忿怒の、イヴ・ミシェル


 鍾乳洞を奥に進んでいると、セリーヌが立ち止まった。

 何事かと思って前方を見据えると、そこには鍾乳洞の出っ張りに腰をおろす3人の姿が確認できる。


 そうか、ここか。

 結構奥まで進んだな。



「マリー、ディミトリ! イヴ連れてきたよ、ジャンの様子は?」

「セリーヌ! さっきまで意識があったんだけど……!?」

「え、後ろの人誰ですか?」

「俺の仲間だよ。それより、ジャンの様子は?」



 薄暗い中、目を凝らすと全員の服がセリーヌ同様ボロボロになっている。それだけじゃない。かすり傷や切り傷なんかも確認できる。こんな状態の元メンバーを見たことがなかった俺は、一気に心が痛み出す。


 切り傷ひとつで「お前は役立たず」と言われてきたんだ。少しでも服が汚れれば「お前とパーティ組んだから」と。

 こんなボロボロになってしまった彼らは、俺にどんな言葉を言ってくるのだろうか。エンジュがそれを聞いて「やっぱりパーティ解散します」と言ってきたらどうしよう。やはり、俺1人でくれば良かった。


 ……そうだよな、パーティを変えたところで自分が変わらないことには意味がないよな。わかってたさ。



「え、仲間がいるって聞いてないけど……」

「良いじゃん。イヴだけでも連れ戻してさ」

「あの顔だけ剣士はどこに行ったんです?」

「さあ。さっき治療されてたけど、あれじゃ無理でしょ。その辺で死んでるんじゃないの?」

「なんだ、こそこそと。先にジャンの容態を確認させてくれ。動かしても大丈夫なら、そのまま医療機関に運ぶから」



 セリーヌたちがヒソヒソと何かを話している。けど、洞窟の中で反響しすぎてよく聞こえない。

 見た感じ、そんな重要なことを言っているわけではなさそうだ。それに、いつも俺を残してこうやって会話してたからな。重要なことなら俺にも話が来るし。



 俺は、アンバーを肩に乗せたままゆっくりと、動かないジャンへと歩み寄った。 


 その後ろでは、明かりを灯し続けてくれているエンジュと少し離れてイケメンが見守っている。



「ジャン、ジャン……。意識はないか。外傷はないから、精神攻撃を食らったのか?」

「外傷はない? こんなに傷ついているのに?」

「あ、いや……。重症ではないという意味で」

「ジャンに失礼でしょう! 必死に戦ったんだよ!」

「そうですよ! 全く、追い出されても変わりませんね」

「す、すまん……」



 地面に膝を付きジャンを診ながら呟いていると、マリーが不機嫌な声をあげてきた。独り言のつもりだったのだが、聞こえてしまったようだ。


 ああ、終わった。

 きっと、エンジュに仲間を大切にできないやつだと思われただろう。俺ってば、言わなくて良いことを口にして。仲間を傷つけてどうするんだ。


 ここは、慎重に行こう。

 慎重に……。



「はあ……。そんな言うなら、元メンバーなんて呼ばなきゃ良いでしょう」

「!?」

「!?」

「!?」



 震える手でジャンの精神状態を確認しようと分析魔法を使おうとしたところ、俺の後ろに居たイケメンが喋り出した。

 ただそれだけのことなのに、なぜかセリーヌたちはおばけでも見たかのように驚いている。


 ディミトリなんて、腰を抜かしてジャンの隣に尻餅をついていた。どうしたんだ? ずっと居たじゃないか。



「ちょ、ちょ、あ、あんた! な、なんで居るのよ!」

「死んだんじゃないの!?」

「やだなあ、勝手に殺さないでよ。この人と一緒に来てたよ」

「う、嘘です! だって、さっきまでイヴと女の子しか居なかっ……わああ! 出た、ドラゴン!」

「きゃあ!」

「こ、こっち来ないで!」

「うわあ!」

「お、落ち着け! こいつも俺の仲間だよ」



 と、今度はアンバーに驚いてやんの。こいつも最初から居たのに。

 どうなってんだ? 暗くて見えなかったか?

 いやでも、アンバーは白いからそれは考えられん。イケメンもイケメンで、銀髪だし気づかねえってことは……。


 いや、今はそれを考えていても仕方ない。

 今は、ジャンを……。って!? ジャンのやつ起きてるぞ。いつの間にか、俺の側から離れて鍾乳洞の奥へ移動している。



「嘘です! この人、僕たちを騙そうとしてるんです! モンスターを連れてるなんて、魔王の手下ですか!」

「黙って聞いていれば、なんだ! パーティ組んでやった恩も忘れて!」

「そうよ! 使えないあんたなんかに時間割いてるこっちの身にもなってよ!」

「あんたが幼馴染だなんて、反吐が出る! 裏切り者!」

「え、ちょ……ど、どうしたんだよ。こいつは、危害を加えるようなやつじゃ「じゃあ、そのドラゴン捨てて私たちのところに戻ってきなさいよ! 危害加えないなら、別にいいでしょ」」

「え?」



 ジャンが無事だったことに安堵するも束の間、元パーティの奴ら全員が武器を取り出しこちらに向かって威嚇し出した。



 アンバーが、魔王の手下? んなわけあるか。


 俺のことを気遣ってくれるし、さっきのダブルベアにだって一緒に立ち向かってくれるんだぞ? 

 髪の毛引っ張ったり頭突きしたりするが、それだって喜びを表現してるだけだし、俺が落ち込んだ時に励ましてくれてるのもわかってる。


 でも、それをどう説明すればわかってくれるだろうか。

 一つひとつ、あったことを語るか? でも、それだと「話が長い」と言われそうだ。なら、俺を信じろとか? いや、信じられないからパーティ追放されたんだろう。こうなったら、俺がここでアンバーとじゃれあって……って、遊んでると不快な思いをされるかもしれん。



「ほら、あんただって疑ってるから何も言えないんでしょう?」

「ち、ちが……」

「お前の場所はこっちだろ。今なら、パーティに戻してやるよ」

「そ、そうですよ! ジャンがそう言ってるなら、戻してあげます」

「イヴは、騙されてるのよ! 私たちとその怪しい人たち、どっちが大事なの!?」



 どう伝えれば良いか考えていると、杖を構えたマリーが甲高い声をあげてきた。次いで、他の奴らも。全員が全員、ガタガタと全身を震わせて俺らに向かって威嚇している。


 それでも、俺は動けない。背中に変な汗を滴らせながら、どうしよう、どうしようとオロオロしてるんだ。情けないだろう。



 もう、これで俺はジャンたちだけじゃなくて、エンジュとアンバーにも呆れられただろう。またパーティ追放で独り身だ。

 それが確定したと思えば、少しだけ肩の力が抜けたかもしれない。だって、もう誰にも迷惑をかけることがなくなるから。


 だから、俺はこのまま……。



「黙ってないでなんか言いなさいよ! その白い女だってさっきから喋らなくて気味が悪い!」

「赤い目だなんて、そいつも魔王の手下なんじゃねえのか?」

「叛逆ですよ! 犯罪です!」

「ドラゴンだって、濁った目の色してて気持ち悪い! 魔王の手先は処刑よ!」

「おい」



 だから、俺はこのまま何も言わずにここを去ろうとした。


 でも、その考えは今の発言で全部吹き飛ぶ。

 エンジュが気味悪い? アンバーが気持ち悪い? 



 言わせない、言わせない。


 俺なんかに優しくて、能力も優秀で、見た目だって誰よりも魅力的だ。

 そんなメンバーの悪口なんて、絶対に言わせない。



「ヒッ!?」

「な、何よ! イヴの癖に!」



 怒りが生まれたと思ったその瞬間、体内に熱い何かが芽生えた。

 どうしようじゃない、そんな自分の感情は後回しだ。今はただ、侮辱するような言葉を放ったこいつらが許せねえ。


 こんな感情を抱いたのは、初めてだった。

 どんなに頼まれても、もうこいつらのパーティには戻らねえ。エンジュとアンバーを悪く言う奴は、俺の仲間じゃねえ。



 そう決意した俺は、



「今の言葉、もう一度言ってみろ」



 と、武器を構える4人へ怒りの感情をあらわにした。


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絶対王者は声を隠す〜パーティを追放された「無能」剣士と、異世界からやってきたチート級聖女の冒険記。欲しい仲間は、ツッコミ役。強さは既にSS級なので不要らしい〜 細木あすか @sazaki_asuka

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