第3話
ゴールデンウィークが終わっても、わたしはまだ誰にもママの恋人の話をしていなかった。親友のミナコちゃんは会った直後に「なんか今日まぶた腫れてない!? どうしたん、失恋? 話聞くよ」と言ってくれたけれど、花粉症が長引いてるのかも、とよく分からない嘘をついて誤魔化した。
幼馴染のショウくんには「そういえばお前の母さん元気?」と訊かれた。元気だよ、と伝えた。ショウくんは弾けるような笑顔で「そうか! よかったな」と走って部活へ向かっていった。サッカー部は地区大会に向けて頑張っているらしい。わたしも次のステップへ向かわなきゃいけないな、と息を吐いた。
しばらくして、お父さんとご飯に行く機会ができた。ママは仕事で忙しいらしく、わたしとお父さんの二人きりだ。本当に仕事なんだろうか、と疑ってしまう自分が嫌で俯いていると
「最近どう? 楽しい?」
と訊かれた。
楽しい。最近はママとママの恋人のことばかり考えていて、楽しい気持ちになる日は少なかった。ママはゴールデンウィークの告白以降、これで開放された! といったふうに頻繁にママの恋人とデートしていた。わたしのことを気遣って「会ってくる―」としか言わないところが、逆に心を締め付けた。いっそデートと言えばいいのに、そんなに隠したいなら恋人と言わなければよかったのに、と何度か思った。でも、気を遣ってくれているということはわたしのことを大切に想ってくれているということだ。わたしはママのことが好きだから、何も言わなかった。
「まあまあかな」
お父さんは「まあまあ、かー」と笑った。わたしはママの恋人より、お父さんのほうがずっと好きだ。ママは違うのかもしれないけれど。
「うん、まあまあ」
「ま、毎日楽しいってのも逆にありがたみ減るし、たまーに超楽しいってくらいがちょうどいいのかもなー」
わたしは「そうだね」と言いながら、ファミリーレストランの窓を眺めた。そこには、反射したわたしとお父さんがファミリーとして座っていた。
そのとき、窓越しに見える夜の街灯に照らされたカップルの一人がママだったように見えた。何組かいるカップルを目で追っていると、お父さんに「どうしたの」と訊かれた。
「ママがいた気がして」
「えっ、仕事じゃないの」
「だよね、そのはずなんだけど」
探していた先に、一組のカップルが腕を組んで歩いていた。シンプルな服の男性の横を歩いていたのは、間違いなくママだった。わたしが焦ってお父さんのほうを見ると、お父さんは静かにママのほうを見つめていた。
「お父さんも、まあまあかもなー」
窓越しに見えるママを見ながらそう呟いたお父さんの声は、震えていた。わたしは「まあまあ、かー」と笑った。
やっぱりママの恋人の話は誰にも言わないようにしようと、わたしは決めた。
ママの恋人 鞘村ちえ @tappuri_milk
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