聖剣さんと聖騎士

「聖剣さん~」の中で滝山が一番好きな話。ちゃっかり朗読もしてもらってます。

 Youtubeでタイトル検索すると朗読動画出てくると思うので、興味ある人は覗いてみてください。

 朗読は、お友達の桃原カナイさんがやってくれました。

 同じく朗読したい方、ご一報の上お好きにどうぞ笑


 ベートーヴェン交響曲第九番『歓喜の歌』と合わせてご一読ください。


◆◇◆


 聖剣の祠。

 五百年前、悪しき魔王を封印した勇者王がその聖剣を次代の勇者に託すために作った聖域。


 心技体全てを兼ね備えた選ばれし者にしか抜けないとされる聖剣。

 その力は絶大で聖剣を振るいし者は全てを手に入れられるという。


 そして今日もまた一人、力を求め聖剣の元へ訪れる。


 その心に信念を宿して……。


「これが噂に名高い聖剣か……。見た目はただのロングソードのようだが、何というか……オーラを感じるな……」


 眼前の「試練の座」に突き立てられた聖剣を見つめ、女聖騎士のジャンヌ=ステファローズは呟いた。

 何処からともなく差し込む陽光を受けて煌めく刀身に金色の柄。誰にも抜かれることなくこの試練の座で五百年の歳月を過ごしたにも関わらず、聖剣はその輝きを失っていない。


 それにどういうことだろう。

 聖剣の背後にそれはそれは立派なオーケストラ楽団の幻影が壮大な音楽を奏でている。


 その曲は、この世に生を受けた人間ならば必ず一度は聞いたことがある、「音楽」を代表する曲。


 交響曲第――


『ふぉーーんふぉーーん! ふぇんふぉーーーん!  ふぉーーんふぇーーんふぇーーん!  ふぉん! ふぉーーんふぇん! ふぇんふぉーーん! ふぇえええんふぇふぉん!!』


 この曲最大の見せ場、生きとし生けるものがその生命を育む大地に感謝しその歓びを謳歌する楽節。

 オーケストラの壮大な音楽とコーラス部隊の美しいハーモニー全てをぶち壊すダミ声が、女聖騎士の脳を激しく揺さぶった。


『ふぇえんふぇえん! ふぇえんふぇえん! ふぇえんふぇえん! ふぇえんふぇえん! ひんむりーせーだい! はぁあああいりっひとぅんっ!!』


 鳴り止むことのない騒音に顔を顰めながら、ジャンヌは思い出した。

 女神セレティアがその神の御技によって作った聖剣は、人と心を通わせることでその力の真価を発揮すると。


 だとすればこの脳を揺さぶる騒音は、聖剣が自分を持ち主として相応しいか見定めるための試練なのでは。

 ジャンヌは騒音に眩暈を覚えながらもニヤリと口元を緩めた。


(さすが神の創りし神器、既に試験は始まっているというのか……)


 そうと分かれば尻込みしてはいられない。

 ジャンヌは大きく息を吸い、脳内の騒音をかき消すような大声で叫んだ。


「あの!! 聖剣エクスカリバー様!! お聞き願いますかぁーーー!!」


『ふぉーーん! ふぉーーーん! ふぇーーんふぉーーん……』


「あのぉーーー! 聖剣様ぁーーーー!!」


『ふぇーーんふぇえん! ふぇんふぉーーん!!』


「聖剣様ぁー!! お聞き願……」


『じゃかぁしぃんじゃボケェーーーー!! せっかく今気分が乗ってきたところやのに、お前のせいでせっかく浮かんだメロディーが消えてまったじゃろがい!! どうしてくれるんじゃコラァ! この聖剣様が作曲した聖剣様による聖剣様のための神曲が水泡に帰してまったじゃろーがぁ! どう責任とってくれるんじゃああああ!!』


「ひっ……」


 突如自分の脳に襲いかかる怒声に、ジャンヌは短く悲鳴を上げた。

 戦場ではもっと凄まじい怒声の中に身を置く彼女を以ってしても、脳内にダイレクトに響く怒声には堪らず面食らってしまう。


 その怯えた様子を見た聖剣は『はっ』と短く息をしたような音を漏らし、体裁を取り繕った。


『な、なんや綺麗なお嬢さん。いやぁ〜すまへんなぁ。つい作曲に夢中になってしもて。トランスていうの? ワイ、あの状態になると自我を失ってまうんよ。壮大なオーケストラのヴィジョン、見えへんかった?』


「は……はぁ……」


 先程の怒声とは打って変わって気色悪いほどの猫なで声に、ジャンヌの肌が総毛立つ。


『あ、やっぱり見えはりました? せやねん。ワイ、テレパシーで人と会話するもんでトランス状態になると近くの人に自分のイメージを勝手に送りつけてまうねん。ホンマにすまへんなぁ』


「い、いえ……別に。こちらこそ、なんだかお邪魔してしまったようで……すみません」


 何度も謝る聖剣に、ジャンヌは少しだけ申し訳ない気持ちになって言葉を述べた。


『いや、えぇねん。ただの暇潰しやし。それにお客さんも来よったしなぁ。お嬢さん、ワイを引っこ抜きに来たんやろ?見たところセレティア教の聖騎士さんか?』


「え、えぇ。まぁ……」


『ホンマ!? いやぁ〜〜、聖騎士さんちゅうことはクラスチェンジするまでは毎日賛美歌歌ったり格式高い音楽に触れる機会も多かったんやろ? その職業は貴族様しかなれへんもんなぁ』


「い、いやいやそんな……。私の家など中規模都市の領主が関の山でして…」


『そんな謙遜せんでもえぇやぁーん』


『このこのぉ!』と褒めちぎってくる聖剣に、ジャンヌは怪訝な顔をした。


 ……これが、神の御技で創られた……伝説の神器……?


『で、どぉやった?』


「へ?」


 突然尋ねてくる聖剣に、ジャンヌは面食らう。


『もう、焦らすのが上手いんやからぁ〜! どうやった? ワイが考えた神曲、その名も「運命デスティニー」!』


「え……あ、あぁ〜」


 自信満々に聞いてくる聖剣に言葉を濁すジャンヌ。しかし、神に仕える聖騎士として嘘を吐くわけにはいかない。ジャンヌは悩みながらも決意を固め、真実を打ち明けた。


「すみません聖剣様、その曲ですが……既にございます! しかも、違うタイトルで!!」


『な、なんやってぇーーーー!!』


 よほどショックだったのか、ジャンヌの脳内にジャジャジャジャーーーンというお馴染みのフレーズが鳴り響く。

 ショックのあまりトランス状態に入ってしまったのか。


『ホンマ? ホンマにこの天才的なメロディをワイより先に考えついた奴がおるん? 一体どこのどいつや……?』


 先程までの威勢はどこへ行ったのか、みるみるうちに意気消沈していく聖剣。

 ジャンヌは哀れに思ったが、ここまで話してしまった以上黙っているわけにはいかない。


「貴方様と一緒に旅をした勇者王シュトラウゼ様御一行が一人、音撃戦士にして有名音楽家のベルトール=ヴェイン様でございます」


 ジャンヌが告げた後しばらくの沈黙。

 その後、ゴゴゴゴ……と地の底から湧き上がるマグマのようなヴィジョンがジャンヌの脳内に流れる。


『あ、い、つ、かぁああああ!!』


 聖剣が怒りの咆哮を上げた。


『なんやねん! あいつも違う世界から拾われてきた転生者やないか!! こっち来る前はちょっとばかし売れてた音楽家だったみたいやけど、生前の記憶使ってこっちで売れてええんかいな! あっちでも売れてこっちでも売れて、なんなんやねんなもぉ!!』


 ふんすふんすと怒りを露わにしながら、聖剣が怒鳴り散らす。


『あー、そいえば何や戦いの最中にぱっぱか鳴らしとったのぉ〜。センス無いと思っとったけど、皆の士気が上がるならえぇかと思って、黙っとったけどな。なんやぁ〜アイツが先に考えとったんかぁ〜』


『はぁ〜あ、しょーもな』そう呟いてしばらく沈黙すると、気持ちを切り替えたのか聖剣がジャンヌに尋ねた。


『ほんでお嬢さん、ワイを引っこ抜きに来たんやっけ? その身なりからしてセレティア教の聖騎士さんやろ?』


「は、はぁ……」


 このやり取りに既視感デジャヴュを感じながらも、ジャンヌは取り繕って答えた。


『聖騎士さんちゅうことは、セレティアちゃんに命令されて来たん?』


「は、はい! 恐れ多くも私が次代の勇者候補として天啓を授かりました! 聖剣様の御力をお借りして悪を裁き、この世界に再び平和を齎したい一心で参りました! どうか、何卒私に御力を!」


 自身の生みの親を「ちゃん」付けする聖剣に違和感を覚えながらも、ジャンヌは聖剣に向かってひざまずいた。


 その姿に『ぶほほ!』と下卑た笑いで答えると、聖剣は軽い調子で答えた。


『えぇよえぇよ、そんな畏まらんで。気軽にワイのことは「聖剣さん」て呼んでや。そもそもワイが抜けるかどうかはワイが決めるわけちゃうしね。ここの祠とこの台座を作った準一級結界師さんのプログラムに合致した人が現れれば、簡単に抜けるらしいんやわ。それに、あんないい加減なパクリ女神の言うこと真面目に聞いとったら、いつか馬鹿見るで?』


「……それはいったいどういうことでしょうか?」


 自らが信じる神を侮辱され、ジャンヌは少しカチンと来た。

 そうで無くても、自分の生みの親にこのような言い草の聖剣に対して嫌悪感が募る。


「少なくとも、聖剣さんはセレティア様から創られたのではないのですか?」


『あぁ〜、それな。ちゃうねん。その話な、実はセレティアちゃんが自分のヘマを隠すために伝わって無いところがあんねん』


 ジャンヌの言葉に、聖剣が訳知り顔ならぬ訳知り声で答えた。


「……それは……どういう……」


『実はな? 確かにこのやんごとなき聖剣ボディはセレティアちゃんが創ったんや。確かにそこは合っとる。けどな、シュトラウゼ君に渡す直前で重大なミスが発覚したんや。この聖剣ボディちゃんにはな、ワイとは違うまだ何も情報が入ってない真っ白な魂が入る予定やってん。持ち主と同調して何十倍にもその力を増幅させるシステムとして、そういう魂が必要やったんや。もしこの聖剣ボディにその真っ白な魂が入っとったら、シュトラウゼ君と以心伝心の超システマチックな聖剣が出来てたやろなぁ』


 どこか遠くを見つめながら話すような口調で聖剣が話す。


『せやけどな、セレティアちゃんてうっかり女神でな? その真っ白な魂を創り忘れてまってん。ほんでしゃーないからピューて天界行ってな? 裁きの門で一番近くにいたワイをこっそりパクって来たわけよ。「貴方、聖剣に向いてるわ!」とか言うてな。ほんでわけも分からずワイはこのボディにぶち込まれたワケや。なぁ? めっちゃテキトーやない?』


 聖剣の言葉に、ジャンヌは愕然とした。

 だが確かに、こんな下品な魂が神聖なる神器に入っている理由が他に思い付かない。


『せやからお嬢さんも今のうちに見切り付けとかんと、えぇように使われて終わってまうで? 別にワイを抜いてセレティアちゃんのために命張ってもえぇけど、ホンマによぉーく考えて聖騎士になったん? 貴族様という決められたレールの上を歩き続けて、何も迷わず聖騎士になったんちゃうの?』


「私は……私は……」


 聖剣の言葉に言葉を失うジャンヌ。

 確かに聖剣さんが言う通り、自分は親が定めた道を行儀よく進んできただけだった。

 父上は跡取りとして本当は男の子が欲しかったと呟いていたことも知っている。だが、家族の期待に応えようと、婿養子を取っても恥じることがない身分にまで私はなった。その自負が有ってここまで来たが、この聖剣さんを前にした途端、今まで自分が見てきた全てが陳腐な物に見えてきた。


「私は……私自身が何をしたいのか分からなくなってしまいました……」


 少なくとも、こんな下品な聖剣と共に命を懸けた冒険の旅に出るなんて死んでも御免だ。

 口には出さなかったが、ジャンヌの頭はその思いでいっぱいだった。


『えぇねん。人間、迷ってからがスタートや。お嬢さんは、今やっと自分を手に入れるための入口に立ったんや。歩きなはれ。誰かに用意されたわけではない、自分自身の道を。その歩いた先にホンマにワイがおるようやったら、またここへ来ればえぇ。聖剣さんは、一皮剥けたお嬢さんのこと、待ってるで』


 優しくそれっぽいことを説く聖剣さんに、ジャンヌは微笑んだ。

 願わくば、もう二度とこの聖剣と交わることが無い道を進みたいと心底思う。


「ありがとうございます。交わることがあれば、また……」


 そう言うと、ジャンヌは踵を返して聖剣の祠を後にした。


『また…迷える子羊に真の道を示してもぉたなぁ……』


 どこか寂しそうに聖剣は呟いた。


 ◇◆◇


 それから数ヶ月後、荒くれ冒険者が集うライヴハウスに爆音が木霊した。


「マザ○ァッカァァァァアアアア!!!!」


『デス! デス! デス! デス!!』


 ステージの上で絶叫を上げるジャンヌに向かって中指を立て、観客達オーディエンスがシャウトする。

 顔を真っ白に塗りたくり、悪魔をモチーフにしたデスメイク。聖剣の祠に来た時のジャンヌからは想像できない、自分を曝け出した彼女がそこに居た。


「この世界はどぉかしてるぜぇ〜! 取り付く島もねぇぜぇーーー!!」


『イエーーーア!!』


 彼女はあの後街を彷徨い、ヘビメタというそれまでの彼女の常識をぶち壊す音楽に出会った。

 その後彼女は『ジャンヌ・ダーク』というバンドチームを組み、その分野を代表するシンガーソングライターとなった。


 今の彼女の周りには、魂を惹かれ合ったソウルメイトがいる。

 聖騎士をやっていた時には得られなかった刺激的な毎日が、彼女を魅了した。


 あぁ、あの時変な聖剣に出会ってなかったら、このような毎日は送れなかっただろう。

 あの時の聖剣の下品な笑いが脳内に木霊する。


「ぶっひゃっひゃ」


 その時以上の下品な笑い声で、ジャンヌは屈託のない笑みを観客達オーディエンスに披露した。


 ◇◆◇


『ふーんふーん、ふふふーん、ふーん……お、なんやえぇ感じのメロディが浮かんだで』


 聖剣エクスカリバー。

 心技体を兼ね備える英雄にしか扱えぬ伝説の剣。

 今日もまだ見ぬ新たな主人を夢に見て、独り寂しくハミングを口遊くちずさむ。



ED ムック『絶望』


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聖剣さんはけっきょく今日もハミングを口遊む 滝山童子 @TKYM-DJ

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