SNS発の謎の超常現象より始まる黒い平和

@HasumiChouji

SNS発の謎の超常現象より始まる黒い平和

 世界は瞬く間に平和になった。

 ただし、ドス黒いディストピア的な平和だ。

 その平和を拒む国は……中国の「金盾」のようなシステムを導入する他無かった。

 頼む……そうしてくれ……俺はそう願わずにはいられなかった。

 俺が表現の自由を行使する為なら……他人の権利も平和な世界も良好な治安も知った事か……。

 日に日に、そんな凶暴な想いを溜め込みながら……それでも俺は諦めて生き続けるしかなかった。


 俺は、その日、めずらしく、通勤時間帯の電車に乗っていた。

 担当編集者との打ち合わせの為に、東京の神田神保町に向っていたのだ。

 この時間帯の山手線にしては人が少ないが……あの伝染病の流行以来、こんなモノかも知れない。

 とは言え、席に座るのは流石に無理だ。

『若い女性の間でSNSのアイコンを恐竜や怪獣やアメコミヒーローにする事が流行』

 出入口上のモニタに、そんなニュースが表示される。

 その時……誰かの手が俺の胸を揉ん……。

 待て。

 俺の胸が揉まれるって、どんな状況だ?

 俺は……男だぞ。

 太り気味だが、揉まれるほどの脂肪は……えっ?

 顔を、ほんの少しだけ下に傾けただけなのに……それが見えた。

 高校の制服らしき服と……超巨乳。

 そして、それを背後から揉んでいる……垢だからけで鋭い爪の筋肉ムキムキの腕。

 俺の体は……いつの間にか巨乳の女に……いや……この高校の制服らしき服、見覚えが有るぞ……。

 俺が描いてる漫画のヒロインが着てるヤツだ。

 ああああ……。

 不自然にも制服の上着の上から乳首がフル勃起してるのが見え……わけわかんねえよぉッ‼

「はぁはぁはぁ……」

 背後から……不気味なあえぎ声と……超臭い息。

 あの伝染病の流行前に最後に行った夏コミの一番込み具合が酷い辺りが……まだ芳香に思えるほどの……酷い臭い。

「こ……こんな巨乳だと……痴漢に狙われて困るだろ……。これからは……お兄ちゃんがキミを守ってあげよう……げへへへ……」

 子供の頃観た映画の「ロード・オブ・ザ・リングス」のオークを思わせる不気味な声。

 み……見たくない……い……いやだ……これは……現実じゃない……。

 じょぼじょぼじょぼ〜っ。

「おや……感じやすいんだね……。こんなに濡らして……。キミは全身が性感帯……」

 ち……違う……違うの……恐怖で失禁たの……って言いたかったけど、恐くて声がでない。

 た……助けて……誰か……助けて……。

 い……いや……これ……あたしの漫画そのまんまの展開……。

 違うのは……痴漢するのが人間の男かオークかの違いぐらい……。

 って、何で、何かを考えても、あたしの頭に浮かぶのが女言葉なの?

 わ……わけが……。

「やめなさい、その子嫌がってるでしょ」

 近くに居た、格好可愛いOLさんがそう言ってくれた。

「うるせえ……。この女も感じてるのが判んねえのか……。お前も……俺のチンコの虜に……あれ?……えっ? 何で、俺、エロゲーのオークみてえな事を言ってんだ?」

『間もなく新橋です……』

 その時、車内放送。

「ちょっと……表に出ましょうか?」

 そして、あたしを助けてくれたOLさんは……あたしの背後に居る何者かの頭を掴み……。

「ぎゃああああッ?」

 何故か、あたしの頭の上から血が……血が……血が……。


 山手線を何周しただろう?

 気付いた時には、俺は元の体に戻って電車の床に倒れていた。ただし、血まみれ小便まみれのままだったが……。

 そして、出入口の上のモニタには、とんでもないニュースが映し出されていた。

『JR新橋駅ホームで「恐竜型の怪物が人型の怪物を食い殺した」と云う謎の目撃証言が相次ぐ』

 その意味不明な一言の下には……ティラノサウルス風の何かがオーク風の何かに噛み付いている更に意味不明な写真が表示されていた。


 その日以来「百人に一人ぐらいの割合で、某世界的SNSで自分のアカウントのアイコンとして使っている画像そのままの姿に変身する能力を得られるらしい」と云う噂が広まった。

 噂の真偽は定かでないが……それから一時的に世界各地で、明らかに普通でない姿の者同士……コスプレの域を超えた再現度のフィクションの登場人物や怪獣や恐竜や猛獣や戦闘用らしいロボット……の戦いの目撃例が相次いだ。

 だが、それもすぐに終った。

 続いて、世界各地で、様々な犯罪が減っていった。

 暴力犯罪も……性犯罪も……。

 そうだ……例えば、コンビニ強盗をやったら、そのコンビニの店員が、自分を一瞬で殺せる化物に変身する能力を持ってるかも知れない。自分に変身能力が有っても……電車の隣の席に居る高校生や爺さん婆さんは、それ以上の化物に変身出来るかも知れない。

 問題のSNSがサービスを行なっているほぼ全ての国・地域で「万人の万人に対する相互確証破壊」と呼ばれる……平和で治安の良い状態が出現した。

 ただし、闇の平和にしか思えなかったが……。


 俺達、作家・漫画家には……あの伝染病の流行の時に似た問題が発生した。

 これはいつまで続くのか?

 この異常事態が日常になるのか?

 ならば……日常と化した異常事態を「今の時代の日本を舞台にしている」と云うていのフィクションに取り入れるべきか?

 そして……俺は流行トレンドに乗り遅れたようで……痴漢が激減した新しい時代が始まってしばらくして、俺の痴漢モノの漫画の連載は打ち切られた。

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