第10話 とっておきのデザートをキミに
こんにちは。
さようなら。
わたしたちはどちらを選ぶのだろう?
わたしはあれからずっと考えていた。
ツレが作ってくれた料理はすごくおいしかった。
わたしのためを思って作ってくれたのがちゃんと伝わってきた。
では、わたしがツレのためにできることは何だろう?
『ただいま』と『おかえり』を言える場所を作ること。
『いただきます』と『ごちそうさま』がある食卓と料理を作ること。
わたしにできることなんてそれだけだ。
でもそれこそが大切なんだと今は思う。
そんなことを考えながら、わたしはデザートの仕上げに取りかかっていた。
最後を締めくくるデザート。カロリーなんて気にしない、とにかく甘くて、優しい味のする、ほっぺたが落ちそうになる、そんなとびっきりのデザートだ。
ツレにはデザートのことはナイショにしている。
サプライズを仕掛けたいのは、わたしの悪い癖だ。
さて。これで準備は完了。
エプロンを外して、小さな皿にきれいに盛り付ける。
「今日は最後にデザートを作ったんだ。一緒に食べよう!」
思った通り。ツレはびっくりした顔でデザートを見つめている。
「今日は特別な日。そういう日にはデザートがぴったりだと思わない?」
こんにちは。
さようなら。
まぁどちらにせよ一生の別れではないのだ。
その結末はデザートのあとで十分。
今は一緒にこの甘くておいしいデザートをたっぷり堪能しよう。
待ちきれないように、わたしたちのお腹がぐぅと鳴った。
「いただきます!」
📞 📞 📞 📞
これが最後なんだって、そんなわけないだろうとだれかに異議を申したてたくなったけど、いったいだれに言えばいいんだろ。
なによりぼく自身の胸のなかに、予感があるのがいけない。
もう帰っちゃいけないと、彼は言った。この前ここでごはんをつくったときのことだ。しょうじき味はひどいものだったけど、それでもぼくとしたら相当おもいきったことだった。
けがして寝ていたとき、いつ死ぬかも知れないなっておもったら、彼のことを思い出したんだ。こんなに美味しい、いろんなごはんがあるんだって教えてくれた。人のぬくもりがうれしいんだって教えてくれた。
なのにぼくはなんにも彼に返してないって気づいたつぎのしゅんかん、ぼくは彼の前に立っていた。
初心者まるだしなぼくの料理を、彼はなみだといっしょに口に入れた。そして、はなの詰まった声で、もうあちらへ帰ってはいけないと言ったのだった。
その日ぼくが彼の言葉をちゃんと理解できたのを、いまになって、どうしてなんだろうと考えている。でもそのときはぜんぜんふしぎとおもわなかった。
それまでぼくは、彼の言葉をひとつも聞きとれないで、ただ雰囲気でおおざっぱに受けとめているだけだった。言葉なんてなくても、なんとか通じ合うものなんだ。
この奇蹟の、期限切れが近づいていると、彼は言った。今回までか、よくって次が最後。それから先は、もうこちらへは来られない。
そうなったら、ぼくの命はない。そう言って彼はまたなみだを落とした。
おおげだなあ、とぼくはちょっとわらってみたけど、彼は本気のようだった。
そう言われれば、そうかもしれないなって、後からおもった。だってその後ふるさとで目覚めたとき、ぼくの傷はちっとも治っていなかったんだから。
ぼくを助けたいんだって、彼は言う。
気楽に生きて、気楽に死んで、それでいいっておもってた。これまでひとの苦しみをほんとには知らなかった。自分がひとを助けるなんて考えたこともなかった、ひとを助けられないことがこんなにつらいって知らなかった――ぼくと会うまでは。
知ってしまったら、もう戻れない。と彼は言う。
言いながら彼はデザートを出してくれる。ぼくはひとかけ切りとって食べる。
甘くて苦い、チョコレートケーキ。スポンジもクリームもチョコレートの茶色に染まって、それは黒にも白にも傾かない。
でもぼくは、どっちかえらばなければならない。その未来は甘いか苦いか、どっちだろう。
彼の気持ちはすごくうれしい。ここにずっといられたら、そりゃどんなにいいだろうっておもう。あたたかいし、ひもじくないし、命の危険だって感じない。
でもぼくのふるさとはあの町で、ぼくがいままで生きて来られたのは仲間たちのおかげだ。仲間をすててひとりこの町に来るなんて、ぼくにはできない。
心配しないで。なぜだか自分でもわからないけど、ぼくは自信がある。
ぼくのふるさとはたしかにひどい状態だった。
ここに来て、平和な町があるんだってぼくは知った。彼と出会って、やさしい大人がいるんだって初めて知った。どっちもおとぎ話だって思ってた。でもちがったんだね。
それを知ったいま、ぼくは生きていけるんだって思う――あちらの町に戻っても。
ありがとう。だからぼくはとっくに救ってもらっていたんだよ。わかってくれるといいな。
さようなら、やさしい人。やさしい町。ぼくたちの町も、変わるよきっと。ぼくたちが変えていく。
ぼくが生きつづけて、ふるさとを、子供も大人も希望をもって生きられる町につくり変えていくことが、彼への答えになるんだとおもう。
そうしていたら、いつかどこかで会えるかもしれないな。そしたらぼくは、彼にごちそうしてあげるんだ。ぼくたちの町のじまんの料理を。
(おわり)
ハーフ&ハーフ2 のための短編連作 久里 琳 @KRN4
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