おばけのじかん

藤野 悠人

おばけのじかん

 夕方になって、けんちゃんがおうちへ帰ると、台所からカレーの匂いがしました。カレーはけんちゃんの大好物です。


「お母さん、ただいま!」


 けんちゃんが台所に行くと、お母さんはにっこり笑って、


「おかえり」


と言いました。


 お日様がもう少しで沈んでしまいそうになると、お姉ちゃんが帰ってきました。お姉ちゃんは、けんちゃんのランドセルよりも大きな鞄を、どしん! と玄関に置きました。


 そして、お母さんと、お姉ちゃんと、けんちゃんは、三人で美味しいカレーを食べました。


 空がすっかり暗くなって、お月様が見えると、お父さんが帰ってきました。お父さんは、けんちゃんのランドセルよりも小さいけど、とっても重たい鞄を、そっと玄関に置きました。


 お姉ちゃんとお風呂に入って、歯を磨いたら、あっという間に寝る時間になりました。けんちゃんは大きなあくびをして、お姉ちゃんと一緒に、布団に入りました。


 とても眠いけれど、けんちゃんはまだ寝たくありませんでした。


 隣の部屋は電気が点いていて、お父さんがテレビを見ています。細長くて白い光が、戸の隙間から見えています。そこから聴こえるテレビの音は、知らない国の言葉を聴いているようでした。


 けんちゃんは、布団の中で寝返りを打って、お姉ちゃんを見ました。


「お姉ちゃん」


 けんちゃんが小さな声で呼ぶと、


「なぁに」


と、お姉ちゃんは小さな声で言って、こちらを向きました。


「おばけって、いると思う?」


けんちゃんがそう訊くと、お姉ちゃんはうーんと考えて、


「いるんじゃないかな」


と言いました。


「おばけにも、お父さんやお母さんって、いるかな?」


 けんちゃんがそう訊くと、お姉ちゃんはくすくす笑って、


「いるんじゃないかな」


と言いました。


「けんちゃん、おばけのお話、してあげよっか」


 お姉ちゃんがそう言うと、けんちゃんは大きな目をキラキラさせました。


―――


 人間は朝になって、お日様が昇ると目を覚ますでしょう。でも、おばけは違います。おばけは、お日様が沈んで、夜になったら目を覚まします。


 一番星が見える時間になると、一番早起きなおばけのお母さんが目を覚まします。おばけのお母さんは、大きく伸びをして、キラキラしている一番星を見上げます。


「あら、綺麗な一番星だこと!」


 二番星がキラキラし始めると、今度はおばけのお父さんが目を覚まします。


「おはよう。いい夜だね!」


 お星様がたくさんキラキラして、お月様が顔を出すと、一番お寝坊さんのおばけの子どもが、やっと目を覚まします。


「ふわ~ぁ、よく寝たなぁ」


 おばけの子どもは、そう言って布団の上に座ったまま、またうつらうつらと寝始めます。そうすると、おばけのお母さんがピシャリと叱ります。


「ほら、早く起きて準備しないと遅刻するわよ!」


 朝ごはんならぬ、夜ごはんを食べて準備をすると、おばけのお父さんは会社に、おばけの子どもは学校に、ふわふわ浮かんで向かいます。


 会社に向かうおばけのお父さんが乗るのは、おばけの電車。走るのは線路の上じゃなくて、電線の上。大きな鉄塔が、おばけたちの駅なのです。


 おばけの子ども達は、風のバスに乗って、みんな学校までひとっ飛び。


 学校や会社に着くと、人間と同じように、あちこちでみんなご挨拶。


 おはよう! おはよう!


 おばけの子ども達は、立派なおばけになるために、一生懸命勉強します。国語に算数に体育。そして、何より大事なのは、人間の怖がらせ方です。


 大人のおばけも、人間を怖がらせたり、おばけのタクシーやトラックを運転したり、おばけの会社同士で話し合いをしたり、一生懸命働きます。


 真夜中になってお腹が空いたら、お昼ごはんならぬ、真夜中ごはん。給食やお弁当もあるし、おばけのコンビニやごはん屋さんは、この時間は大いそがし。


 みんな一生懸命勉強して、一生懸命働いて、どんどん夜は更けていきます、お月様がだんだん小さくなって、空が明るくなり始めると、また風のバスや、おばけの電車に乗って、おばけ達もおうちに帰るのです。


 そして、家族みんなで、夜ごはんならぬ、朝ごはんを食べて、お日様が昇ると、おばけ達はおやすみなさいの時間です。


―――


 お姉ちゃんのお話を聴いているうちに、けんちゃんはすやすや眠ってしまいました。


 お姉ちゃんも、いつの間にかぐっすり眠ってしまいました。


 おうちの外で、風がひゅうっと吹きました。電線が揺れて、カタンコトンと鳴りました。


 きっと、風のバスや、おばけの電車の音でしょう。


 おやすみ、人間たち。


 おはよう、おばけたち。


 おばけたちは、これから会社や学校に行くのです。夜はおばけの時間なのですから。

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おばけのじかん 藤野 悠人 @sugar_san010

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