エピローグ
後悔
家の女性陣は僕に過干渉だった。一方の男性陣は僕に興味を持っていなかった。女性は家の事をするという古い価値観が、僕の家にはあって、小学校の頃から皆の家とは違うと思っていた。特に女性陣が気にしていたのは、僕の成績のことだった。特に母は厳しかった。成績が僕の価値であり、成績の順位が僕の世の中の順位だと言った。僕はいつも謝ってばかりだったけど、この時ばかりは思わず暴言が出た。
「うるせー、ババア!」
自分でも驚くほどの大声で、嫌悪するほどの口の汚さだった。そして、僕はその時初めて母に手を挙げた。鎖骨の辺りに拳を叩きこむと、母は倒れ、大げさに咳き込んだ。この時僕は自分が怖くなった。すぐに母に駆け寄り、謝りながら母を助け起こす。母も言いすぎたと、謝ってくれた。
しかし、一度手を挙げた僕は、もう自分で自分の歯止めがきかなくなっていた。スマホのゲームをしていただけで、スマホを取り上げられたので、足で母の腹部をしたたかに蹴って取り戻した。友達と一緒に外で遊ぶと、交友関係を罵られ、関係を切るように言われたので、母の太ももを足のつま先で蹴った。逃げて行く母親の背中を、殴った。数えればきりがない。そんな中で、テレビでDVという言葉を知った。僕のことだと、血の気が引いた。そしてもう、母に暴力を振るったり、暴言を吐いたりするのはやめようと決めた。だが、暴言を吐けば吐くほど、自分の方が正しいような気がしてきた。そして暴力を振るえば振るうほど、自分の方が勝っている人間だと思うようになっていた。つまり、母親なんて、所詮は体裁第一主義者のつまらない人間で、僕の方が立派な人間なのだと思うことができたのだ。これではやめることは不可能だ。暴力は服で隠れるところにしか振るわなかったが、DVで逮捕されることを知り、怖くなった。どうすればいいのか悩んだ末に、僕は一つの結論に至った。目の前から母親がいなくなればいい。そう思ったのだ。うるさく指図されることもなくなるし、暴言や暴力を振るわずに済む。一挙両得だ。
それを思いついたから僕は、二階の両親の部屋に聞き耳を立てるようになった。そして作戦決行の日が来た。父が母にも無関心だということは知っていたし、母もそのことでストレスを感じていることも知っていた。二人は僕の前では仮面夫婦を演じていたが、僕はすぐに見破っていた。そして、その夜は突如として訪れた。両親の部屋で大きな物音がした。言い争う声も聞こえていた。両親の寝室を盗み見ていた僕は、夏だというのに体の先が冷たくなっていた。そこには母に暴力を振るう父の姿があった。その姿は僕とそっくりだった。僕はここに来て、自信の罪深さと醜悪さを目の当たりにしたのだ。震える手から、ドアが離れて音が出た。父が振り返った瞬間、僕は電話を目指して駆け出していた。半ば泣きそうになりながら、警察に電話をかけた。
本当な僕の家には、世間で言うようなDVはなかったのだと思う。家庭内暴力を振るっていたのは僕で、その被害者は母だった。僕は色々な人から、沢山の質問を受けたが、泣いてしまい、何も答えることができなかった。
母は僕から受けた傷痕を世間に晒し、父は自らその罪を被った。二人とも、僕を庇うためにそうしているのだ。僕はここに来てやっと両親が自分を今まで必死に守り、育ててくれたことや、僕を愛してくれていたことを知った。両親がいない静かな家で、僕はひたすらに謝り続けた。
〈了〉
「モズのなき声」 夷也荊 @imatakei
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