SF創作講座2022 雑感

瀧本無知

第1回「あなたの特徴をアピールしてください」感想 - 梗概①

『地球酔い』荒波

【気になった点】

・細部のリアリティをどこまで担保できるか気になりました。メインとなるファージの部分は細部まで練られているようですが、世界中の科学者が着手している中で主人公だけが解決策を提示できるのは、その解決策に求める説得力のハードルを大幅に高めます。チョコレートと乗り物酔いの関連という起点についても突飛さはない以上、そのハードルを越えられるか気になりました。ただし、誰もが気づきうるものであってもファージを使ってパンデミックを起こす行為そのものについて倫理的に踏み切れる人はそういないでしょう。これを実行したのが主人公だけだった、の方が説得力あるでしょうか。

・パンデミックによって世界を変える展開がありますが、このご時世を考えると、慎重な扱いが求められるかもしれません。

【良かった点】

・ファージを用いたパンデミックによって世界規模で状況を何度も一変させる大味な展開は抜群の面白さを秘めています。最後まで突っ走ってください。


『火星への道しるべ』伴場航

【気になった点】

・根本からひっくり返すようですが、辛い事故に遭い記憶を改竄している状態からの「回復」の話を描くためだけなら、火星に行く必然性はないのではないでしょうか。

・本作では宇宙飛行士とライターという素人二人が宮ケ瀬の心を開くことに成功しています。しかし、宮ケ瀬が唯一の生還者で自己記録の復元もまだとのことであれば、事故の詳細を把握するためにもNASA(JAXA? あるいはそれに相当する機関)は可能な限りのリソースをつぎ込んで宮ケ瀬の精神の回復に努めるのではないでしょうか。

【良かった点】

・宮ケ瀬の主張は普通ならば狂言と一蹴されるでしょうが、SFというくくりではファーストコンタクトものに擬態できるために、「本当に宇宙人がいるのでは」と思わせてくれます。巧みです。梗概でドキドキが味わうことができました。


『惑星トルクワァン』難波行

【気になった点】

・トルクワァンの設定をSFと見た場合、リアリティには粗雑なところが多いように感じました。なぜ地球での生活に見切りをつけたら宇宙へ行くのか。なぜ「衛星トルクワァン」ではないのか。(衛星ではなくて惑星と名付けたい気持ちはものすごい分かります)現在でトルクワァンから送られてきた記憶を使ってセッションを運営している人間は何が目的なのか。未来からの記憶はもっと有意義な使い道があるのではないか。その運営者は何故未来からの記憶を受信できるのか。未来において過去に情報を送る技術が確立しているのなら、何故他に世界を一変させるような情報が送られてきていないのか。ただし、惑星トルクワァンの実在性は曖昧なままで、以上の指摘は全て意味をなしていません。無視してください。

【良かった点】

・SFなのかオカルトなのか、不思議な浮遊感を味わうことができました。独特な風味は記憶に残ります。


『脳虫』夢想真

【気になった点】

・AIの機能が実際のそれと大きく乖離していると感じました。大量データを学習しただけで別次元への扉を開けるのはいかがなものでしょう。百歩譲って開けられるようになったとして、勝手に召喚したのは何故でしょうか。

・上記に付随して、古い文献に先住種族の召喚法の記載があったとのことですが、人間と先住種族の間にどういう歴史があったのだろうかと気になりました。

【良かった点】

・ホラー、スリラー的展開でハラハラしながら楽しく読ませていただきました。身の毛がよだつような実作を楽しみにしています。


『霧の膨張と微小なトカゲ』古川桃流

【気になった点】

・守り主がトカゲという点が、アリスがトカゲのような生命体を守る原動力になっているのは間違いないことでしょう。けれども、アリスはそのトカゲを守るためにタコやヒトデなどを犠牲しています。本作のサブプロットの敵討ちが達成されているために読後感は悪くないのですが、守りたいものだけを他を犠牲にして守るという展開はあまり気持ちのいいものではありませんでした。(それとも、生命の存在が極めてまれであるとの描写もあるので、動力に使った〈霧〉は生命の存在しないシリンダーだったのでしょうか。)

・生命と火傷の形が似ているという設定が、物語のための設定過ぎると感じました。読者には火傷の傷はありません。生命を守ろうとするアリスの原動力に、もっと説得力ある理由があればより良くなるのではと思いました。

・「師事した錬金術師が実は黒幕でした」も「その事実が判明する過程が自白」も、展開としてはやや安易に感じました。短編でこれ以上人数を出すのが厳しいため前者は仕方ありませんが、後者はアリスの自発的行為による達成もそう難しくないと思います。何らかの伏線があって、アリスが自ら調べて錬金術師が犯人だと目途をつけ、かまをかけたら錬金術師が開き直るように認めた、の展開ぐらいは入れる余地がありそうです。


【良かった点】

・〈霧〉の設定の持つ二項対立性が物語を動かすよい動力となっていると感じました。つまり、この設定の時点で勝ちは約束されています。実作が傑作になっていなければ怠慢です。


『「ガ」「リ」「イ」』相田健史

【気になった点】

・読んでいて面白いとは思いましたが、コンセプトは何だったのでしょう。現時点では正確には読み切れていないので、その正確な意図を知ってから改めて議論してみたいです。

・後半の対立構造で「恐竜」と「人間」が出ています。リは凍結されるという結末を迎えているために、(人間の)思考や言葉を必ずしも神聖視したいという訳でもないでしょうが、超生命体が特定の生命種を象ったという展開は、いささかその生物種を神格化させているようにも思えてしまいます。


【良かった点】

・三体の超生命体の興亡を実際の生命史にミックスした生命史改変SFとでも呼びましょうか。新規性が高く目を引きました。


『糸は赤い、糸は白い』イサナ

【気になった点】

・ひねくれた見方をすれば、マイコパシーという技術の負の側面は強すぎるのではないでしょうか。実際にこんな技術が存在すれば、建て前で成り立っている側面もある社会は容易く瓦解してしまうことでしょう。裏の感情があっさりと流出してしまうガジェットのインストールは百害あって一利なしです。ただし、ひねくれた見方をしようと思わなければ以上の批判点はまるで気になりませんでした。

【良かった点】

・マイコパシーの不思議な設定と空気感は梗概を読んでいる者に胞子で交歓を迫ってきています。実作ならどうなっていたことでしょう。読了後に自分の鎖骨を確認せずにはいられません。


『異界からのスーパーライク』長谷川京

【気になった点】

・数学公理とマッチングしたとありますが、使用しているマッチングアプリは性的なパートナーを探すマッチングアプリだったはずです。梗概でその点を詳細に記す余裕はないと思うので、実作でどう説明されるかを待つこととします。

・別宇宙の数学公理はグレッグ・イーガンの『ルミナス』『暗黒整数』を思い出しました。

・宇宙人の性の多様性が気になったことが起点とありますが、そうであれば人類が思いつきもしないような生殖スタイルを持った種族が色々出てくるとセンスオブワンダーが一気に高まると思いました。(関連してですが、マッチングアプリが補助することに有性生殖は、果たして宇宙においても一般的な生殖スタイルとなりえるでしょうか。)

【良かった点】

・この分量でバディの離別と再合流の展開が組み込まれており、物語の流れの質は飛び抜けて高いと感じました。実作の完成度が低くなるはずがありません。


『輪廻する人工知能』hiromitomo

【気になった点】

・性善説というか、技術への過信というか、過度なポジティブさによってのみこの世界は成り立っているように感じました。死に向かう姿を見せることは、本当に人として成長させることに繋がるのでしょうか。作中技術および提示されている価値観に対して批判的な記述は一切見られません。このことは直ちに批判されるべきものとは思いませんが、危うさを孕んでいると思いました。

【良かった点】

・設定のもっともらしさは高いと思いました。読んでいてひっかかる点は特にありませんでした。

・AI技術の無機質性と、人間感情というセンチメンタルな部分が巧みに接続されていて、いい読後感を与えてくれます。


『ゲノム撩乱』イシバシトモヤ

【気になった点】

・自分の望みを生命に押し付けるゲノム改変の功罪が巧みに描かれていて、ゼロも自分が捨てた金魚が後に自分の理想の姿になっていた事実を突きつけられています。これは読者の目を覚めさせる切れ味ある展開です。ただし、この展開においては尚もゼロは自分の理想か否かで金魚を判別していて、つまるところ彼は本質的には何ら変わってはいないように思えます。さて、これは作者の意図したものでしょうか。

【良かった点】

・ゲノム改変という技術が物語の原動力や登場人物の関係性に強く寄与しています。登場する技術にSF的真新しさは感じられませんでしたが、ストーリーラインの質は高く、楽しく読めました。


『星の管理者』霧友正規

【気になった点】

・「疎外感を払拭すべくヒトの輪に入るために、その疎外感の元凶となったテレパシー維持のために動いた」という読みで正しいでしょうか。だとしたら、主人公に対しての悪意が過ぎる設定ではないでしょうか。(それが悪い、という意味ではありません)

【良かった点】

・滅びた後の世界で、真相を探る展開はやはり王道でいつの時代も人気でしょう。サーバー維持のための旅立ちで終わりますが、テレパシーの真実については明らかになっているので、尻切れトンボ感は感じませんでした。


『浪が火に咲きて、聲に炎える花が、貴方の詩として』岸田大

【気になった点】

・イメージは鮮烈ではありますが、概念の糊付け(花=宇宙の自己再生装置)が科学的(あるいは似非科学的)な説明ではなく、連想で行われています。この是非は人やジャンルによって違うでしょうが、SF小説として見るのならマイナスに傾くことの方が多いのではないでしょうか。SF的要素を出すよりも、ファンタジーに特化したものにしても良いかと思いました。

【良かった点】

・詩的で幻想的なイメージは記憶に鮮明に焼き付きます。実作で更に鮮やかな情景を描き出す様は読んでみたいです。


『テレジャイガーの島』岸本健之朗

【気になった点】

・天才科学者とありますが、最初にしたことは「ホームセンターで武器になりそうなものをしこたま買い集めた」ことであって、およそそれらしからぬ動きに見えます。意図してやっているものであれば無視してください。

・転送機能に不具合を起こさせるという展開は科学者の天才らしさが発揮される場面ではありますが、視床下部に作用する特殊なホルモンを、人間相手ならともかく、初めて遭遇した怪獣に対して作れるものでしょうか。「天才なのでできる」の論理で行くのなら、これもまた無視してください。

・転送後は再構築されたために、人が人ならざるものになった、とのことですが、死んだはずの妻を人ならざるものとして登場させた意図はなんだったのでしょう。それが怪獣の転送装置としての機能を暴かせるきっかけという意味では物語を進める原動力にはなっているのは確かですが、ラストの別れによるお涙頂戴のために二度殺される妻が不憫に思えました。

【良かった点】

・怪獣=物質転送装置の組み合わせがユニークです。物語の展開も起伏に富んだもので、実作のエンタメ性は高いものが期待できそうです。


『腐乱死体と妖精軍団、あるいは忘れられた叫び』渡邉清文

【気になった点】

・陰謀の真相が早い段階で分かるため、中盤以降の中だるみが心配です。(ミハイルが行方不明にになるという大きな事件がありますが、それについては次で)

・ミハイルから想一へと視点がうつっていますが、五十枚のボリュームでやるのは少々危険ではと思いました。真相を掴んだところで口封じに殺されるのが想一である方が、視点に一貫性があるのではないでしょうか。(ただしその場合、真相解明に拘るのは想一である必要があります)

・ミハイルが真相解明に拘る理由は明記ありませんが、(名前から推測するに)移民だからでしょうか。

【良かった点】

・些細な証拠から大きな陰謀が明らかになっていく過程は、何度読んでも飽きることはありません。


『離人』降名加乃

【気になった点】

・名前が個体番号由来であるのなら、イサナは137では……?

・置き換わりの過程が不明瞭でした。「アンドロイドに《処分場》へ向かう記憶を持たせておけば、転移後に記憶を受け取った人間の身体は自ら《処分場》へ足を運ぶ」とありますが、これでは《処分場》へ行って消されるのは人間の体とアンドロイドの精神(?)ではないでしょうか。これが正しいとしても、人間の精神は残るので置き換えにはならないのかと。

【良かった点】

・記憶喪失かと思いきや……な展開は恐ろしくて良いと思います。真相が明かされる類の話ですが、伏線が上手に練り込まれられるとより説得力が増すかもしれません。


『死なざるエメス』KounoAraya

【気になった点】

・考えさせられる問いは確かに良いですが、その問いでのみ作品が成り立っており、物語性の肉付けが弱いようにも思えます。ただ、裁判の過程の書き方次第では実作に物語の起伏をもたせることは十分にできる余地があります。

・物語の語り手はいるのでしょうか。いるとしたら、その人物の役割次第で実作は駄作にも傑作にもなると思います。

【良かった点】

・そう遠くない未来に起き得るであろう問いを鮮烈に突きつける作品です。一行目からインパクト大です。

・法廷では認められないものの、噂が広がっていくラストもよいと思いました。


『うみのふかさを』真中當

【気になった点】

・SF味は感じられませんでした。SF小説を書きたいのであれば、ボートを買って海に行くのではなく、〈SF的ガジェット〉を買って〈SF的シチュエーション〉に身を置くべきではないでしょうか。

【良かった点】

・女性の幸せの形を縛らない方向にもっていこうとしつつも、それを全面に押し出さない姿勢のバランス加減は良かったと思います。


『砂漠のしきたり破るべからず』牧野大寧

【気になった点】

・神が人々にしきたりを課す理由は何なのでしょう。どういった理由でこういった世界になったのでしょう。そんな疑問を抱きました。所与のものとして受容すべしというのがしきたりであるのなら、確かにこれを破るのは良い読者ではありませんね。

・東に出口があるかもしれないとのことですが、どうやってこの情報を入手したのか、納得がいく理由が実作には書かれる必要があると思いました。

【良かった点】

・放り込まれた状況のルールを理解し、それを利用して生き残りを図るゲーム的な要素は面白そうです。「悪用」の詳細が梗概には書かれていないため、実作での披露を楽しみにしています。


『アンプルリセット』山本真幸

【気になった点】

・オリジナリティは感じませんでした。先行作品に映画『リベリオン』があります。

・カーシュラとケントの絡み方が中途半端で、対比構造が十分に活かされていないと思いました。カーシュラはケントの理解には至っていません。動揺はしていますが、それまで。理解してガン=カタで反旗を翻す必要はまるでありませんが、物語を動かす原動力がもっとあってもいいのではと思いました。

【良かった点】

・感情というものは人間がサバンナに生きていた頃に最適化されたものであって、確かに現代にはそぐわないものもあることでしょう。そういう意味でアンプルリセットには合理性はあるのかもしれません。読者はアンプル側ではありませんが、カーシュラという語り手を通して、自分たちが日々相対している感情の姿をまじまじと目撃することになるのでしょう。

・感情のリセットができるカーシュラとできないケントという対比の構造は良いと思いました。


『まばたきは短いねむり』大庭繭

【気になった点】

・死への恐怖に取り憑かれた主人公が不時着したのが、死への恐怖を和らげるセラピー施設とは、いささか都合が良すぎる展開ではないでしょうか。むしろ、何も知らずに(心配した両親によって)ここに送り込まれた、のような展開の方が導入として自然ではないでしょうか。そうなるとこの世界の死に関する技術についての導入はしづらくなりますが、死への恐怖を描くためなら、何もSFにせずとも現代のいずれ死ぬことが確定している普通の人間を出せば済むようにも思えます。

・死への恐怖を和らげるために早世をプログラムされた生命の尊厳はどう扱われているのでしょう。特にユキコはマシロの恐怖を克服させるためだけの仕掛けに過ぎません。彼らの目に自らの死はどう映るものなのでしょうか。ある命の死の克服のために他の命の死を使うという構造はあまりにも残酷です。しかも、死への恐怖を克服したい側が元々不死なのだから殊更です。梗概とアピールからは作者はこれに無自覚的だと思えましたが、もし意図して拵えた構造であるのならば、今回の最高評価はこの作品にしたいと思います。(いや、無自覚だったとしてもそれはそれで賛辞を送ります。)

【良かった点】

・センチメンタルな空気感は梗概から既に伝わって来るものがありました。死への恐怖という一貫したテーマで物語が作られています。


『ノッキング・カズ』中野真

【気になった点】

・ネタの切れ味の良い序盤とは一転、途中からは落ち着いたストーリー運びになっています。温度差があるように感じました。梗概に沿って正直に書いてしまうとこれが実作においても方向性がちぐはぐになりそうではと懸念しています。

【良かった点】

・キングカズ111歳に街のほとんと全てがイオン系列店……ネタの切れ味は最高です。


『オヴィンの秘密』水住臨

【気になった点】

・卵生と気づくきっかけがまだ不足しているように感じます。ヒントはあちこちにちりばめられていますが、お産の現場に立ち会えば分かることですし、卵生ならどこかに卵がある家もあるはず。それ以前に、完全に隠しきることは困難ではないのでしょうか。(併せて、卵生という事実が国外に漏洩しなかった論理の補強もあると説得力が増すと思いました。)

【良かった点】

・オヴィンという国のおかれた事態とそこで起きた現象がもたらす社会の変動が巧みに描かれる未来が見えます。実作の質の高さは約束されています。


『レザレクション・エンジン』方梨もがな

【気になった点】

・梗概の序盤が分かりにくかったです。お見舞いに行ったかと思えば、体が不自由なことが明かされ、この時点でお見舞いのや誘拐の場面は舞台がサイバースペースとも誤認しました。

【良かった点】

・サイバーなアクションには心躍るものがありますね。実作できちんと読んでみたいです。


『境界領域のシグナル』中野怜理

【気になった点】

・哀峨は依頼の相手をどうして彩トとしたのでしょうか。人探しのエキスパートには思えなかったので。

・五十枚で収まりますか……?

【良かった点】

・現実と仮想世界の両方を舞台にテクノロジーとアートが融合した立体的なドラマが描かれています。実作の描写面でも期待できそうなシーンが多いので、楽しみです。


『カウンセラー』アロトラタ

【気になった点】

・話の展開だけ追えば、カウンセラーが悩みを聞くだけとシンプルなものです。物語の展開に起伏が乏しいようにも思えますが……最後の文の意図次第でしょうか。主人公は人間かAIか、それとも判断を読者に委ねているのでしょうか。(変な読み方をしていたらすみません。何らかの意図があるのなら、梗概なので明示をしてほしいと思いました。)

【良かった点】

・AIが生活に浸透した末の一つの問題について丁寧に描かれていて、リアリティに富んだ実作に出会えそうです。


『ホテル・オーエ302号室』岡本みかげ

【気になった点】

・この作品を評価したい理由は良かった点の2番目に記したとおりですが、リリの生物種の生態について実作では書き記す余地がある話に思えませんでした。書けば書く程耽美さが削がれます。作品としては蛇足になりかねません。むしろ書かない方が良いのかも知れません。

【良かった点】

・性愛の形なんて種によって違うものです。カマキリはメスがオスを食べるし、チョウチンアンコウはメスがオスを吸収します。その差異が突然花開く様は恐ろしくも耽美です。

・種が異なれば子供をつくることは困難で、ライガーのような雑種の例外はありますがそれらは不妊です。SFにおいては異種どころか、異なる惑星出身同士の生物が子をなす設定はありますが、それが可能かどうかをきちんと意識した上で描かれたリリの生態には興味を覚えました。その疑問をそのまま記したとあるので、実作でどういうかたちで調理してくれるのか楽しみです。


『KANKYO ONGAKU』櫻井雅徳

【気になった点】

・この話では二つのガジェットのうち、環境音楽が極小の側を、SFが極大の側を担当していて、機能としては同列に扱われています。ただし、序盤に出てくるのもタイトルに出てくるのも前者のみで、SFがとってつけたようにも感じました。現実を諦めた伊礼と、そうはしなかった「僕」。その対比と二つのガジェットのバランスがややちぐはぐで、パズルがうまくはまっていないように感じました。ただ、うまくはまっていないだけなので、再構成すれば完成するのかもしれません。

【良かった点】

・SFという概念そのものがSF的ガジェットとして機能している点は面白いと思いました。(ただ、何度も使えるネタではないでしょう)


『死ぬほど気持ちいい』伊達四朗

【気になった点】

・嫌な上司を認めさせるスカッと系の話ですが、それを読者に思わせるにはサイキはまだヒールに徹しきれていないと思います。実作でのサイキの更なる進化(?)を期待したいです。

・一番気持ち悪い感情とのことで、コンセプトは理解しました。ですが、二つ懸念があります。一つはこの感情を味わうために小説を読みたい人はそう多くはなさそうということで、もう一つはその感情を味わわせるために別惑星を出す必要などないことです。舞台は炭鉱で、モウを(メタン等の検知に実際に使われていた)カナリアにしてもこの話は成り立ってしまいます。

【良かった点】

・モウの設定がよくできていると思いました。ディティールの描写だけでもセンスオブワンダーを感じさせてくれそうな実作が期待できそうです。


『イン・マイ・タッチ』和倉稜

【気になった点】

・アウビィがやっていることは恫喝やら強盗やら不法侵入やらと犯罪行為ですが、警察は何をしているのでしょう。現代日本と地続きの世界のようであるため、気になりました。

【良かった点】

・触れることをキーに、時代性を取り込んで物語がうまく作られていると感じました。完成度の高いストーリーラインだと思います。実作への期待感が高まります。


『世界は今日もオールグリーン』佐竹大地

【気になった点】

・草薙はどうして植物に支配されていると思い立ったのか、そして支配なんて嘘だと改心したのか(草むしりだけで考えを変えるのは安易すぎないでしょうか)、その根拠が梗概では不足しているように感じました。ここの証拠がより堅実であればある程、ラストの伏線として強力に作用してくれるはずです。そしてそれらの証拠が一蹴される展開があれば、自然と「改心」にも説得力が増すことでしょう。ただし、その一蹴の過程が偽りであるという道理もラストで併せて提示する必要があるため、物語の説得力を増そうとすればする程難易度も上がって来るかもしれません。

【良かった点】

・タイトルが〇。

・梗概時点で楽しく読めました。

・シンプルでやりたいことがはっきりと使わってきました。


『穣りの雨に肌は焼け』花草セレ

【気になった点】

・華学はSF的で花妖はファンタジー的と、両者に距離があるように見えます。また、梗概から読み取れる情報からだけでは、華学は現実の化学・薬学とそう大差ないように感じました。

・結末で花妖に主張をさせる手法は少し気になりました。主人公は言われずとも結論に辿り着いているし、そう読者に思わせるだけのパワーがこのプロットにはあると思うのです。

・科学技術の善悪を問う話はそれこそダイナマイトの件に代表されるように、現実にあふれています。華学の結晶がダイナマイトでは現実を超越できたものとなっていないのではないかと思いました。華学のもっとセンスオブワンダーにあふれた功罪を見てみたいです。

【良かった点】

・花や妖精をベースにした耽美な作風が期待できます。実作が楽しみです。


『貴方達は単なる菌床である』織名あまね

【気になった点】

・キノコが一斉に変貌を遂げていますが、一体どういう原理によるものなのだろうかと思いました。突っ込むところではないという反論は受け入れます。

・主人公のキノコ人間という立場は確かにこの世界の語り手と相応しい立場かもしれません。ですが、考えるべき要素気にすべき要素が多すぎて、執筆難易度は偉く高くなりそうです。それを乗り越えた傑作を期待しています。

【良かった点】

・ファーストコンタクト時のキノコのセリフが良かったです。世界が無理矢理拡張された感があります。

・最後のキノコたちの意図は明かされませんが、明かされないからこそのパワーがあるのだと思います。


『果てる星』宿禰

【気になった点】

・人に擬態したものが現れる惑星。どうしても『ソラリス』が頭を過ります。比較されることは覚悟しないといけないかもしれません。

【良かった点】

・まえの調査員エドムは男性でしょうかか。だとしたらなぜ女性や子供の姿になれるのでしょう。これに限らずですが、人間の本能を刺激するぞくぞく感が良いと思いました。


『猫より他に知る者はなし』多寡知遊

【気になった点】

・ディティールを気にする作品ではありませんが、実作ではそれを気にさせない書き方が必要とされるでしょうか。書き方には気を配らないとたちまち陳腐になってしまいそうですが、勢いとネタの切れ味でこの不安を一刀両断してくれる実作に出会いたいです。

【良かった点】

・真相は明かされませんが、猫様の御心を完璧に理解しようなどというのは人類の傲慢でしかありません。猫様の前に人類は屈する他ないのです。猫様にはいかなる批判も許されません。最初から最後まで突っ走ってほしいです。


『完璧な結末はいかが?』柊悠里

【気になった点】

・部外者厳禁エリアなのに簡単に入れてしまうという杜撰なセキュリティに、部外者が簡単に記憶の問題を修正できるという安易さはやや気になるポイントではありました。ただ、実作の執筆時に解決できる問題ではあると思います。

・このプロットの全体像から考えると、主人公は涅槃鞠に取り込まれる体験と、顧客の記憶の問題を解決するという二つの体験を通して、主人公自身の問題を解決すべきということになります。定年再雇用から前線復帰という立場上の変遷はありますが、内面で何に葛藤しどう乗り越えてどういう境地に辿り着いたのか、これは実作においてきちんと描かれていて欲しいものだと感じました。

【良かった点】

・涅槃鞠のおどろおどろしさとそれがもたらす体験の神秘性、これは梗概には字数の問題上書き込めないものです。(描写の難易度は高くなりますが)実作においてどう見せてくれるのか、期待が高まります。


『天に静寂、海に旋律、地に知識』やまもり

【気になった点】

・ストーリーの軸足が掴みにくかったです。変人と見られているウルフィラスの活躍劇なのでしょうが、梗概時点では(特にウルフィラスに対する目線の描写から入ることもあって)この作品の楽しみ方がやや伝わりづらいと感じました。ただ、梗概に書かれていない世界の奥行きはひしひしと感じるので、実作で大化けしてくれる余地はあると思います。

【良かった点】

・世界が丁寧に練り込まれているように見られる様は伝わりました。骨太な世界は、重厚な物語を支える基盤となってくれるはずです。


『パパ活トピア東京』猿場つかさ

【気になった点】

・パパ活を扱うことそのものがNGだと言うつもりは毛頭ありませんし、その意見には反対の立場です。ただし、パパが羽蟻生物で彼らから得た胞子嚢で女性が姿を自在に変えられるという設定は、いや、もうだいぶ切れ味が鋭いようで。あえてひねくれた見方をすれば、変異パパに汚らわしいパパは、パパ活の「パパ」に対する(作者の)イメージの投影とも捉えられかねないのではと思いました。上品さは必須要件ではありませんが、ネタの調理法と味付けは個人的には好きにはなれませんでした。一個人の感想なので無視してください。

【良かった点】

・好きではないので評価はしたくありませんが面白いので悔しいです。


『マスターピース辿って』髙座創

【気になった点】

・AIの発展の過程が描かれていますが、(言うまでもなく)AIは今最もホットなテーマの一つでその研究は日々世界各地で行われています。専門外の私にはこの過程のもっともらしさがどの程度なのか判別しようがありませんが、求められる水準は相当に高いものになるはずなので、この点が実作をマイナスに評価させてしまう要因になるのではと憂慮しています。杞憂であることを願います。

【良かった点】

・人間は人間の知性の形しか知りません。動植物の研究が進む中で彼らの知性の形についての理解も進みつつある現代ではありますが、新たな知性とのファーストコンタクトにおいて、それが人間に理解できるものとは限りません。遠くない未来、人類はこの小説と同じ展開を迎えるのではないかと思うと、熱いものがこみ上げてきます。


『AIイマヌエルの奇妙な公務員生活』継名うつみ

【気になった点】

・AIのイメージがやけに人間的、というかひと昔前のSFに出てくるロボットのように感じました。ただ、これが悪いことだとは思いません。このタイプのAIが存在する社会の日々をより詳細に描かれるとのことで、リアリティに満ちた実作が楽しみです。

【良かった点】

・ストーリーの流れは分かりやすく、安心感があります。


『もう眠れない』馬屋豊

【気になった点】

・隣人の正体が実はエイリアンだったような衝撃が書きたかったのなら、実際にエイリアンでも良かったのでは。いや、全然良くはないのですが、SFとしてどう評価すべきか、その基準点が掴めておらず、最終的な評価は実作次第でしょうか。

【良かった点】

・弟が倒れたときの兄の反応が良かったです。陰謀論者であっても、人間は人間です。


『特定月来生物の保護等について(承認)』八代七歩

【気になった点】

・ドライな読み方をすれば、ササキは保護したウサギに勝手に感情移入して、勝手に悲しんでいるだけに思えてしまいます。ただ、うさぎはかわいいものです。うさぎをきちんと丁寧に愛を込めて描写してくれれば、ササキに存分に感情移入できる実作になれると思います。

【良かった点】

・この作品の肯定できる要素は批判点感想に書いたとおり、ササキと共にどれだけうさぎを愛でられるかと思いました。うさぎ生来のそれに加えて、月からやって来たというSF要素をミックスし、この作品だけの味わいの愛らしさをぜひ体現してほしいです。


『美壺天照縁起』邸和歌

【気になった点】

・梗概で良くまとまっているので、逆に言えば実作において面白さを上積みさせるための余地はあまりないようにも思えました。審美眼には自信がないので、どんな節穴な目をしているのかと言わせてくれる実作を読みたいです。

・理不尽を強いる神を倒すという至極シンプルな造りが故に、物語や世界に奥壺程の深みは見出せませんでした。肉付けで解決な課題ではあるので、実作でこの批判を撤回させてほしいです。

【良かった点】

・ファンタジックな世界で変革をする話。真っ直ぐで、シンプルで、梗概を読み終えた時点の満足度は随一です。



『そのお玉が許せない、もしくは翻訳の話』夕方慄

【気になった点】

・シーンや要素の羅列に留まっていながらもパワーはありますが、それは実作からの前借りです。

・物語の骨格やコンセプトが見えてきませんでした。あるべき梗概の書き方からは大分逸脱しているように見えます。

【良かった点】

・シーンや要素の羅列で留まっていますが、そのいずれもが記憶に残るパワーを持っています。実作でどうひとまとまりの小説にしてくれるのか楽しみです。


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