人は、それが家族であっても、夫婦であっても、相手のひとつの顔しか見えていないのかも知れません。それはおそらく常に自分のフィルターを通した人物像だからでしょう。
この物語では、語り手が変わることによって視点が変わり、それによってひとつの顔しか持たなかった人物のもうひとつの顔が見えてきます。そしてその姿こそ、その人の真実だったということが分かるのです。
周りとの絶対的な同調を強いられる地域社会の中で壊れていくもの。
外側のかたちにこだわるあまり内側で腐敗していくものに目を塞いでしまう。
相手の思いに気づいた時はもう遅い。
エピソードが進むごとにさまざまな思いが交差し、蜘蛛の巣を張っていくような人間模様が浮かび上がります。ひとがどんな巣を作っているのか、本当のことは他人には分かりません。
家族、夫婦、社会について深く考えさせる、強い余韻を残す物語です。
妻に暴力を振るった男が逮捕された。
とあるDV事件の関係者それぞれの視点で、事の顛末や心境が綴られていきます。
家庭の内部で起きることは、外側からは見えづらい。
この作品に登場した語り手の誰しもが、決して特殊な性質の人というわけではありません。
もしかしたら、自分の家庭も内包しているかもしれない問題。
誰が加害者で、誰が被害者だったのか。
田舎の村の空気感や親世代の考え方、そこから地続きにある価値観と、子世代への影響。
呪いとも言える歪みが、ありありと描き出されています。
意外なラストでしたが、同時に腑にも落ちました。
凄まじいリアリティの作品です。ぜひご一読を。