聖剣さんはけっきょく今日もハミングを口遊む
滝山童子
聖剣さんと転生勇者
処女作「竜殺しの弟子と竜王の娘」と一緒に連載していた1話完結型のギャグ小説 です。
「どこから読んでもだいじょーぶ! 斬れ味バツグン聖剣ギャグコメディ!」をキャッチフレーズに、気合い入れて書いた竜殺しよりも人気出た作品。
昨年、戯れに出したネット小説大賞でも一次通過しやがったダークホースです。
◆◇◆
聖剣の祠。
五百年前、悪しき魔王を封印した勇者王がその聖剣を次代の勇者に託すために作った聖域。
心技体全てを兼ね備えた選ばれし者にしか抜けないとされる聖剣。
その力は絶大で聖剣を振るいし者は全てを手に入れられるという。
そして今日もまた一人、力を求め聖剣の元へ訪れる。
その心に信念を宿して……。
「これが伝説の聖剣エクスカリバー……。見た目は普通のロングソードみたいだな」
試練の座に突き立てられた聖剣を眺め、勇者ヒロトは呟いた。
何処からともなく差し込む陽光を受けて煌めく刀身に金色の柄。誰にも抜かれることなくこの試練の座で五百年の歳月を過ごしたにも関わらず、聖剣はその輝きを失っていない。
緊張した面持ちで試練の座に歩を進める勇者。
聖剣の目の前に立ち、大きく深呼吸を一つ。
自分にこの剣が抜けるかどうかで、世界の命運が決まる……。
ごくり、と唾を飲み込み聖剣の握りに両手をかける。
頼む、聖剣よ。世界の平和がかかっているんだ。
目を瞑って女神セレティアに祈りを捧げ、勇者は力いっぱい聖剣を引っ張った――。
『――痛い痛い痛い痛い痛い!! ちょ、誰じゃボケェ! 人が気持ちよく寝とるところに! 離せやゴルァ!!』
脳内に突然大音量のダミ声が雪崩のように押し寄せ、勇者は慌てて聖剣を離した。
『おうおうおう! そこのド偉い甲冑着た兄ちゃん、どういうこっちゃねん!? ワイを誰だか分かっててやっとるん? 聖剣様やぞ聖剣様! そんじょそこらのナマクラ刀とちゃうねん! もっと敬意を払って扱わんかい!』
相変わらず脳内に響くダミ声に顔を顰めながらも勇者は驚いて聖剣を見る。
「……なん……だと……? 聖剣、お前……人と話せるのか……?」
『何どこぞの死神みたいな反応しとんねんワレ! しかも「お前」じゃと? どの面が言うとんねんコラァ!』
『まずはワイの寝込みを襲って自分の欲望に身を任せたことを謝らんかい!』聖剣は聞き方によっては誤解を招きそうな言い方で勇者に謝罪を要求した。
「……すまない」
勇者は戸惑いながらも頭を下げ、聖剣に向かって陳謝した。
『は? 君、それが人に謝る態度なん? さっきから君何か勘違いしとるようやから言うけど、君とワイ、どちらの方が偉いと思う? 片や剣と言えど君ら人間じゃ太刀打ちできない魔王を封印した聖剣様と、片や未だ何かを成し遂げた訳でもない若いだけが取り柄の青二才。ねぇ、どっちが偉いと思うとるん?』
脳内で圧をかけてくる聖剣エクスカリバー。
言いたいことは山ほどあったがこのままでは一向に話が進まないので、勇者は自分が折れることにした。
「……聖剣……様……です」
『おう、分かってきたやないけ。ほんならもっかい、ちゃんと謝ってみよか?』
完全にこちらを下に見る態度に腹が立つ。しかし世界の平和のために背に腹は変えられず、勇者は膝をついた。
そのまま深々と頭を地に付け、聖剣に向かって土下座する。
「この度は聖剣様の大切な安眠を妨げてしまい、大変申し訳ございませんでした」
『おう、せやねん。そうやってちゃんと誠意見せてくれれば、ワイかてちゃんと話し聞くねん。君、名前は?』
「ヒロトです」
『おうヒロト君、頭上げてええで。こっちも怒鳴り散らして悪かったな』
相変わらず声は汚いが、穏やかな口調で聖剣が謝る。
勇者ヒロトはゆっくりと頭を上げて聖剣を見た。
『グリップってな、剣にとってはデリケートゾーンやねん。君も突然見知らぬ男に握られたらびっくりするやろ?』
「はぁ」
『特にワイみたいな聖剣はな、このグリップから持ち主のマナ吸うねん。だから神経がいっぱい張り巡らされとってな、いきなり触られるとホンマにビビるねん』
「そうとは知らず、本当に申し訳ありません」
聖剣の言葉に再度謝るヒロト。
『や、知らなかったのはえぇねん。ただちょっと、配慮が足りんかったな。一声かけてくれれば良かったんや。ワイ、寝起きめちゃええねんで? 君等が勇者王言うて讃えとるシュトラウゼ君と旅してた頃な、魔王の軍勢が真夜中に奇襲かけて来たことがあったんや。そんな中でも、シュトラウゼ君は優しく声かけてくれてな。命の危機やのに爽快な目覚めやったわ。その後軍勢をバーーーンやってな。寝起きやのに百の軍勢をワンキルよ。すごない?』
「それは……すごいですね」
聖剣の言うことが本当なら、魔族の軍勢百匹をたったの一撃で倒したことになる。
そんな強力な武器や魔法を、勇者ヒロトは他に知らない。
『せやろ? せやから今度からはちゃんと一声かけてな。ワイ、シャキーン起きるで。……で、ヒロト君は今日は何しに来たん?』
尋ねる聖剣に、勇者の目は輝いた。やっと本題に入れる。
「ぜひ、貴方のお力をお借りしたくて来ました! 聖剣エクスカリバー様、どうか私に力を貸してください! 五百年前に貴方と勇者王が封印したという魔王が復活しそうなんです。外の世界はモンスターで溢れかえっております。どうかお力を!!」
『あーなるほど、君もその口なんやね。ワイのこと引っこ抜きに来たっちゅう訳や』
訳知り顔ならぬ訳知り声でふんふんと頷きながら聖剣は続けた。
『ヒロト君、もしかして転生者やないの? その名前といいさっきの土下座といい、ニッポンという国から来た……』
「……!? 僕の故郷をご存知なのですか!?」
聖剣の言葉にヒロトは驚いた。
『あぁ、知っとるよ。実はシュトラウゼ君の仲間に転生者がおってな。そいつもニッポンから来てたんや。偉い強かったでぇ〜。ニンポーっちゅうんか? 戦いの最中に手品師みたいなことコロコロしよる。バサー斬られたかと思いきや丸太に化けて後ろからグサァーや。あの丸太どこから出しとったんやろなぁ』
「あ、あのぉ〜、それで僕が転生者だってことについては……」
脱線しかけた話を元に戻すべく、ヒロトは聖剣に尋ねた。
『あぁ、せやせや。ほんで、君はどうしてこの世界に転生してきたん?』
「えぇ、前の世界で車に轢かれそうな子供を助けようとして……」
『そのままバーンされた訳やな』
ヒロトの言葉を遮るように、聖剣が言葉を被せる。
『ほんまセレティアちゃんそういう子好きやなぁ〜。ヒロト君には悪いけどそういう感じの子、最近よう来るんよ。今、あっちでブームなんやろ? 転生したらほにゃららになって俺つえーな件みたいなのが。他の世界の神様が一発当てたもんで、他の神様もこぞって「うちも私も」てやり出したんや。こっちでも仰山おんねん。今時珍しくもない。パターンで言うたら、最もありがちなAパターンや』
「え、て言うことは僕が聖剣様を抜けるかどうかは……」
聖剣の話を聞き、ヒロトに不安の色が宿る。
『あぁ、ワイのことは聖剣さんでええよ。……せやねぇ、他の子が抜けなくてワイがここにおる訳やから……望み薄かもなぁ』
申し訳なさそうに聖剣は言った。
「そんな……僕の手に世界の未来がかかってると思ったのに……」
『せやけどまぁ、絶対に無理って話でもない訳やし……もしかしたらスポーンいけるかも知れんやん? 試しにやってみっか?』
項垂れるヒロトに見兼ね、聖剣が促す。
「え、良いんですか?」
『えぇねんえぇねん! チャンスは誰にでも平等にあるんや! ワイもそろそろこんなジメジメしたとこ飽きたしな。誰かと一緒にまた旅に出て、モンスターバサーーーっと斬りたいねん』
聖剣の気遣いにヒロトの顔に笑顔が宿る。
「それでは、お言葉に甘えて……」
ヒロトが立ち上がり、再度聖剣に近付く。
『グリップは、最初優しく握るんやで。左手は添えるだけや』
後半はよく分からなかったが、ヒロトは言われた通り聖剣のグリップを優しく握った。
『あん……』
気色悪い声を漏らす聖剣。しかし、勇者はその声を無視した。
「いきますよ、聖剣さん」
『えぇで、ヒロト。ばっちこいや!』
聖剣の答えを聞き、勇者は渾身の力で剣を引く。
「うおおおおおおお――!!」
気合いと共に一気に持ち上げる。
(女神セレティア様……! 僕は貴方が今までに送ったただの異世界転生者の一人かも知れない……でも、この世界の人達の笑顔を守りたいんだ!! どうか僕に力を!!)
ここまでの旅の最中に知り合ったこの世界の人々――日本とは違い隣人と助け合い、温かな心を持って自分に接してくれた人達。
守りたい。その笑顔――。
ズ――……
『それでも蕪は抜けません』
突如脳内に流れる昔話風のナレーションに勇者は脱力した。
「ちょ、ちょっと、聖剣さん!!」
『いやぁ〜すまんすまん。ワイ、シリアスだめなんやわ! 性分でな、どうしてもふざけたくなってまうねん』
「もぉ〜、ホント頼みますよ、世界の命運がかかってるんですから! そしたら、どうしたら良いんですか?」
『ほならね、ワイがヒロト君のこと応援したるわ。黙ってるんやなくてワイも声出しとったら、余計なチャチャ入らんやろ』
「……分かりました」
再度グリップを握る。大きく深呼吸して精神を集中させる。すると、周囲のマナが祝福しているかのように光り出し、試練の座に青白い光のうねりが生じた。
――俺は、勇者だ!!
自分に言い聞かせ、思い切り剣を引く。
ズズ――……
『ほれ、そこや! もっとこうぐぃーーっと行かんかい!! 角度、角度も大事やでホンマ! 真っ直ぐに! 一ミリのズレもなく! 天に真っ直ぐ拳を突き上げるように!! おほ!? 今ちょっと動いたんちゃう!? 動いたんちゃうのコレ!? ほれ、もうちょいやで! ワイを抜いたらアンタは英雄や! 男の中の男! よ、ニッポンイチ!! 抜いたら祭りや! 祭りや祭りやわっしょいわしょいわっしょいわっしょ――』
「うるせええええええええええええ!!!!!」
勇者の咆哮が聖域に木霊した。
先程まで発生したマナのうねりも、蜘蛛の子を散らすように霧散する。
「なんっっっなんだよさっきから!? お前俺に抜かれる気あんのか!? あぁ!?」
『ヌかれるて……ワイにそんなシュミは……』
「そういうこと言ってんじゃねぇんだよ!」
勇者は聖剣の刀身を思い切り蹴飛ばした。
ガイィィン――!
無駄に格好良い音が響き、それがさらに勇者の腹を煮やした。
『おま、聖剣様になんちゅうことすんねん!!』
「うるさいんだよ! お前のそのダミ声! 脳にダイレクトに響くの!! 鼓膜が破れるとかじゃなくて、脳が揺さぶられるんだよ!! お前、もしかして勇者王にもこんな調子だったんだろ!? だからこんな祠に納められたんだろ!? 何とか言ってみろよこのエセ関西剣!!」
『……そんなこと言わんでええやん。言わんでええやん!! ワイとシュトラウゼ君はマブダチだったんや!! シュトラウゼ君が年取ったから、次の勇者にワイを預ける言うてこの祠を作ったんや! ワイは捨てられてなんかない!! 天下の聖剣様が捨てられるはず無いんや!!』
泣きそうな声で聖剣が訴える。
「はん、どうだかな。少なくとも俺はもうお前なんて頼らねぇよ! 抜けたとして、お前と一緒に旅してたんじゃ、ノイローゼになっちまう。他の奴に譲るわ」
そう言うと、勇者は踵を返し、祠の出口に向かって歩き出した。
『ちょ、ちょっと待って! ワイが悪かった! 調子に乗りすぎました!! 本当に誰かと一緒に旅に出たいねん! もう独りの夜は嫌やねん! 後生や! 帰ってきてええええ』
勇者の足が止まることはない。
伝説の聖剣は、その場に取り残された。
聖剣エクスカリバー。
心技体を兼ね備える英雄にしか扱えぬ伝説の剣。
今日もまだ見ぬ新たな主人を夢に見て、独り寂しくハミングを
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