第20話

「結局、風子かこ先生は、娘さんの結婚を信じてくれたのでしょうか」

 退院間近の、病院の中庭。隣に座った和泉いずみ先生を眺める。なんでも夜中に緊急手術があったとかで、あくびを噛み殺している。暇を持て余した子供が、ボールを転がしている。

「ああ、うん…。そうだね。ああと…」

 言いながら寝落ちしている。なんだか風子先生の気持ちが理解できなくもない。病室から持ってきた本を読む。

「えっ、もしかして、寝てた?」

 急に起きる。子供は、もう居ない。

「はい。医者ってどこでも眠れて便利ですよね」

「ええ~…」

 和泉先生は、眠気覚ましに缶コーヒーを買ってきた。ついでに、いかにも甘ったるそうなジュースを手渡される。飲んでみる。

「んん…」

 眉間にしわを寄せる。

「美味しくなかったんだ」

 視線を逸らす。

「まあ…」

 なんだかなあ。小首を傾げる。正直、水でいい。いや、水がいい。

「急に自由にしていいよと言われたところで、まあ、そうなるかな」

「ですね」

 振り返って、意地悪く微笑む。

「ああ、そうそう。これ、瀬音せのんの四歳の誕生日プレゼントだったんだけど」

 ベンチ横から、トートバッグを取り出してくる。

「いや、それ、遺品ですよね?」

「いいんだよ。本人が君にって言ったんだからさ。さすがに、瀬音の描いた絵があるスケッチブックはあげないし。ほら、使ってない画材がこんなにたくさん」

 わりと本格的なクレヨン、色鉛筆、水彩絵の具のセットである。

「ああ、はい…。そういうことなら」

 素直に貰っておく。和泉先生が、微笑む。

「あのね、瀬音が結婚式で着ていた白いワンピース」

「四葉と紫のリボンのししゅうがありました」

 カラーコピーのファイルを開く。

「あれね、風子が瀬音のためにししゅうしたんだよ」

 透明なビニールの上に涙が落ちる。

「もしかして、出棺…」

「うん、そう」

 口の中がしょっぱい。

「これは、死装束じゃなくて、花嫁衣装だよ。瀬音の大好きな紫の花のブーケを持たせてあげて…」

 和泉先生が、顔を両手で覆う。肩を震わせている。

「まさか、本当になるなんて」

「いや、自分で風子先生に言ったんでしょ。これだから、父親は」

 やれやれ。しばし、待つ。

 がしっと、肩を掴まれる。

「あっと、忘れてた。必ず、野草園に寄っていってね」

 水芭蕉が可愛いとのこと。

「それじゃあ、また」

「ありがとうございました」

 立ち上がり、深く一礼した。

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御師と狐に嫁入り 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

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