あとがき(結末ネタバレあります)
お読みいただき、ありがとうございました。少しでも良いなと思う部分がありましたら★評価をして頂けると励みになります。
なお、本作はフィクションであり、実在する事件・人物等とは何ら関係ありません。
本作は、主人公に共感できる人には薄ら寒く感じられ、共感しない人には気持ち悪く感じられる、というコンセプトで書きました。もちろんどのように感じられたかは人それぞれと思います。
実は、一度も公開していない第八話のプロットがあります。執筆した一年前はわずかな救いもあるべきでないと思って切り捨てました。少々蛇足感もあります。しかし今になって迷いもあり、反則とは思いますが、以下に掲載します。(あらすじみたいなものでまだ一人称になっていません)
第七話の終わり方で納得、読後感を変えたくない、という方はお読みにならないほうがいいかもしれません。
【8.エターナルクエスト】
一人の老人が半ば廃墟と化した住宅の前に立っていた。ぶかぶかの服は、サイズが大きすぎるのか、老人がしぼんでしまったせいなのか。震える指先でつる草を除け、『谷山』という表札を確認する。
軋む門を開けて、雑草に覆われた狭い庭を歩き、玄関まで来ると鍵を取り出して扉を開いた。人間の住処には無い獣臭と淀んだ空気。床は土埃に覆われているが、それ以外はおおむね、あの日のままだった。乱暴に除けられた両親の靴。居間と玄関とを往来した何人もの足跡がいまだうっすらと確認できる。
物心ついた時からそうしていたように、老人は靴を脱いで床の間に上がった。
――お靴はきちんと揃えてねぇ。
遠く記憶の中からの声に立ち止まり、靴を揃えて向きをなおす。
土埃に靴下が汚れるのも構わずにそろそろ歩き、居間を覗いた。「ああ」と声が漏れる。そこはあの風船が飛んだ日のままだった。斜めになったテーブルも椅子も、台所に上げられた食器類も、冷蔵庫も。
老人は足元にぽっかり穴でも空いたように、すとんと崩れ落ちた。両手を合わせ、一心に祈る。ぼろぼろと溢れ落ちる涙とともに、震える唇から謝罪の言葉が漏れ続けた。
どのくらいそうしていたか、涙も枯れて、老人は目を拭い立ち上がった。両肩を落としたまま階段を上って、ドアが開いたままの自分の部屋へ亡霊のように入っていく。ベッド、机、本棚にカラーボックス。位置に変化はないが、中身はからっぽだった。本棚に入っていたコミックスも、母が捨ててくれなかったスマホも、自分の全てが詰まっていたパソコンも無くなっている。
足の踏み場も無いほど散乱したゴミの中、机の脚元に球状の物体を見つけて、老人は膝を付き、手を伸ばした。VRメットだ。この世界からログアウトするためには必須のアイテム……だったもの。
エターナルクエストは三十周年を迎えた日に無料化と一年後のサービス終了が告知され、その通りになっていた。最後の一年は、かつてあの世界で過ごしたたくさんのプレイヤーたちが戻って来て別れを惜しんだという。今ではネット上に、思い出話とスクリーンショット、有志により保存されたキャラクターデータと公式サイト……そんな墓標が残るのみになっていた。検索すればきっと〈サルサ〉や〈ブレイブ〉も見つけられるだろう。多くのギルドがそうしたように、最終日に保存した集合スクリーンショットがあるだろう。しかしそこにスノーリの姿は在り得ない。
VRメットの中のゴミを適当に掻きだし、汚れるのも気にせず、老人は被った。充電は切れ、パソコンにも繋がっておらず、動作するかも分からない。それでも、長い間ずっと待ち望んでいた言葉を、ついに口にする。
「エターナルクエスト。ログイン」
VRメットの暗闇の中で、思い出が鮮明に光を放った。あの世界で過ごした時間、体験、出会った人々とかけがえのない仲間たちの思い出が次々と走馬灯のように蘇る。それは老人にとって、幸弘にとって、ほとんど唯一と言っていい生きた証だった。
しばらくの間ぴくりともせずに座り込んでいた幸弘の手がゆっくりとヘルメットを掴み、頭から引き抜く。大切そうに膝の上に置いてから、廊下のほうを見て、独り言を呟く。あの日できなかったクエストの続きを。
「まずは部屋を片付けて……そしたらチラシ配りからやってみるよ」
ただその一言だけで全ての歯車はかみ合い、動き出しただろうに。軋んで空転する歯車は嗚咽のような音を立て、罪の重さと後悔が幸弘を押し潰した。
【完】
VRMMOもデスゲームも無い世界で僕にできる精一杯のこと。 権田 浩 @gonta-hiroshi
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