最終話

 数週間後。


 吾輩の個室は閑散としていた。


 理由は幾つかある。まず、かの大逆流は用務員のおっさん♂のせいになった。


 吾輩がとっさに温水シャワーを投げかけて、トイレの床に汚水で、犯人はおっさん♂、と明朝体で流麗に記したからだ。水魔術も使いこなせる吾輩にかかれば、造作もないことだった。


 おかげでおっさん♂は誰もいない女子トイレで隠れてうんこする変態用務員という濡れ衣を着せられるに至ったわけだが……まあ、桜ちゃんを守る為だ。致し方ない犠牲だったと考えるしかない。そもそも、吾輩は魔王だったのだ。ときには冷酷非情になることだってある。


 次いで肝心なことだが、あの後で桜ちゃんにはきちんと友達が出来た。


 例の事件を乗り越えたことで度胸がついたのか、桜ちゃんは積極的に他者に話しかけられるようになったのだ。今では廊下から朗らかな彼女の声が聞こえてくるほどだ。シャイガールも成長したものだなと、吾輩も目を細めるしかない。もちろん、便器に目などないわけだが……


 最後に、勇者こと未消化のじゃがいもの角切りはというと――


 実は、いまだに吾輩のプールの中にぷかぷかと浮かんでいた。


「おい、勇者よ。いい加減、さっさと流れてくれないか?」

「お前の廃棄が決定されるまでは、何としてでもここに残ってやるさ」

「貴様が浮いているおかげで……気持ち悪がって誰も吾輩を使ってくれないじゃないか!」

「はっ。いいざまだ」


 こうして、今日も吾輩たちは、誰も来ない閑散とした一室で、世界の命運を決めるほどの壮絶な戦いを繰り広げるのであった。ちなみに、そんな吾輩たちが互いを認め、好敵手と書いて無駄に『親友』と呼び合うような仲になるのは――まだまだずっと先のことである。


(了)

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吾輩は便器である 一路傍 @bluffmanaspati

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