終話
桜姫が不思議そうな顔をしていると、彼は、実はあの時、別当のやかたで“六”に渡してくれと頼まれた
「え? あれからもう何年も……おぬしという男は……わらわが側でおらぬと心配で仕方ないのう……」
「…………」
桜姫はそう言って、彼を抱きしめてから、御殿飾りへと戻り、翌朝白々しく、「あ――っ! わらわの大切な鉢に、なにかが入っている! そう言って、少し黄ばんだ
「鉢に入っていたって……濡れていないじゃないか?」
なにを白々しい……“六”は、そんなことを思いながら、渡された
「これでよし!」
それから桜姫は、相変わらずの生活を送っていたが、日に一度だけ、人の大きさになると、手を繋いで誰かさんと庭を歩く姿が、目撃されていたという……。
“伍”に寄りそう彼女の顔は、やはり、天に咲きはじめ花々のように、しごく麗しい顔立ち、そして、そこには、満開に咲いた花のような笑顔が、いつも浮かんでいた。
「そういえば、桜姫って、なぜここにいるんでしょうね?」
「さあな? きっと、あの性格だ。なにかやらかして、自分の世界から追い出されたに違いない」
実のところ、はるか遠い龍の国で長きに渡り、たったひとりの龍の頂点に立つ皇帝が、後継者として定めていたのが、彼女であった。
しかし、世継ぎにふさわしき、別腹である兄弟が産まれたために、父や義母が苦悩する姿に耐えられず、世界を飛び出したのである。
いまの性格は、世界に飛び出して、荒波にもまれ過ぎたせいであった。そんな優しい桜姫であったが、あまりの態度の大きさに、今更、本当のことを言っても、呪いのやかたでは、だれひとりとして信じる者はいなかったが……。
『
ふと“伍”が桜姫にたずねる。
「結局あの“真白の神”は、何者で、どこに行ったのでしょうか?」
「さあな……ま、あの生活じゃ、きっと懲りもせず元気にしておるであろう……」
***
“真白の神”あのとき、いや、天の世界で、『雷公』に見つかって以来、徹底的に利用された彼は、そのあと地獄へと送ろうにも、一応は「神」であるので、どこも預かれぬと判断され、死神の世界で、「神さま用」そう書かれた、特別な監獄につながれていた。
が、他の消滅した世界しか持たぬ弱るばかりの神々たちとは違い、延々と人の世界から、「畏れや怒り、怨嗟という負の力」が無尽蔵に送り込まれてくるので、自力で見事に元の姿に戻って、毎日、わめきちらしていたので、「あいつうるさい……」そんなことを、見張りの死神たちに言われていたそうな……。
彼の正体を知るのは、雷公と彼に取り憑いた死神だけで、死神の記録帳にははっきりと名が記してあった『
かの日本三大怨霊のひとりである崇徳院の名であった。
あの事件のあと、紅姫稲荷神社の奥で、しばらく暮らしている紅姫は、油揚げを食べながら、ふとつぶやく。
「あのような若造、我が父君が誠に仕えると思っていたなど……片腹痛い……ま、誰であったか、わらわは知らんがのう……人の世の齢にして、百を超える年下の祟り神のことなど……まあ少しあのお顔には未練はあったけれど……父君とは比べられないわね……」
そう言った彼女は、にっと美しい緋色の口元の両端を引き上げていた。彼女は、あの神には、もうなんの興味もなかったので、しばしの休憩とばかりに、本殿の奥で小さくなってウトウトしていた。彼女の心内は誰も知らないもも……。
***
そして桜姫といえば、彼が何者だったのか? それは桜姫の取り戻した
彼は、やかたの中で細々とみなの雑事をしたり、護符を作ったりしながら、桜姫や
「まだ産まれぬのか!?」
「産まれぬのか!?」
「~~~~」
「~~~~」
ふたりに、壊されてはたまらない。そう思った桜姫と、少し前まで“伍”と呼ばれていた青年は、「なんとかして欲しい……」そう、仕事帰りの“六”に頼んでみたが、
「卵を持って、旅にでも出るか……」
「そうですねえ……」
それからまた、ときは流れ、ようやく静かになった夜更け、ふたりは、あのときと同じように、庭の池にかかる反橋の高欄の上に、並んで腰かけて、もはや、大きくなりすぎて、とうとう“伍”が、背中に背負いだした「卵」の心配をしながら、腕に抱えて、ながめていると、ちょうど桜姫の
「「わ……」」
卵の中身? 子どもは、ふたりいて、桜姫と瓜ふたつ、女の赤子であった。
「む、婿にしてください!」
「婿に!」
次の朝早く、すぐに気がついたらしき、
「もうさ、ずっと、ここにいればいいじゃない? 嫌なことがあったら、すぐに帰っておいでよ? 嫌なことがなくても、遊びに帰っておいでよ? ね?」
あまりに
「産まれたときに、この“鉢”に入れて、一杯増やしておけばよかった……」
「そなたは相変わらずである……」
それから先、姫君を産んでから、神通力を失ったのか、桜姫は、愛する青年と同じように、年を重ねていたが、そうめんは、彼女がこの世界から姿を消して、世の中が移り変わっても、娘のひとりに譲られた、「鉢」から湧き出していた……
『
「誰もがうらやむ幸福を手に入れた、母君の宝でしたわ……そして、母君は、父君を愛するあまり、持ち合わせていた、すべての力と引き換えに、ただの人になって、同じ時を過ごしたのです……」
平安の昔、桜色の稲妻、そう呼ばれ、永遠の幸せを手に入れた、龍の姫君がいたそうな……もう娘のひとりに譲られた、桜姫の
――了――
桜姫、小さな龍の姫君の恋と冒険の物語 相ヶ瀬モネ @momeaigase
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