移動スーパー 🚛

上月くるを

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 山々の若葉が盛り上がる季節、村の公民館前の広場に軽トラックが止まりました。

 20キロほど先の大型スーパーの外販部が、週に一度まわって来てくれるのです。


 スピーカーの音楽を聴いた村の老人たちが、マイバッグを持って集まって来ます。

 日ごろから急坂の歩行や耕作で鍛えられているので、みなさん、足腰は丈夫です。


 生鮮食品や保存食、冷凍食品から日用雑貨まで、生活に必要な品物がひととおり。

 アンパンや魚肉ソーセージ、前回頼んでおいた各自の好物も必ず届けてくれます。


 村に一軒だけあった商店の主が入院してから買い物に困っていた村人は大助かり。

 テレビ報道でよく見かけるようになった、日本中の僻村の珍しくもない情景……。



      💃



 けれども、注意深く観察していれば、いささか異質なことに気づくことでしょう。

 まず、屋根のスピーカーから大音量で流される音楽からして相当変わっています。


 

 ――『真夏の夜の夢』。(≧▽≦)



 これには多少の訳というかプロセスがありまして、話せば長いことになりますが、かいつまんで申せば、お決まりの『かわいい魚屋さん』にクレームがついたのです。



 ――こんなこと言うのわるいんだけどさ、せっかくの善意に水を差すみたいで。

   


 移動販売を開始して3回目のときに話しかけて来たのは、眼光の鋭い老女でした。

 80代半ばといったところで、一見、平凡なおばあさんですが、これがナカナカ。


 言っちゃあなんなんだけど、あんたたち、あたしら村の年寄りを十把一絡げにして適当に扱ってやれば一丁上りと思っているんでしょう……老女はズバリ言うのです。



 ――たとえばほら、無造作に摘まれているこのスティック珈琲がいい例だよね。

   カロリーハーフなんて妙に薄味でさ、サテンに馴染んだ口には飲めないよ。



 いまはみんなこんなんだけど(笑)若いころ都会で暮らしていた人が多いからね。

 ホンモノとニセモノの区別は、ほかならぬ自分の舌が覚えているっていうわけさ。


 だから「♪ かわいい魚屋さん」なんて古くさい歌を大真面目で流されてもねえ。

 知ってるかい? あたしら60年安保世代なんだ、そう、ゼンガクレンの闘士さ。



      🐲



 そんなことを言われるとは思っていなかった若いスタッフたち、ギャフンでした。

 で、つぎの訪問には『アカシアの雨がやむとき』を用意して行ったのですが……。



 ――いやだよ、いまどきの若い衆はさあ、ろくろくジョークも通じないのかい。

   「死んでしまいたい」なんて辛気くさい歌、この歳で聞かされたくないよ。



 フンと鼻で嗤われてしまい、仕方ないので昭和歌謡、ジャズ、フォークソング……手あたり次第の選曲から気に入ってもらったのがユーミンだったという次第。(笑)


 秘境と呼ばれるこの村には、いまなお平家の落人伝説が根強く語り継がれており、住民の意識も誇りもすこぶる高いと知ったのは、それから、さらにあとになります。


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