6.現実に相応しい世界
目の前は真っ暗に、頭の中は真っ白になった。防御
エリア移動が終わり、出現したのは町はずれの倉庫地区。目の前にある見慣れた建物は、当時の仲間たちでここにしようと決めた〈サルサ〉のギルドホールだった。半地下の入口へ下る短い階段の前に俺は立っていた。〈サルサ〉のギルドホールを
「スノーリ?」
振り返るとそこにはシナモンが立っていた。☆はるる☆も一緒だ。
「どしたの?」
頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。喧嘩別れみたいになってしまったギルドメンバーとギルドホールの前で再会。〈ブレイブ〉のギルドチャットは混乱していてよくわからないが戦いは続いているらしい。でも自分一人では戻れない。走って戻れるけど絶対に間に合わない。どうする。どうする。逃げるか。でもどこへ。どうしたの、と聞かれても。
「何か困ってるの?」
「あ、いや、レイド中に間違って帰還しちゃって……も、戻らないといけなくて……」
「わかった。手伝うよ」
「え?」
「二人も中にいるからすぐにパーティー組もう。急ぎでしょ?」
「二人に出てくるように伝えた」と、☆はるる☆。すぐに扉が開閉してYamaichiとまっつんが出てきた。
「いや、でも……」
「いいから、いいから、早く、早く」
言われるがまま、〈サルサ〉メンバーと一緒に戻るとギルドチャットで伝えて現在のパーティーから離脱し、シナモン、Yamaichi、☆はるる☆、まっつんとパーティーを組んだ。
「行先は?」
「〈ドラゴン教団の総本山〉だけど……」
「それなら近くのストーンサークルまでテレポートで行ける」まっつんはすぐに呪文を詠唱し始め、感謝の言葉はエリア移動に遮られた。ジャングルの中のストーンサークルに出現した俺たちは鬱蒼と茂る木々の向こうで噴煙を上げる火山〈ドラゴン教団の総本山〉を目指して走り出す。
「でも、道中の敵が
「まあその時は仕方ない。道案内よろしく」とYamaichi。
時間的にはギリギリだったが、道中の敵はまだ
そこで待っていたのは絶望的な光景だった。全然立て直せていない。俺がいない間にまた何かがあったらしい。Zodはまだメイン盾をやっているが立っている味方は五人だけ。他は座って回復中。とりあえずZodを支えなければ、と回復魔法を連打しながら走ったが間に合わなかった。Zodは倒れ、ドラゴンロード・ヴァンデルモースが回復中の味方のほうを向く。このままでは数秒で全滅する。
「ふああーっ!」
よくわからない叫び声をあげながら使った挑発スキルが射程ぎりぎりで届き、ドラゴンロード・ヴァンデルモースがこちらを向いた。戦術の打ち合わせも、仲間たちへの指示も忘れて敵に突っ込む。シナモンが当たり前のように防御魔法をかけ、俺は挑発を連打しながら接近、攻撃、防御
シナモンとまっつんは回復を俺に集中させた。Yamaichiは蛮族らしくただ攻撃あるのみ。☆はるる☆がその攻撃による
「なんか安定してる」
「いけるかもしれない」
「蘇生終わりました」
「回復まであと三分。頑張って」
オープンチャットで〈ブレイブ〉のメンバーが叫ぶ。ギルドチャットでは俺の仲間たちに聞こえないからだ。ぴくりとも動かなかったドラゴンロード・ヴァンデルモースのHPが再び減少を始める。〈ブレイブ〉のメンバーが戦線に復帰し始めたのだ。
「いいぞ、安定してる。このままスノーリがメイン盾を続けて。Zodはサブ盾に」
「了解」
勝てるかもしれない、という期待感に皆が高揚している。誰もが戦いに集中しているから、時々リーダーの指示が流れるだけなのにそれを肌で感じる。俺も気分は高揚していたけれど同時に信じられないくらい冷静で、それらは共存したまま他の感情を排除していた。ある種の境地。静かな集中。防御
ドラゴンロード・ヴァンデルモースが断末魔の咆哮を上げても聞こえていないほどだった。ドラゴンの巨体がずしんと横たわって地面を揺らし、蛇のように長い首と頭がぐねりながら目の前に落ちてきたのを見てやっと、敵のHPに目をやったほどだった。
「おっしゃああああああ」
「すげー」
「やったああああああ」
「おつー」
「おつかれー」
「よくやった」
「〈サルサ〉メンバーありがとー」
「みんな興奮しすぎw」
洪水のように皆の声がオープンチャットを流れる。それで俺も実感する。やったんだ。最強、最難関のボスを撃破したんだ。頂点を極めたんだ。胸の奥から湧き出る感動をどう表現したらいいかわからず、出てきたのはたった一言。
「みんな、ありがとう」
まずそれをパーティーチャットで告げた。もう〈サルサ〉のメンバーでない俺は彼らのギルドチャットには入れないから。
「おめでとう」とYamaichi。
「よかったね」シナモンが続く。
「おれたちも討伐実績取れてるよ。これすごくね?」
「明日から俺この称号つけようかなw」
☆はるる☆とまっつんがいつもの調子でやり取りする。それから「あ、スクショ撮っとこ」と二人は良い撮影位置を探して動き回り始めた。
その間、〈ブレイブ〉のギルドチャットでは戦利品の分配について話が進んでいた。こうしたボスの戦利品は一度獲得すると譲渡できない仕組みで、さらに取得まで十五分の時間制限がある。ギルドリーダーのライルが戦利品を確認したところパラディン専用武器ドラゴンキャリバーが出ているという。これは言うまでも無く最強武器で、このサーバーでも持っている人は五人いるかどうかくらい。ランダムに付与される専用のレア特性もあるから世界に一つしかない武器という可能性もある。どんどんと心臓が胸の内側を叩くように動悸が激しくなって、否応にも興奮する。夢のまた夢だと思っていた伝説の武器が自分のものになるかもしれないのだ。事前に決められたルールに従えば今回は〈ブレイブ〉にいるパラディン全員に獲得の機会がある。貢献度は関係ない。そこへライルがこんなことを言い出した。
「今回の戦利品分配には〈サルサ〉のメンバーも加わってもらうべきだと思う。スノーリが〈サルサ〉と一緒に戻ってくれなかったらあのまま終わってた。反対の人いる?」
もちろん、これに反対できる人はいなかった。パーティーチャットで伝えるとシナモンが即答した。
「いま話してたんだけど、私たちはパスするよ。やっぱり今後はレイド参加しないし、今回はスノーリを助けるのが〈サルサ〉の目的だったから」
――え?
「実は昨日話し合っててさ。一昨日のギルド会議のあとも私ずっと考えてて。スノーリは今までリーダーやってくれて、いつも行先を決めてくれてた。たぶんスノーリはもっと攻略がしたかったのに、私たちに合わせてくれていたんじゃないかって思った。なのに私たちはスノーリのやりたい事には付き合ってあげられなかったなって。だからギルドの方針として、スノーリが困った時は助けるって決まったんだ。いきなり今日とは思わなかったけどw」
え、え、なにそれ……俺はただ自分勝手にギルドを移籍しただけなのに。それに俺だって、楽しかった。物足りなさは感じていたけれど嫌々付き合っていたわけじゃない。皆と行く遠足みたいな冒険も好きだったんだ。そのことを伝えなきゃいけないけど今は話している時間がない。これが終わったら絶対に伝えなければ。
「ありがとう……。とりあえず戦利品の分配やっちゃうから待ってて。皆で記念写真撮ろうよ」
〈ブレイブ〉のギルドチャットで〈サルサ〉辞退の旨を伝えると、戦利品の分配が始まった。俺は当然ドラゴンキャリバーを希望し、競合する他のパラディンたちと乱数勝負になる。システムが出力した俺の数値は83ですっごい微妙。他の人たちの数値が出る一瞬は思わず目を閉じてしまった。ドッドッドッと心臓の鼓動がまるでエンジンのよう。恐る恐る目を開くと、ログウィンドウには俺がドラゴンキャリバーを獲得したと出ている。ギルドチャットを祝福のメッセージが滝のように流れた。興奮に全身が震える。ついに手にした最強の剣。これこそがこの世界で過ごした二十年間の結晶であり結果なのだ。そしてこれから先はこの剣を手に皆と冒険を続けていくのだ。
これまでにも達成感を得たことはある。しかしこんなにも心が満たされたのは初めてだった。手にはこの世界で数人しか持っていない最強の剣。そして十年以上も冒険を共にしてきた仲間たちに囲まれて、心の底からこれが現実だったら良かったのにと思った。
――いや、待てよ。それでいいんじゃないか?
――スノーリこそが本物の自分で、この世界が俺にとっての現実世界でいいんじゃないか?
――今まで現実だと思ってきた世界のほうが仮想世界で、谷山幸弘はあっちの世界のキャラクターでいいんじゃないか?
どうしようもないクズのヒキニートでも、そういうキャラクターだというなら納得できる。チラシ配りもスーパーのアルバイトも恥ずかしくなんてない。あいつのステータスで生活費を稼ぐには妥当なクエストだろう。家に帰ってログインすれば――いや、向こうの世界をログアウトすれば――本当の自分に戻れる。世界を救った英雄、聖剣ドラゴンキャリバーを携えた偉大なる冒険者、スノーリに。
目の前に光が広がっていく。道が開けていく。恍惚としていると、「性能は?」とライルが問うた。眩暈さえ感じながら、震える手で、歪む視界で、メインメニューから所持品を開き、武器の項目へ移動する。ドラゴンキャリバーを選択して詳細表示を――
そこで突然何もかもが消えて、世界は暗闇に包まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます