第2話 陸の本心

「また芽依に迷惑かけちゃったみたいで、悪かったな」

「いい加減にして欲しい……」

 まずい。この口調は怒ってる。

「本当にごめんね。あんな女とはすぐに別れるから。そうだ! 駅前のフルーツパーラーに行こう。奢るから好きなだけ食べて!」

「いいの?」

 芽依が目を輝かせる。良かった。機嫌が直ったようだ。まったく、どうしてみんな芽依に絡むんだ。親友が女で何が悪い!


 芽依は特別な存在だ。

 俺が母の浮気に気づいて苦しんでいたときも、口がきけない振りをしていたときも、黙ってそばにいてくれた。

 芽依といるとすべてが許される気がして、安心して自分をさらけ出せる。

 そんな人が他にいるだろうか。いや、いるはずがない。そう思った俺は、芽依を生涯の親友にする誓いを立てた。こうすれば、何があろうと一生そばにいてくれる。我ながらいいアイデアだと思った。

 女の子たちは芽依にヤキモチを焼くが、芽依と付き合うなんて考えたこともない。

 そんなことをして、万が一別れたときどうなる? もう顔も見たくないと言われるかもしれない。実際、別れた彼女のなかには、今のセリフを吐いたやつが二人はいた。

 芽依が俺のそばにいないなんて考えられない。だから親友こそがベストポジションなんだ。

  

   ◇


 高校生になり、芽依は次第に大人っぽくなってきた。愛想のない子だから目につきにくいが、綺麗な肌とか、黒目がちの瞳とか、たまに笑ったときの可愛さとか、わかるやつにはわかるはずだ。

 実際、それとなくアピールしてるやつらが目に付くようになった。今も、中庭で芽依と馴れ馴れしく話しているやつがいる。二階の窓から見下ろしながら、誰だあいつと息巻いていると、友人の早坂に言われた。


「あの子、おまえの何なの?」


「何を今さら。芽依は俺の大切な親友だと前にも言ったはずだ。変な男に騙されないように俺が気をつけないと」


「その“親友”ってのは、彼女にはなれないのか?」


「当たり前だ。彼女ってのはしょっちゅう変わるもんだろ。芽衣は親友だから、一生俺のそばにいるんだ」


「おまえ、結構クズだな。元カノたちに同情するよ」


「なんだと。あ、また誰か近づいてきた」


「おい、ストーカー。気づいてないようだから言うが、一生彼女のそばにいるのは、おまえじゃない。彼女の夫だ。そこを履き違えるな」


「え?」


「親友のおまえは、彼女の結婚式でスピーチをするだろうが、新婚旅行に行くのも、一緒に住むのも、子供を作るのも夫とやることだ。わかってるのか?」


「……」


「おまえは頭が良いくせに馬鹿だったんだな」

 早坂が呆れたように言った。


 芽依が他の男と結婚?

 俺じゃないやつと暮らして、俺じゃないやつの子供を産む──考えただけで鳥肌が立った。


「うわ、なんだこれ。気持ち悪い」


「そりゃそうだろ。自分の好きな女が他のやつと一緒になるなんて、想像しただけでぞっとするからな。いい加減、自覚しろ。おまえは親友だから執着してるわけじゃない。惚れてるから手放せないんだ」


 そんなわけないと言おうとして言葉につまる。

 母のことがあってから、家族の絆の脆さに気づいた。芽依とは絶対に離れたくないと思ったから一生親友だと誓ったのに。


 惚れてる? 俺が芽依に?


「じゃあ、芽依に会いたくなるのも、寝る前に必ず声を聞きたくなるのも、デート中に芽依のことばかり考えるのも、芽依に惚れてるからなのか?」


「そうだよ! そこまで重症だと思わなかったけどな!!」


「そんな……今さらどうすればいいんだ?」


「簡単だろ。好きって言えばいい」


「でも、振られたらそばにいられなくなる」


「それでも告白しなきゃ何も変わらないぞ。勇気を出せ、陸。おまえに告白してきた子たちだって、みんな勇気を振り絞ったんだぞ」


「そうか……そうだな。俺は卑怯者になるところだった。ありがとう、早坂」


「俺だって一応、おまえの親友のつもりだからな」


「ああ。早坂は俺の親友だ。さかずきを交わすか?」


「なに裏社会の人みたいなこと言ってんだ。ほら、早く行け。誰かに取られても知らないぞ」


 俺はもう一度早坂に礼を言い、教室を飛び出した。階段を駆け下り、芽依のいる中庭へ向かった。


「芽依!」

「陸。どうしたの?」

 俺が近づくと、「じゃあ、また」と言って男が去って行った。


「あいつと何話してたんだ?」

「同じ図書委員だから、当番変わって欲しいって頼まれたの」

「そ、そうか」


 早坂が変なことを言うから焦ってしまった。

 そうだ。ちょうどいい。


「芽依は、アレまだ持ってるか? 昔、二人で作った誓約書」

「もちろん持ってるよ」

「あれ、破棄できないかな? その、一生親友ってのをなしにしたいんだけど……芽依?」

 見ると、芽依の唇がブルブルと震えている。


「どっ、どうした? 具合でも悪いのか?」

「……なんで? わたしたち、もう友達じゃないの?」

「違う違う! そういう意味じゃないんだ。親友をやめたいだけで──」

「違わないじゃぁん」

 芽依の目から涙がポロポロとこぼれる。

「わ、わかった! 破棄ってのはなしで! 修正、いや、追加訂正させてくれ」

「……追加訂正?」


 よし。泣き止んだ。


「そう。あのままだと大事なことが言えないんだ。でも、今すぐじゃなくて、もう少し先でいい」

「すぐじゃ駄目なの?」

「うん」

 きみがね。

「そのときがきたら必ず言うから」

「変なの」と芽依が笑う。


 芽依にとって俺はただの親友。今告白したところで困らせるだけだ。

 まずは、俺を男として意識してもらうことから始めよう。


 そしていつか、誓約書の親友の横に恋人の文字を追加してもらうんだ。



 


 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

親友 陽咲乃 @hiro10pi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ