第2話 野口健太の視点

 同じクラスの田中さんは人気者だ。

 美人で明るくて、地味な男子にも優しい。


 彼女が俺と同じ生物部に入部してきたときは驚いた。掃除やエサやりといった、手が汚れるような作業が出来るんだろうか。

 だが、俺の心配をよそに、彼女は真面目に部活動に取り組んだ。手が汚れるのも構わず、せっせと水槽の掃除をするのを見たとき、彼女のことを誤解していたとわかり恥ずかしくなった。

 

 他の部員たちが「田中さんが入部したのって、翔くん目当てらしいよ」と話しているのを聞いたが、それも誤解のような気がする。

 彼女は同じ教室に翔がいてもまったく気にしてない。逆に、なぜだかわからないが、しょっちゅう俺のことを見ている気がする。

 目が合うとにこっと笑ってくれるし、もしかして俺のことが好きとか……いや、そんなことはあり得ない。いつも派手な友達に囲まれてるから、俺みたいのが珍しいんだろう。


 田中さんは、俺の好きなアニメに出てくるダリアというキャラクターに似ている。明るくて、華があって、すらっとしていて、俺が一番好きなキャラだ。

 前に友達にどのキャラが好きか聞かれたとき、すぐそばに田中さんがいたので、つい真逆のキャラの名前を言ってしまった。


 どうしてあんな嘘をついたんだろう。馬鹿みたいだ。俺が誰を好きだろうと、田中さんにはどうでもいいことなのに。

 だけど、彼女の目が気になってしようがない。どうしてあんなキラキラした目で俺を見るんだろう。勇気を出して聞いてみようか。どうしていつも見てるのかって。いや、無理だ。自意識過剰だなんて言われたら死にたくなる。


 親も兄ちゃんも背が高いのに、俺はなかなか背が伸びない。

 背が低いということは、男にとってかなりのコンプレックスだ。でかい男子にばかにされたり、見下されたりしているうちに、どんどん自信がなくなっていく。

 部活だって、スポーツは苦手だし、芸術面も才能がないから、引き算で残った生物部に入部しただけで、特に生き物が好きだというわけじゃない。

 

 でも、やってみると意外と面白いし、居心地もいい。先輩に偉そうな人はいないし、同級生の翔はリア充のモテ男だが、普通にいいやつだった。

 翔は亀の世話がしたくて入部したという変わり者だ。翔目当てに入部してくる女子も確かにいるが、翔が亀の世話に夢中になって全然相手をしないので、すぐに辞めてしまう。


「あの噂知ってる? 田中さんの」

 前に一度、翔に聞いたことがある。

「ああ、僕目当てで入部したんじゃないかってやつ?」

 亀に餌をやりながら翔が返事をする。 


「違うと思うよ。彼女が僕を見る目には、僕がこの子を見るような熱っぽさがまるでない」

「へえ……」

「健太が一番わかってるんじゃないの? 彼女が誰を見てるのか」

 そう言って俺の顔を見た。

 

 翔から見てもそう見えるってことは、勘違いじゃないのかもしれない。

 だけど、今のままじゃ駄目だ。せめて、あと10センチ高くないと。

 くだらないことかもしれないけど、告白するときは彼女より高くなって、上目使いで見上げられたいんだ!

 

 それからは毎日、ネットで検索した“背が伸びる”方法を実行した。

 すぐに伸びるなんてうさんくさい広告は無視。そんなに簡単に伸びたら苦労しないし、本当だったらノーベル賞ものだ。

 まずは縄跳び。この“ジャンプをする“というのが効果的らしい。

 あとは、立ったまま踵を上げ下げする運動。少し強めに踵を下ろす。これも実際に伸びた人の話を聞いた。

 気休めだろうが、牛乳も毎日1リットルは飲んだ。カルシウムは骨を作るし、飲んで悪いことはないだろう。

 

   ◇


 そして今日、卒業式を迎えた。

 このまま離れるくらいなら玉砕しても構わない。告白するのに思ったより時間がかかったが、まだ間に合うだろうか。

 

 式が終わり、生物部で集まっているところへ彼女が友達と一緒にやってきた。

 そこから意を決したようにひとりで歩いてくる。

 横にいる翔ではなく、俺の前で止まった。


「えっ、そっち!?」

 後ろにいる友達が驚いている。


「野口健太くん」

 彼女の声が震えている。

「わたしと──」

「待って! あの、俺から言いたいです。いいですか?」

「え? あ、はい」

 きょとんとしてる。

 告白なんて想像もしてない顔だ。

 

「好きです。俺と付き合ってください」

 

 彼女はしばらく固まっていたが、やがて俺の差し出した手をぎゅっと握った。柔らかい感触にドキドキして心臓が壊れそうだ。

「よ、よろしくお願いします」

 上目使いで見られて、あまりの可愛さに今度は失神しそうになる。

 俺の背はラストスパートでぐんぐん伸びて、やっと彼女を追い越した。兄ちゃんは二十歳になるまで伸びていたというから、今後も期待できるだろう。


「おめでとう」と翔が肩を叩いた。

 生物部の後輩たちが、全然気がつかなかったと騒いでいる。


 彼女は友達に怒られていた。

「なんで、好きな人が野口だって言ってくれなかったの!?」

「そうだよ。てっきり翔に告白するんだと思ってたのに」

「だって、噂になったら、また迷惑かけちゃうかもしれないでしょ」

「昔のこと、まだ気にしてたの?」

「ばかね。もう子供じゃないんだから大丈夫だよ。ほら、彼氏が待ってるよ」

 

 彼女が振り返り、俺を見て、花がほころぶように笑った。

 









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好きと言えない事情 陽咲乃 @hiro10pi

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