relive_the_end_of_world_18.txt
建物に向かって歩き始めた時、視界が真っ白に染まった。
気が付けば、自室のベッドに寝転がっていた。
今度こそログアウトしたらしい。
セミの声。
夕日が窓から差し込んでいる。
鮮明な景色が脳裏から離れない。
「今のは、何だったんだ?」
ぼんやりと、そんなことを呟いていた。
「今の何!?」
「……さあ?」
姉妹もそんなことを話している。
と言うことは、幻覚の可能性は低いだろう。
もちろん、三人揃って幻覚を見た可能性は否定できないけれど。
「「遠。今のなに?」」
姉妹は言う。
「いや。俺も分からない……。日本の建築ではあると思うけど……」
木造の平屋建築。
柱と梁を多用した木造の建築は、アジア圏のそれだ。
加えて、木材に塗装を施すことなく、木目自体の美しさを活かしている。
こういった簡素さは日本特有だ。
しかし、分からないことも有る。
例えば、漢字の「円」のような形をした真っ赤な門。
それから、建物の左右に一体ずつ並んだ獅子の石像。
そして、建物の正面に置かれた巨大な箱と、吊られた大きな鈴。
こんな意匠は見たことが無い。
「私、スクショとった」
「お、流石、祈!」
祈がタブレットを取り出し、画像フォルダを開く。
しかし、画面に映し出されたのは、
「「おおっ!」」
白く塗り潰された画像のみ。
一点の曇りも無い白。
「なにこれ!?」
「ん。白い」
そう言って、目を輝かせる姉妹。
「何で嬉しそうなの!?」
「夏と言えば、」
「かいだん」
「さいですか……」
「で、遠。あれ、何なの?」
「ゆうれい?」
「流石に幽霊は……。仮想現実の中だし……」
「ようかい?」
「それも無いだろ……。有ったとして、それは結局ただのデータだろ」
仮想現実の中なのだから。
「「そうかぁ……」」
姉妹はそれで興味を失ってしまったらしい。
端末でファッション雑誌をひらくと、あーでもない、こうでもない、と議論を始めてしまった。
しかし、例の光景。
あれは一体、何だったのか?
幾ら調べてみても、結局、答えは分からなかった。
「それが答えだろうねぇ」
そう言って、くっくっ、とゆず葉は笑う。
先日も使った仮想の植物園。
木陰のティーテーブルでゆず葉と向き合っていた。
「しかし、流石じゃないかな? この短期間で座標のカラクリにきがつくなんてねぇ」
「先生より早い?」
「いや。私は一日もかからなかったねえ」
「そうかよ……」
「悲観することはないさ。これでも私は調べることが本職だからね。同い年の私と比べたら、君の方が賢いよ」
「お世辞は良いよ」
「本心だよ」
先生は笑う。
「それで、例の光景は見たんだろう?」
「ああ。……あの建物、何なんだよ?」
「それについては、君のことだ、なにか考えは有るんだろう?」
「まあ、仮説くらいは」
「ほう。それは是非、聞いてみたいね」
「そもそもの話になるんだけど、先生はおかしいと思わないか? 世界が急に平和になったことが」
文明は完成した。
戦争、貧困、疾病、飢餓、差別、環境破壊 etc...
そんなものが人類を悩ませたのは、過去の話。
最早、働く必要も無い。
自分の人生を自分の為に使えることは当たり前。
「おかしいんだよ。普通に考えて」
それは2100年代だ。
人口は百億をゆうに超え、不足する食料と資源を巡り、第三次世界大戦の手前まで行った。
あと一発の弾丸が大戦を引き起こす。
そんな時、人類は奇跡的に協力する道を選んだ。
「十年の
そんな風に呼ばれる。
「人類も、今度こそはやばいと思ったんじゃないのかな?」
「何千年も殺し合って来たんだ。今更それはおかしい」
「ほう。では、どうして今回は協力できたのかな?」
「人類が変わったとしか考えられない」
「まあ、そうなるよね」
「先生。丁度2100年ころだよな。BMI(ブレインマシンインタフェース)が普及したのは?」
「そうだね」
「BMIは、記憶を消去することができるよな?」
「消去、は少し違うかな。正確には脳の特定の領域にマスキングしてしまうのさ。つまり、その記憶が有る場所にアクセスできなくしてしまう」
現在では医療用に限定されている。
例えば、PTSD、いわゆるトラウマの治療などだ。
しかし、ほとんど使われていない技術だ。
今の世の中で、トラウマを抱える人間なんてほぼいないからだ。
「俺たちは、何かを忘れているんじゃないのか?」
「つまり、例の光景がその残滓だと?」
「ああ」
ゆず葉はしばらくしてから、答える。
「そうだね。私も同じ考えだよ」
「でも、一つだけ分からないことがある」
「なんだい?」
「ゲームの原作者F《フィリップ・ローワン》はどうして死んだんだろうね?」
「ああ……。それは、存外、簡単かもしれないよ」
「どういう?」
「私たちは何かを忘れている。そうだろう?」
「ああ」
「そして、それが本当に忘れて困ることならば、私たちは困っているはずだ」
「だよな」
忘れて困ることを忘れる⇒困る
あんまりにも簡単な命題に、思わず笑ってしまう。
「しかし、現実はどうだい?」
「……平和だ」
それこそ「終末物」なんて訳の分からないジャンルが流行るくらいには。
「ならば、私たちが忘れたことは、大して意味のないことだったんだよ」
「分かった」
何故、原作者が自死を選んだのか。
「絶望だ」
忘れても困らない。
そんなものの為に協力することを選べなかった人間に。
先生は何も答えなかった。
「……俺たちは一体、何を忘れているんだ?」
君と終わりを幾千夜。 夕野草路 @you_know_souzi
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