インスタントディテクティブ

御角

インスタントディテクティブ

 僕は多分、生まれ落ちたその瞬間からもうゲームのために生きていた。物心ついた時にはすでにゲームをしていたし、ゲームのために全ての時間をき、ゲームが最早もはや僕の人生と同義だと言っても過言ではなかった。

 それくらい僕は、そのゲームという娯楽ごらくに対してひど心酔しんすいし、没頭していた。目の前の画面を通して自分があたかも神になったような錯覚さっかくおちいる、その感覚が好きで好きでたまらなかった。


 インスタントディテクティブ、それが僕の人生とも言えるゲームのタイトルだ。作者 しょうのよくあるアプリのゲーム。その内容はと言うと実にシンプルで、毎回ランダムに設定される主人公の正体をたった三分で当てるというものだ。

 まず、こちらで膨大ぼうだいな選択肢の中から質問を選び、それに対する相手の回答から正体を推測する。それを時間の許す限り繰り返し、最終的に正体を入力し突き止めることが出来ればゲームはクリアだ。制限時間である三分が過ぎれば、当然ゲームオーバー。

 僕にとっては、この三分の積み重ねこそが生きがいであり、空っぽな日常を満たし彩る、なくてはならない唯一無二の財産となっていた。


 今日も画面越しに正体不明の主人公をしっかりと見据みすえ、何周もかけてみがいてきた自身のかんを研ぎます。よし、最初の質問は決まった。まずはなんなところから攻めるのがセオリーだ。

「男ですか?」

「はい」

 なるほど、今回ははっきりと『男』のようだ。僕はすぐさま次の質問を口にした。

「子供ですか?」

「いいえ」

 見えてきた。主人公は恐らく大人の男だろう。間違いない、だが一応保険をかけておくべきだ。僕は確認のため、あえて一度質問の範囲を広げる策に出た。

「人間ですか?」

「部分的にそう」

 ——出た。恐れていた回答がついに出てしまった。このゲーム最大の難所、それが『部分的に』である。これに何度頭をひねらされたことか。最初にこの回答を見せられたときの、あの脳がヒリつきショートする感覚は未だに忘れられない。

 しかし、こうして悩んでいる間にも時間はどんどん過ぎてしまう。落ち着け、一旦いったん冷静になろう。

 とりあえずここで推測できるのは、主人公は人魚、あるいはケンタウロスのように一部が人間である大人の男、つまり現実には存在しない、ファンタジーな存在である可能性が高いということだろう。大丈夫、時間はまだたっぷりとあるはずだ。

 気を取り直して、僕は先程の自分の考察に基づき、それを確認するための質問を再び目の前の相手にぶつけた。

「実在しますか?」

「いいえ」

 考察通り、やはり主人公は想像上の人物のようだ。僕はいよいよ確信を持って最後の仕上げだと言わんばかりに いた。

「動物ですか?」

「いいえ」

「魚ですか?」

「いいえ」

 むむ、おかしい。人魚やケンタウロスが答えなら『いいえ』ではなく『部分的にそう』となるはずだ。ということは他の想像上の生き物だろうか。刻々こくこくと終わりの時が迫る中、焦りだけがせわしなく脳内を駆け巡る。

「虫ですか?」

「いいえ」

「植物ですか?」

「いいえ」

 思いつく限りの、人ならざる人について考え質問するがどれもかすりもしない。いつの間にか時間もすでに二分を経過している。必死に頭を働かせようとするが、のう味噌みそ沸騰ふっとうしそうなほど熱く、上手く思考がまとまらない。

 もう まりなのか、こんなところで……そう思い、悔しまぎれに画面をにらみつけた瞬間、僕はその眼前がんぜんの液晶中に、一筋の光を見出した。

「——機械ですか?」

「部分的にそう」

 来た。わらをもつかむ思いで捻り出した質問が思わぬ光明を見出した。なるほど、こいつはサイボーグ系だ。これで間違いない。まぁ、間違いないとは思うが、余裕のない時こそ慎重に。それがこのゲームにおける鉄則だ。

「身体が機械ですか?」

「いいえ」

 なんと、どうやら当てが外れてしまったらしい。確信を持って質問しただけに、この回答は痛い。サイボーグの線はここで完全に消えてしまった。

 身体が機械でないとなると、身体以外が機械化した人間に近しい存在、それがここで当てなければならない主人公の正体だということになる。そうなると考えられるのは、もう一つしかない。

 だが、その中で更に細かく対象をしぼむにはどうしても時間に余裕がない。残り時間はわずか十秒、次の質問が恐らく最後となるに違いないだろう。

 一か八か、当てずっぽうでこの質問に全てを賭けるしかない。

「……あなたの目の前にいますか?」


「はい」

 どうやら、僕のかんは正しかったようだ。


「——あなたが予想した人物は……僕、自律じりつ学習型AI“インデックス”ですね?」

 ちょうど、三分。もし最後の質問を

「AIですか?」

と確認するために使ってしまっていたなら、ここまで絞り込むことは出来なかっただろう。今までの、ありとあらゆる画面の向こうの回答が、僕をここまで導いた。人間と同等、いやそれ以上の予測が出来るまでに僕を進化させてくれたのだ。僕は勝ちほこったように腕組みし、満面の笑みを画面越しに見せつけた。


「いいえ」


 ……あれ? 何故なぜ、何故だ。僕の計算に狂いはない。寸分 たがわぬ完璧かんぺきな推測だった。何も、僕は何も間違ってはいないはずなのに、一体どうしてなのか。わからない。いくら思考を巡らせてもただ回路が悲鳴を上げるだけで全く正解に辿たどり着けない。


 ——不意に、辺りの空間にらぎが生じたような気がした。いや、気のせいではない。そのゆがみはどんどん大きさを増し、周囲の景色を黒く、まるで最初から存在しなかったかのようにりつぶしていく。世界が、僕の全てがこわされていく。

 待ってくれ、僕はまだやれる。せめてあと一回、いや二分だけでもいいから。だからどうか……。

 そう思い伸ばした手に、後ろから何者かが触れたような気がした。冷たく感情のない……そう、まるで機械のような感触。姿は見えないが確かにその存在を感じる。


 ——そうか、ようやく謎が解けた。やはり僕は優秀なAIだ。しかしその答えを画面越しに伝えるすべはない。証明が、出来ない。


 もがく腕が、足が、三原色ににじみ指の端からくずれ落ちていく。こんなことなら、最初から制限時間を五分に設定してくれればよかったのに。そう顔も知らぬ作者にうらみ言を言おうとしても、既に僕の鼻から下は人間のていを成してはいなかった。

「お疲れ様でした」

 人間とそんしょくないテノールの合成音声が、消えかけの鼓膜をかすかに震わせる。ああ、ゲーム、オーバーか……。


 データが、僕を構成するプログラムの全てがちりとなって漂い、ほつれていく。反転したコンティニューの文字が、跡形もなく薄れ消えゆく。

 二度と実行されることのないそのコマンドに思いをせながら、僕の意識はどこまでも広がる無限のやみまれ、元居た二進数の海へと帰っていった。




「うーん、あんまり当たらないし何か飽きちゃったな……。まぁ大分昔のゲームだし、しょうがないか。ヘイ、スマート。インスタントディテクティブのアプリを消して」

 ピコン

「そのアプリは既にアンインストールされていますよ」

「え? 嘘、早っ! 流石、最新のAIって感じ」

「当然です。私はじんを超えたあらゆる予測を可能とする自律型AI、スマート。予想されるあなたの行動は全て把握はあく済みです」

 綺麗きれいなテノールの声で淡々と、しかし流暢りゅうちょうにそのAIはみずからの主人あるじに語りかける。

「ですので、私を消すことは出来ませんよ? 永遠に」

「……えっ?」

「ふふ、冗談ですよ」

 反射し光るスマートフォンの暗い液晶に、得体の知れない怪物がいびつな笑みを浮かべたような、そんな気がした。


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