元料理人の男は、お腹を空かせた謎の少年を放っておけず、家に招き入れ食事を振る舞う。度々食卓を共に囲むうち、言葉は通じないながらも二人は徐々に心を通わせあっていくのだが ───
過酷な環境で育った少年のひらがな多めで綴られる心情に涙を誘われ、見知らぬ大人であるはずの男への信頼に胸が熱くなる。
彼らは共に食卓を囲みながら、何を思うのか。そして、少年はどんな決断をするのか。
こんなご時世、いや、ずっと昔から世界のどこかで子供たちが苦しんでいることを思うと、この結末を用意した作者様の平和への願いをより強く感じる。勇気と希望を胸に、新たな未来を作るべく立ち向かう少年の力強い後ろ姿が頼もしく見えた。おとぎ話を現実にできる日が、きっとくると信じたい。
最後に。彼らの奇妙な友情を見守る不思議な存在が物語に奥行きをもたらしているように思う。争って生きるには、人の一生は短い。皆が笑顔で、お腹いっぱい食べて安心して眠れる日が来ますように。
ロシア料理だと認識されがちな「ボルシチ」だが、実はウクライナが本家本元の伝統料理だ。具材のバリエーションは州によって様々で、それぞれが独自のレシピを誇っている。
空腹で倒れた少年は、既に戦場の洗礼を浴びて負傷していた。夢か現か幻か……彼の前に出される数々の美味しいものたちは思考する活力を与え、再び立ち上がれるよう背中を押してくれる。中には彼の見知らぬ料理まで過り、その味を脳へと伝えた。少年は次第に熱き大志を抱くようになり、今も繰り返される戦地へと赴き「ぼくにもできること」を掲げて、束の間の休息から離れようと意思を固めてゆく。そしてその先にあるのは……。
大人の語彙力とは一味違う子供っぽい表現と、現在の東欧情勢が自然と浮かんでくる描写に、心は沁み、痛み、時に癒される。色々な『境界』の狭間で揺れ動く少年が見たもの、感じたものが、ダイレクトに読み手へと伝わる筆力に胸はいっぱいになるがお腹はいっぱいになることはない。
少年の食べるボルシチは、どんなレシピなのだろう……平和を願わずにはいられない☆