アデプトとテストとカンニング

※二話同時更新(2/2)







 定期考査前の小テスト返却日の日。


「……」

「……」


 その日、ぎりぎり全教科赤点を免れた狛彦は、初めて出会った。


「……」

「……何ですか? 何か文句があるんですか?」


 自分よりも馬鹿な相手に。


「……お前、その見た目で俺よりも全教科点数下って詐欺だろ?」

「蹴りますよ?」

「もう蹴っているように思えるのですが?」


 警告をしたのならせめてその言葉に意味を持たせて欲しい。即蹴らないで欲しい。


「何故か私のテストの点数を見た人は貴方と同じ様な反応をするんです……」


 何故ですかね? 不思議です、と鈴音。


「……お嬢様は何か見た目は賢そうですからな」

「えぇ。まぁ。そうですよ? 私は賢いですよ?」

「……賢い奴は全部のテストで俺に負けたりしない」


 絶対にしない、と首をふりふりしながら狛彦。

 完全勝利とか中等部から始まった狛彦の学生生活の中で初めてだ。一教科か二教科程度ならば赤点をとった同朋に勝ったことがあるが、全教科は本当に初めてだった。


「ふふっ、バカですね、とりまるは。学校の成績と頭の良さは関係ないんですよ?」

「それは事実だけど、そのセリフを言う『学校の成績が悪い奴』は普通に頭悪い奴しかいない」


 それは第三者が相手を評価する為に使って意味があるのであって、本人の自己申告は意味がない。寧ろ逆の意味を持ってしまう。


「……」

「……反論できないからって蹴らないでくれませんか?」


 最近、懐いて来たのか、お嬢様の足癖に段々遠慮が無くなっている様な気がした。


「そんなんで中間、大丈夫?」


 これは大して影響は無いが、本番のモノは結構進学に影響されたはずだ。

 しかも最近知った怖いことだが、どうやら学期ごとの成績は実家に送られるらしい。狛彦はその成績を見た時の義母の笑顔を想像した。「……」。恐怖で泣きそうになった。

 ちょっとは勉強を頑張った方が良いかもしれない。


「いえ。実家に成績を送られるので少し拙いですね……」

「……お嬢様でもそう言う所があるんですね」


 何となく何かその辺は無敵な気がしていた。


「はい。仕送りが減らされてしまいますので」

「反抗期でもしっかり仕送りは貰ってんのかよ……」

「えぇ。私、育ちが良いのでバイトとかすると思われてないんですよ」

「そんなら別に仕送り減っても問題無いんじゃねぇの?」


 実際にはしてるだろ? バイト?

 バイトと言うか請負人ランナー稼業。と、狛彦。

 請負人ランナーの主要業務は違法業務アウタービズだ。なので正直そこらのバイトよりも遥かに割が良い。


「……言ったでしょ? 育ちが良いんです、私」

「つまり?」

「少なくとも今のマンションには住めませんね」


 家賃が払えません、とお嬢様。


「……随分と素敵な所にお住まいで」


 へ、と狛彦。

 だいたい鈴音と同じ仕事をこなしてる狛彦はそのバイト代で家賃払って光熱費払って食費払ってついでに学費の一部を払っている。

 それで賄えない家賃とか――


「……お嬢様は本当にお嬢様でしたか」

「? そうですよ?」


 何をいまさら……と鈴音。

 全教科赤点とっておいてなぜこれほどまでに上から目線で話せるのか狛彦には不思議だった。


「……まぁ、庶民の生活を体験するのも宜しいのではないですかね? どうせ勉強する気はないんだろ?」

「確かに無いですけど……まるで他人事ですね、とりまる?」

「……他人事ですので」


 当たり前のことを言わないで欲しい。


「言っておきますけど、私、マンションから出たら貴方のアパートに行きますよ?」

「……何で?」

「育ちが良いのである程度のセキュリティのある場所じゃないと危ないんですよ。誘拐とか」

「……」

「番犬付きなら少しは安全でしょ?」

「……」


 当たり前の様に巻き込まないで欲しい。







 お嬢様はお嬢様なので狛彦庶民の苦情など聞いてくれない。

 ついでにお嬢様も狛彦も勉強する気は無い。……無いし、多分無理だ。

 なので――


「カンニングをする」


 そう言うことになった。


「まぁ、そうなりますよね」


 当たり前の様に鈴音。そこに嫌悪の色は無い。

 何故ならこの電脳時代、バレなければカンニングは別に構わないと言う位置づけだった。

 何と言っても電脳化している様な連中は文字通りに頭の中に教科書が入っている。

 当然、学校側はテスト中にソレにアクセスできない様にプログラムを組むが――電脳時代だ。天才は居る。そう言うプログラムを無効化出来るプログラムを組める天才が。

 それを咎めるべきか? と、問われたのなら、道徳的には咎められるべきだ。

 だが世は電脳時代。個人の時代。己の強みを生かして勝ち取ったと言うのなら、それは評価される。されてしまうのだ。


「取り敢えず縮小コピーから行ってみましょうか、とりまる?」


 そして狛彦と鈴音は達人アデプトなので一般的な電脳を使ってのカンニングは出来ない。どうしてもアナログな手段になってしまう。

 鈴音が提案したのは比較的ポピュラーな手だが……


「縮小コピーかぁ……」


 狛彦は乗り気でないです、と鳴き声を上げた。


「? 何か問題が?」

「需要が無いから単純にお高いし、需要が無いからコピー機の設置場所が限られてる」

「学校の生協にありましたよ?」


 ほら、食堂の横、と鈴音。


「あぁ、うん。そうなんだけどな……」


 勿論、それは狛彦も知っている。

 何故なら下見をしたからだ。いくさの結果が九割は開戦前の準備段階で既に決まっていると言われる様に、下準備は大切だ。だから狛彦は本番のテストの前に既にそのコピー機を確認していた。


「……ま、見た方が早いか」

「勿体つけますね……」


 そんな訳でテコテコと食堂に。途中の売店で狛彦は豆乳を、鈴音は天然モノのオレンジジュ―スを買って、じぅー、と呑みながら並んでやって来たコピー機には……


「……何ですか、コレ?」

「『このコピー機は人工知能が監視しています。場合によっては学校側に通報します』の注意書き」

「……プライバシーは無いんですか?」

「悪いことしようとする奴には無い」

「……こんなのっ、あんまりじゃないですかっ! 生徒を信じていないんですか――ッ!」


 くっ! と口惜しそうに鈴音。


「カンペ造りに来た人が言っても説得力がない」

「――」


 舌打ちをされた。するな、お嬢様。


「教科書のコピーなら兎も角、教科書の縮小コピーとかはアウトだな」

「……とりまる、情報屋オウルから監視の無いコピー機の場所の情報を買うか、調達屋ペリカンから縮小コピーされた教科書を買いましょう」

「……ンなもんに請負人ランナーを使うな」


 呆れた様に狛彦。

 因みに狛彦は裏口入学の時に調達屋ペリカンから点数を買っている。なので今回もほんとうにヤバかったらそうするつもりだった。鈴音にもその切り札を教えるつもりだったのだが……ちょっとお嬢様が悪に染まり過ぎてるので止めた方が良いかもしれない。


「……どうしてそんなに余裕なんですか、貴方は?」

「……」


 切り札があるからです。そう言えないので――


「一応俺なりの勉強法を教えてやるよ。縮小前のカンペを自分で造ると結構覚えちゃうぞ」


 自分なりの勉強方法を一つ。

 コピーは高い。高いし、そのカンペを何枚も持ち込むことは出来ない。隠し場所が無い。だから要点をまとめる。

 そうすると何だかんだで授業の要点が抜き出され、手書きで造ると覚えてしまう。それで狛彦は赤点を免れていた。


「……騙されそうになりますけど、コピー機の場所は確認してましたよね?」

「持ち込まないとは言ってない」


 のーのー、と首をふりふりしながら狛彦。

 折角造ったのだから使わないと勿体ないのである。赤点を免れる決定打に何度か使っているのも事実なのである。


「……私は貴方の造ったモノを使います」

「自分で造れ」

「ランチ。五回。好きなだけ良いですよ?」

「完成の暁には進呈させて頂きます、フロイライン」


 ははー、とひれ伏す。

 焼肉食べよ、と狛彦は決めた。


「コピー機は……あ、普通に検索したらでまし――とりまる、とりまる。同じことを考える人が多いのか、学校傍のコンビニにありました」

「……けしからんですな」

「えぇ、本当に。嘆かわしいことです」

「……」

「……」


 そんな茶番を一つやってから――本題。


「それで、隠し場所はどうするんですか、とりまる? 筆箱の中とかですか?」

「いや。そんなりスキーなことはしない」


 またを首を横にふりふりと狛彦。

 机の上のモノをしまいなさーい、で詰む様なギャンブルはしない。


「良いか、鈴音?」


 そっと耳打ちをする様に鈴音に顔を近づける。


「電脳を使うのが普通の奴等のカンニングだって言うなら――」


 ――身体を使うのが達人アデプト流なんだよ。









「………………………………馬鹿じゃないですか?」

「だったらもっといい案を出し――なぁ。もう何回このやり取りやった?」


 もう本番なのですが? と、机の上にシャーペンと消しゴム転がしながら狛彦。

 その言葉の通り、既に本番。中間考査の一つ目まで残り五分を切っているのだが――


「数えてませんけど、何回も言います。絶対に頭悪いです、コレ」


 お嬢様は代案を出さない癖に文句を言っていた。「……」。まぁ、狛彦もそう思う。

 力業。まさしくそれだ。

 狛彦の用意したカンニングペーパー。それはこの教室の中に無い。と、言うかこの教室が入っている棟にもない。あるのは――校内。

 窓から見える大樹。以前狛彦がシャーペンで描いた教室の窓から見える景色の中にもあるその木に貼り付けてあった。

 A4サイズとかなら兎も角、手の平サイズの紙がそこに貼られていても気にするモノは居ない。そこに何が書いてあるかなど見えるはずがない。ましてソコソコ離れた教室からなら猶更だ。

 だが氣で身体能力を跳ね上げ、極限の身体操作で瞳孔括約筋すらも操る様な達人アデプトだと――見えたりする。


「……私は見えますけど、とりまるは大丈夫ですか?」

「ちょっと小さい字は怪し――っと、先生来た。この話はもう止めようぜ」


 流石に堂々とカンニングの相談はしたくない。

 何と言っても電脳時代。そもそもが教室でテストを受ける人数が少ない。普段は見かけない普通科に通っているであろう達人アデプトも何人かいるが、それでも単純に人数が少ない以上、どうしたって教師の目は集まり易くな――


「(とりまる、とりまる、大変です!)」

「(はいはい、どうしまし――)」

「(カンペ、風で飛びました!)」

「嘘だろ!?」


 思わず大声。教室中の視線を集めながら狛彦が見る先には――

 何も無かった。

 いや、木はあった。木しかなかった。


「……」


 拙い/思考

 どうする?/思考

 どうしたら良い?/思考


 机に突っ伏して考える。答えは出ない。勉強はした。一応はした。それでも保険。それがあると無いとでは話が変わってくる。拙い。ミスれない。拙い。

 追い詰められる狛彦。

 そんな狛彦を不審に思いながらも、教師が試験の説明を始める。殆ど頭に入ってこない。


「最後に……一部・・の生徒に言うぞ。お前らに学科は期待していない。お前らはその武を買われてここにいる。だからここに俺はうっかり教科書を置き忘れるし、この後、職員室でゆっくりする。監視は無い。わかったな・・・・・?」


 そう言って、本当に教室から出て行った。


「……」

「……」


 一部の生徒が動き出す。


「……」

「……」


 銀髪の少女と、黒と灰色の混じった髪色の少年は真っ直ぐに行って教科書を手に取る。


「……とりまる、これ」

「待て。何か見た覚えが――あ、この公式じゃね?」


 こうして狛彦達は赤点を免れた。












あとがき

おまけ。まだ都市を出る決断をする前の狛鈴の学園生活。

どこまでもあうとろー。

因みにポチ吉のカンニングの思い出は大学三回生、後期の最後の物理のテストの時、学籍番号一つ後ろのNくんがカンニングバレて一年分の単位全部吹っ飛ばしてたことです。他人事ながら怖かった。


まぁ、そんなどうでも良い話は置いとくとして、宣言通り一旦完結にさせて貰います。

あ、それと今カクヨムコンに放り込んでるので、星とか入れてくれるとポチ吉が喜びます。

喜ぶだけだけどな! 普通に読者選考通過は無理な気がする!



そしてお知らせ一つ。

五話くらいストックが出来たら新作始めます。

いつ死ぬか分かんないからね!

書きたいもん書いてくんだ!

そんな悲しい理由。

今二話分くらい溜まりました。タイトルは『戦車と魔法とポストアポカリプス。』です。

あれ(。´・ω・)?

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剣客ウルフ ポチ吉 @pochi

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