第9話 再会のメニュー


 出会いは偶然だった。

 わかれは突然だった。

 この再会は必然なのだろうか?


 わたしの前から突然消えたツレが、出会いの場所にいた。

 あの日と同じく、捨てられた犬とか猫みたいに、一人でポツンと佇んでいた。


「やぁ、ひさしぶりだね。お腹空かせているんじゃない?」


 わたしの言葉にツレが目を上げた。

 本当に久しぶりの再会。

 でも視線が交わった瞬間には、あの時を思い出して二人で微笑を交わしていた。


 と、ツレの手にエコバッグがあるのに気付く。

 それはいなくなったあの日に、消えてしまったエコバッグだった。

 中には何やら入っている様子。


「なにか買ってきたの?」


 ツレはうなずくと、バッグを開いて中身を見せてくれた。

 中にはキャベツが一玉と、値引きシールの張られた豚肉のパック。


「なにか作ってほしいものがあるのかな?」


 わたしの言葉にツレは小さく首を振った。

 はて? どうも様子が分からない。

 だが真剣な表情からして、どうも大事な目的があるようだった。

 そこでわたしはなんとなく気づいた。


「ひょっとして、わたしに作ってくれるのかな?」


 その言葉にツレは頼もしく、大きくうなずいた。


「それはうれしいな! そうと決まれば帰ろうか!」


 二人でこの道を歩くのは久しぶり。

 いろんな思い出がよみがえるけど、そんなに遠い昔のことじゃなかった。

 それでも思い出してしまうのは、あの時間がわたしにとってなにより大事な時間だったからだろう。

 今になってそれをまざまざと思い知る。


「キャベツと豚肉か、おいしい組み合わせだよね! 生姜焼きとか、トンカツとか、ホイコーローとか。あとはあとは……」


 家に着くとツレは懐かしのエプロンを巻き、一人でキッチンに入った。それから缶ビールとコップが机に置かれ、わたしはキッチンから追い出されてしまった。

 どうやら全部一人で作る気らしい。

 どうもそれが大事な事らしい。


 キッチンからはリズミカルではないが丁寧な包丁の音が聞こえてくる。

 しばらくするとなんともいい匂いも漂ってきた。


 不意にわたしの目から涙が流れる。

 どうして流れたのか自分でもよく分からない。

 ただ、ツレの料理を食べた後、はっきりと伝えなければいけないことがあるのが分かった。曖昧なままにしておける時間はとうに過ぎていたから。


 そしてツレが出来上がった料理を意気揚々と運んできた。


 わたしのお腹が久しぶりにぐぅと鳴った……



 📞 📞 📞 📞



 このの子、ふたたびここに来ることができたとは、なによりぢゃ。わずかなあいだに、ふたりの絆は思うた以上に深くなっておったということかの。それだけこの男の料理に力があったともいえる。


 かずかずの振る舞いの礼を料理で返そうとは、おさなき身で殊勝な心がまえであるな。材料の用意はあれがたすけてやったのぢゃが、さような瑣末なことはどうでもよい。

 料理というても肉と野菜を切って焼いただけの、味もつけないかんたんな料理ではあるが、この子が火をつかうことに、どれだけ覚悟がいることか。……こやつまさか、気づいておらぬわけはなかろうな。



 まったく、こやつの鈍さときたら、未だあらたまる気配がまるで見えぬ。ため息もつきたくなろうというものよ。


 さような男に福をさずけるとは、酔狂なことと人は訝しむかも知れぬ。なぜにこやつをえらんだかと問われれば、じつのところ吾にもよくわからぬしな。わからぬが、長きにわたり人間どもに幸をもたらしてきたが直感にまちがいはあるまい。

 福をさずけるはよいが、それがどのような形になるのかは、吾の制御のそとにある。なにを幸とするかは人それぞれ。

 ひとかどの仕事を成し遂げる者、財を築く者、恋に燃えあがる者、愛にやすらぎを得る者、栄誉につつまれる者――いろいろな者たちを見てきた。

 この男にとりなにが幸せであるのか、よくはわからぬが、あの男の子があらわれたのもやつの幸せのためであるのは明らかぢゃ。妙な幸せだとは思うたが。


 とにかく吾の関心はこの男の福のみ。

 であるからして、男の子がどこぞで果てようとも吾の知ったことではない。そこまで面倒見てやるほどお人好しでも暇でもなければ、だいいちそこまでの力はもっておらぬ。

 此度つい手を出してしもうたのは、まあなんぢゃな、はからず手がすべったと、そういうことかの。いちどりのただの気まぐれ、次もあるなどとゆめ期待してはならぬ。



 さて、ちょうど料理ができあがったようぢゃ。

 ところどころ焦げてくろくなっておるが、それも愛敬。なにより火への恐れに立ち向こうてつくりあげた料理なのであるから、心して食わねば罰が当たるぞ……と、そこは心配無用ぢゃったか。むしろ感動しすぎで、男の子が反応にこうじておるわ。


 つぎの問題は、こやつがを言えるか言えぬか。

 つらいことにはちがいない。言うのが正しいかもわからぬ。この子がどのように受けとめるかも。

 ともかく、決めるのはこやつぢゃ。

 いずれ、未来はみずからの意思と力で切り拓くもの。吾にできるのはここまでぢゃ。見とどけるだけは見とどけてやろう。幸多き未来となればよいな。


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