーティーですので」
「ですね。一曲踊ってもどうです?」
辺境伯は同じく作り笑いをして、手を伸ばしてアデルをダンスに誘った。
「ええ、喜んで」
アデルはふたりの間に挟むライナスを通りすぎた。隣で見てもよくわかる、彼女はそのまま辺境伯を刺すつもりだ。辺境伯もそれに気づいたはず。
なのに微笑みは消えない。むしろ前よりも嬉しくみえる。
「困りますよ、アデル嬢」
彼は速やかにアデル嬢の手を引き寄せた。
「最初のダンスは俺とするって言ったんですよね」
「なんと。そうでしたら早めにおっしゃってください、カドバリー様。知らずのうちにおふたりの仲を引き裂いたのは心苦しいです」
「ま、待って」
アデルの返事が辺境伯の耳に届く前に、ライナスはすでに彼女を引いてダンスの会場まで行った。
音楽がはじまり、緩やかな音楽とともに、人々は踊りはじめる。
「カドバリー様、もう邪魔しないでください」
人に聞かれないように、アデルは細い声で不満をぶつけた。
彼がリードしているのに、アデルはまったく無視して、タイミングがことごとくズレて、ぎこちない踊りになった。
「辺境伯がわざと攻撃しやすいように、誘ってるのです」
「それでも構いません」
「あれは罠です」
「私の邪魔をしないでください」
――ダンスと同じく、なにもかもうまくいかない。どうすればレナードのように、誰もが彼の話を聞き入れるのか。
重苦しい沈黙の中で、ふとレナードの言葉が彼の脳裏に蘇る。
一方的に質問するのじゃなく、彼女の立場から考えないと。令嬢の豊かな生活を捨ててまで、なにを手に入れようとするのか。
「なにを成し遂げたい。俺じゃ、助けることができないんですか」
「なぜそうまでして私を」
「一目惚れたからじゃダメなんですか」
ダンスしているうちに、アデル嬢が少しずつ彼のタイミングに合わせてくれた。
「ま、またそんなことを。カドバリー様は誰でも同じことをおっしゃる方なんでしょうね」
「そう思っても構わない。俺じゃ手助けできないんですか、アデル嬢」
「私は家族のために、あなたを」
彼女は瞼を伏せた。
少しずつ、ダンスのタイミングがずれる。彼女はライナスを見ずに、ただ反射的に動いただけ。
「俺はあなたを助けてほしい、アデル嬢はどう思ってるのですか」
まっすぐに彼女の瞳を見つめる。
最初こそ避けられたが、一呼吸を置いてじっと彼を見た。
「――カドバリー様、私は。私は、愚かでした。イーストンのためだと思って取引をしたのがいけませんでした」
「脅かされたのはオルセン公爵なんですか」
「いえ。脅かされたのは、辺境伯のほうでした」
なんだと。アデル嬢に自分を殺すように仕向けるのか。どういうことだ。
「カドバリー様が私をそそのかした共犯だと言い張るおつもりです」
なるほど、一気にイーストン家とカドバリー家を仕留めるつもりか。これは面白いことを聞いた。
実績豊富のカドバリー家と薄暗い噂がある辺境伯、いったいどっちが勝つのか。
「ですから、カドバリー様、どうかここで身を引いてください。あなたが危険を冒す必要がございません」
「そうか。せっかく必勝の策があるのに、いらないのですか」
「策、ですか」
誰も聞かれないように、アデル嬢は咄嗟に身を彼に寄せる。吐息が聞こえるくらいに密着していた。
「辺境伯とオルセン公爵はつながってる、証拠もある。あなたの協力が必要です」
彼が少し計画の内容を話したら、アデルは頷く。
「そういうことでしたら、喜んで」
楽曲のおわりに近い。もともとぎこちない踊りが、今はすっかり息があったものになった。彼がリードしなくてもいいくらいに。
まるでアデルと剣の稽古をしたように、彼は自ずと彼女の次のステップがわかる。
音楽がおわり、名残惜しそうにアデルの手を放す。
あとは彼女がうまく辺境伯を騙せたら。
アデルはすばやく辺境伯にちかづき、他愛もない雑談をした。
すると、袖に潜むナイフは辺境伯を突き刺す前に――
「刺客だ!」
すぐさまに、アデルは大勢の兵士に囲まれた。動きが早すぎる。宴会の席で、兵士がそんなに早く動けるはずがない。
明らかに仕組んだのだ。
「イーストン嬢、なぜそんなことを」
辺境伯はアデルを見て、信じられないような顔をする。演技がうまいものだと、ライナスは思った。
「放して、離しなさい!」
兵士がアデルを掴んで、身動きが取れないまま、アデルは為す術もなく、じっと辺境伯を睨むことしかできなかった。
「イーストン嬢、いったい誰にそそのかされたのです。領地への援助がそこまで不満なんでしょうか」
アデルは沈黙を貫くが、しかし辺境伯は援助を切ると聞いて、すぐに白状した。
「言われるまでもなく。そそのかしたのはもちろんあなたです」
「聞き間違いなんでしょうか。私があなたにそそのかしたのですか、私自身の暗殺を」
「ええ。そうです」
「かばっても無駄です、調べればすぐにわかることです、イーストン嬢。おまけにイーストン家の黒い秘密も」
「イーストン家の令嬢を脅かすのは聞き捨てられませんな、エングルフィールド様」
ライナスがふらりとふたりの間を挟む。辺境伯は彼を見て、不満どころか、喜んでいるように見えた。
ここからは正念場だ。
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