好きと言えない事情

陽咲乃

第1話 田中麻里子の視点


 今日は高校の卒業式。

 そして、長い片思いに決着をつける日でもある。

 

 3年間、彼を見つめるだけで満足していたが、このままだと卒業したら顔も見られなくなると気づき、生き甲斐を失くすくらいなら告白しようと決意した。


 わたしが彼に近づいていくのを、みんなが固唾を呑んで見守っている。

「絶対、大丈夫だよ」

「麻里子なら、うまくいくよ」


 ありがとう、友たちよ。

 だけど、わたしは今からあなた達を裏切る。

 今まであざむいていたことを許してほしい。


   ◇


 自慢じゃないが、わたしは子供の頃から可愛いと言われ続けてきた。

 白い肌。大きな薄茶色の瞳。ふわふわの栗色の髪。

「まるで天使みたいね。大きくなったら美人になるわよぉ」

 近所のおばちゃんたちの予言は当たり、他校の生徒が顔を見に来る程度には美しくなった。


 高校では生物部に入部した。

「なんで生物部なの? 演劇部とかテニス部とかに誘われてたよね?」

 友達の優香に聞かれて言葉につまる。


「わかった! 好きな人が生物部にいるんでしょ!」

「なになに、麻里子、好きな人いるの?」

「違うよ、環奈まで変なこと言わないで。わたしは……メダカが好きなのよ」

「「はあ?」」


 二人して腑に落ちないといった顔だが、本当のことは言いたくない。

 わたしが喋らないもんだから、聞こえるようにわざと二人で会話している。


「生物部の男子って誰か知ってる?」

「えー、真面目そうな二年の先輩がいたような……いや、あれは違うな」

「そうだ! 宮田翔みやたかけるって、生物部じゃなかったっけ?」

「あ、そうだそうだ。翔かあ」

 

 二人でにやにやして勝手に納得している。カケルって誰だと思ったが面倒だったので放っておいた。

 

 生物部は、全員が揃うことはあまりない。交代で餌やり当番はあるが、それ以外はわりと自由だ。

 優香も環奈もスルーしていたが、生物部にはわたしと同じクラスの男子がいる。


 名前は野口健太くん。ちょっと背が低いけど、脚の比率が高いので、もう少し背が伸びればスタイルの良さが際立つだろう。長めの前髪に隠れた一重の目は、黒目が大きくて綺麗だし、鼻筋もスッと通っている。

 真面目に掃除やエサやりをしてる姿を見るたびに「生物部に入って良かったー!」と心の中で叫んでいる。

 そう。わたしが好きなのは健太くんだ。

 

 皆が健太くんの良さに気づかないのは不思議だが、正直ライバルがいないのはありがたい。

 見た目には自信があるが、人には好みというものがある。

 よく、モテていいねなどと言われるが、モテるというのは不特定多数に好かれやすい外見をしているというだけで、好きな人の好みのタイプじゃなければ何の意味もない。

 モテなくていいから健太くんのタイプになりたい! とわたしは切に願う。


 健太くんが友達とアニメの話をしていたとき、わたしは全身を耳にして聞いていた。かわいい女の子たちがアイドルを目指す人気アニメだ。


「健太、誰が好き? 俺、ダリア」

「うーん、俺はエリカかな」


 エリカね、エリカ。忘れないようメモをして、家に帰ってから速攻で調べた。

 立花エリカ。茶髪、よし。大きな目、よし。大きな胸……は、まだ成長段階だからなんとかなる。

 キャラ設定は──引っ込み思案な性格を直したくてアイドルを目指すようになった……大人しい子がいいのかなあ。


 わたしは昔から、漫画でもアニメでも主人公には魅力を感じない。その他大勢の中に気になる存在を見つけて、こっそりと推し活するのが好きなのだ。

 やたらとキラキラした主人公より謙虚な脇役。派手な金髪より、触り心地の良さそうな黒髪がいい。

 

 初めて健太くんを見たとき、砂漠のような教室がオアシスに変わった。

 まさか私の理想が三次元にいるとは。

 自己紹介では、名前だけ言って静かに座る。その風情ふぜいいとおかし!

 恥ずかしそうに顔を赤くしているのもよきかな。

 幸い、斜め後ろの席という絶好のポジション。いくらでも盗み見ることができる。


 優香たちは、よく好きな人の話をする。わたしも健太くんのことを話したくてウズウズするが、我慢して聞き役に徹している。

 なぜかというと、わたしの好みを理解してもらったことがないからだ。

 

 漫画や雑誌を見て「どの子がいい?」と聞かれて正直に話すと、変わってるねのひと言で会話が終わる。そんな悲しい思いを繰り返すうちに、本当のことを話すのをやめた。

 適当に主人公っぽい子を指差すと、そうだよねと満足そうにうなずかれる。ばかばかしいとは思うが、会話はスムーズに進む。


 それに、もう一つ理由がある。

 わたしが好きになると迷惑をかけてしまうからだ。小学校のときの宏くんも、中学のときの拓也くんもそうだった。


「麻里子、あの子のこと好きなんだって」

 そんな噂を聞いた途端、面白がってちょっかいをかける女子たちや、ヤキモチを焼いて意地悪をする男子たちから、宏くんも拓也くんも逃げ回っていた。

 健太くんをそんな危険な目に遭わせるわけにはいかない。彼の平穏な生活を守るため、わたしが好きだということは決して誰にも言わないつもりだ。






 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る