第11話 お待たせ

「先生、そんなもの手に持って言っても説得力はありませんよ」

 メイは上田先生が手にしたポーチを、クイっと顎で指し示した。上田先生の手には、セカンドバッグのような茶色いポーチが握られていた。

「それって、先生たちの大事なお金が入ってるんじゃないですか? 夏休みに旅行とか行くんですよね。最近、他の高校で盗まれたのも、確かそんなお金だって聞きましたけどね」

 メイは相変わらずニヤニヤ笑いながら上田先生を見据えている。

「これは——そうだ、さっき職員室に入る怪しい人影を見つけたからな。盗まれないように俺が確保したもんだ。そうさ、盗人はお前らだ。俺はお前らが職員室に忍び込んで金を盗むところを取り押さえた正義の教師になるのさ」

 上田先生がメイとなごみを交互に見ながら、ドスの効いた声でそう言った。いいことを思いついたというように、唇に薄笑いまで浮かべていた。


「へえ、ドライバーで自分の机の引き出しの鍵まで壊して?」

 メイの言葉にハッとした顔で、上田先生が自分の右手に持っているドライバーを見た。

「こ、これはお前らから取り上げたもんだ」

 だが、上田先生は虚勢を崩さない。本気でメイとなごみを「盗賊」に仕立てようとしているらしい。

「あら、私たちは見ての通り素手ですけど? じゃあ、そのドライバーにはもちろん私たちのどちらかの指紋はあるですよね?」

 メイが両手を目の前でヒラヒラさせて、「残念ですね」というような顔で首を横に振った。

「ふん。お前ら女子高生の一人や二人、組み伏せるのは簡単さ。床に叩きつけて気絶させてからドライバーを握らせれば、指紋なんて簡単なもんだ。ははは」

 上田先生が振り向いてジロリとなごみを睨んだ。なごみは慌てて箒の柄を先にして構え直した。

「ほお、一丁前に構えだけはできてるな。だが、そんな箒一つで俺に勝てると思ってるのか、村都。ほれ」

 上田先生がドーンと大きな音を立てながら、なごみの方に向かってわざとらしく一歩足を踏み出した。なごみは思わずビクッとして引き足で一歩後ずさった。

 なごみは空手の訓練の中で、古武術の「棒」を取り入れた練習もしてはいるが、目の前で仁王立ちしている上田先生は体格も圧倒的になごみに優っていた。おまけに確か、武道の心得もあると聞いたことがある。その踏み出す足にも隙が感じられなかった。


「あら、女子相手だと威勢がいいんですね。さすが連続窃盗魔」

 だが、メイはまったく怯む様子がない。

「連続窃盗魔だと? どこにそんな証拠がある。ほれ、出せるもんなら出してみろよ」

 再び上田先生はメイに向き直った。

 仕方ないわね。メイはそんなふうに一つため息をついて、ポケットから1枚のペーパーを取り出し、そこに書かれたものを読み出した。

「ええっと、上田先生の転勤歴は去年の校内紙の先生のプロフィールによると——最初は青葉高校、それから新生高校、甘利高校ときてうちの高校ですか」

 メイがその紙を両手で縦に広げ、先生の目の前に差し出した。上田先生が訝しげな顔をしている。

「それがなんだっていうんだ」

「連続窃盗事件を捜査をしてる刑事さんに聞いたんだけど、今年の春に事件が起きたのは、青葉、新生、甘利高校なんですって。先生がよく知ってらっしゃる高校ばかりなんて、不思議ですね」

 メイがジッと上田先生を見ている。

「そんなもん、偶然に決まってるだろ。ただの状況証拠にすぎんさ」

「そして4校目がうちでも偶然ですか?」

 メイが追い打ちをかけたが、上田先生は「知らんなあ」とシラを切った。だが、メイもまったく怯む様子もない。

「じゃあ、先生は次に狙われるのがうちの高校だって、どうやってわかったんですか? 都内にはたくさんの高校があって、次に狙われるのがいつで、しかもどこの高校かもわからないのに、家にも帰らないで《うちの高校だけ》を張り込んでたんですよね。犯人がこなかったら、いったいいつまで泊まり込むつもりだったんです?」

 さすがにここにきて、上田先生が言葉に詰まった。その様子を見ながらメイがフッと真顔になった。

「原田さんが美田園さんの財布を返しに来た日、先に職員室にいた先生は逃げ場を失った。原田さんに見つかったら、怪しまれる。そこで、原田さんを連続窃盗事件の犯人に仕立て上げることを思いついた」

 メイはそう言いながら左手を頭の後ろにやったかと思うと、シュンと音を立てて背中から剣のようなものを取り出して上田先生に向かって構えた。反射的に上田先生が一歩退がる。

「そして、先生は警察を呼んだ。おかしいでしょ」

 剣の先が上田先生をまっすぐに狙っている。

「何がおかしい。盗人を捕まえたのなら、警察を呼ぶのは当たり前だろう」

 少し狼狽えた様子で上田先生が言う。だが、メイは首を横に振った。

「だいたい、生徒をそういう状況で捕まえたのなら、まずは警察などに連絡する前に学校はその生徒に事情聴取をするのが普通でしょ? だって学校で起きた不祥事ですもの。なのに、先生はいきなり警察を呼んだらしいですね。ありえないでしょ」

 今度はメイがチラリとなごみに視線を送ってから続けた。

「先生は、原田さんが先に学校で事情聴取をされるととても困ったことになる。なぜなら、原田さんが何をしに夜中に学校に来たのか、早々に本当のことがわかってしまったら、次は警備が厳重になるもの。だって、夜中に生徒が簡単に学校に忍び込めるなんて、学校としては由々しき問題でしょ」

 ジワっと剣を構えたメイが上田先生ににじり寄った。先生の視線は完全にメイに釘付けになっている。そっとなごみは後ろから少し近づいた。機会があれば、背後から攻撃できるかもしれない。

「でも、原田さんを警察に引き渡せば、警察の事情聴取が完全に終わって事情がはっきりするまでは、学校はまだ対策は立てないはず。だから、今夜だけはまだ学校に隙ができる。もう一度忍び込む最後のチャンスがあると先生は考えた」メイがニコッと笑う。「でしょ? 先生」


「まあ、ガキにしてはよくできました、というやつだ。だがな、さっきも言った通り犯人はお前らだ。そんな子供騙しの剣なぞ、簡単に取り上げるさ」

 言うが早いか、上田先生がグイッとメイに向かっていきなり飛びかかった。メイが構えた剣が空を切った。

 やばいよメイちゃん、逃げて——

 一瞬の判断で躊躇うことなく、なごみは後ろから上田先生のアキレス腱を狙って箒の柄を振り下ろしていた。だが、なごみの一撃は大した効果もなく、上田先生はそのままメイの剣を避けたかと思うと、そのままメイを羽交締めにしていた。

「うぜえんだよ、娘っ子」

 そう言いながら、上田先生がメイを押さえ込もうと腕を首にかけた、その瞬間——

 月明かりだけが漏れていた窓のシャッターの隙間から、強烈ないく筋もの光が差し込んできた。上田先生がメイの首に腕を回したまま動きが止まった。


「お・ま・た・せ」

 今度は、職員室の入り口側から声がした。振り向くと、この間喫茶ホームズで会った明智刑事が入り口の柱にもたれかかって立っていたのだ。

 唖然としている上田先生の隙を見てメイがその腕を振り切り、なごみに駆け寄ってきた。そして言ったのだ。

「もう遅いですよ、明智さん。待ちくたびれました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ポニーテールはメイ探偵 失われた財布のなぞ 西川笑里 @en-twin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ