親友

陽咲乃

第1話 芽衣と陸

 わたしには永遠の友情を誓った親友がいる。

 彼、りくとわたしの家は隣同士で、昔から家族ぐるみの付き合いだ。


 小学三年生のとき、陸の家で事故が起きた。 

 夫婦げんかを止めようとした陸が、誤って階段から転げ落ちたのだ。

 気を失った陸は、救急車で病院に運ばれ、脳の検査を受けた。

 そのときは特に問題はなかったのだが──目が覚めたとき、陸は口がきけなくなっていた。

 耳鼻科や精神科を受診したが、原因ははっきりせず、なんらかのストレスだろうということだった。


 おばさんは陸につきっきりになった。

「ごめんね、ママのせいで」

 いつ遊びに行っても、そう言って涙ぐんでいる。


 それから三ヶ月後、陸が少しずつだけど話せるようになった。その頃には、おじさんとおばさんも仲直りしていて、三人で抱き合って泣いていた。


 わたしは陸に聞いた。


「なんで話せないふり、やめたの?」

「ふふ。やっぱり気づいてたか。芽依はだませないな……事故直後は、本当に声が出なかったんだよ。でも、お母さんは優しいし、お父さんも毎日早く帰ってくるし、このままの方がいいと思ったんだ」


 陸はちょっと苦しそうな笑顔を浮かべた。


「フリをやめた理由は、お母さんが出て行く心配がなくなったから。家族を大切にしたいからって、相手の男とはもう会ってないし」

「なんでそんなこと分かるの?」

「お母さんのスマホの暗証番号、ぼくの誕生日なんだ」

「なるほど」


 その後はトラブルが起きることもなく、陸は両親と仲良く暮らしている。ただ、思うところがあったようで、陸はわたしに宣言した。


「家族なんて、いつ壊れるかわからない、もろいものだってわかったよ。だから、ぼくは友情を大切にすることにした」

「ふうん」

「なんだよ。張り合いないなあ。もうちょっとなんか反応してよ」

「なんて言えばいいの?」

「……とにかく、ぼくにとって一番大事な友達は芽依だし、ぼくたちは親友でしょ?」

「そうなの?」

「そうだよ! だから、永遠に親友でいるという約束をしよう」

「指切りげんまんでもする?」

「そんな甘いのじゃダメだよ。ちゃんと、さかずきを交わさなきゃ」

「なにそれ」

「お父さんが見てたドラマでやってた。一緒にお酒を飲むんだよ。ぼくたちはまだ子どもだからジュースにしよう」

「うん」

 

 よくわからないけどジュースは飲みたい。

 陸は二つのコップにオレンジジュースを注いだ。

 わたしたちは、それをごくごくと飲んだ。おいしかった。


「次に、せいやく書を書いてけっぱんを押そう」

「けっぱんて何? 聞いたことない」

「ちかいの文章に名前を書いて、自分の血を指につけて押すんだ」

「やだよ、そんなの。痛そうだもん」

「確かにそうだな。よし、じゃあ朱肉でいいことにしよう」


 しっかりしていてもまだまだ子供の二人は、間違いだらけの誓いを立てた。

 その意味も重さもわからないまま。


「わたしたちは、永遠に親友でいることをちかいます」

 誓いの紙は二枚作って、それぞれが持つことにした。

「これでぼくと芽依は一生親友だ」

「うん」

 

 わたしは陸ともっと仲良くなった気がして嬉しかった。


   ◇


 あれからわたしたちは順調に友情をはぐくみ、中学、高校と同じところに通っている。

 陸の頭なら難関校を狙えたはずだが、わたしと同じ高校に行くと言い張り、先生たちを泣かせた。おばさんたちは賛成してくれたが、なんだか申し訳ない気持ちになる。これも全部陸のせいだ。


「別に違う学校でもよくない? 会えなくなるわけじゃないんだし」

「甘いな、芽依は。高校生になったらもっと忙しくなるんだよ? 勉強、部活、恋愛、バイト、違う学校になんて行ったら、なかなか会えなくなるに決まってるじゃないか」


 今、しれっと恋愛も入れてたな。このモテ男め。


 中学に入ってから、陸はやたらとモテるようになった。もともと成績が良いことは知られていたが、加えて身長が高くなってきたせいか、しょっちゅう告白されたという話を聞く。


「恋愛したいなら、わたしと遊ぶより彼女と遊んだほうがいいんじゃない?」

「そんなこと言うなよ。芽依は親友なんだから、彼女とは別枠に決まってるだろ」


 気持ちは嬉しいけど、正直困っている。

 陸は、誰かと付き合っても長続きしない。その原因が、実はわたしだったりする。

〝女の親友〟というポジションが彼女たちには許せないようで、必ず文句を言われるのだ。


「いいかげん空気読んで離れてくれない? なんで彼女のあたしより、あんたの方が優先されるのよ!」

 

 今も、いきなり呼び出されてくだらないことを言われ、ウンザリしているところだ。


「そういうことは陸に言ってくれない? どうしてみんな、わたしに言うのかなあ」

 思わず、ため息が出る。

「嫌よ。陸に言ったら嫌われちゃうじゃない」


 バカだなあ。陸はわたしをとても大事にしてるので、こんなことが耳に入ったら嫌われるに決まってる。どうしてそれがわからないのだろう。

 わたしは、まだ誰とも付き合ったことがないから、彼女たちの気持ちが理解できない。別に焦ってはいないけど、モテモテの親友に大きく遅れをとっていることがちょっと悔しい。




 

 

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