「あなたが今までについた嘘の中から一つだけ、嘘ではなくしてあげます」

ハヤシダノリカズ

四月一日

「あなたが今までについた嘘の中から一つだけ、嘘ではなくしてあげます」

 スマートフォンのポップアップにそんなメッセージが浮かび上がった、という夢をみた。


 朝起きて、枕もとのスマートフォンを手に取り、メールやメッセージアプリやSNS等、思い当たるもの全てを確認したけど、そんなメッセージが届いた形跡はなかった。

 だけど、今までについた嘘を一つだけ本当にしてやる、という夢の中のメッセージは、オレに色んな想像をさせてくれる。

 例えば、「オレって、実は東京大学の卒業生なんだよ」なんて嘘はどうやって本当にするのだろう、とか、「アラブにいくつか油田を所有しているんだよ」なんて嘘を本当にするのは金さえあればできるよな、とか、我が子についた「お父さんは昔、MMKだったんだよ。MMKって何かって?【モテてモテて困った】の略だよ」って嘘を本当にされても虚しいだけだよな、とか。

 挙げた三つの内、二つの嘘はついた事がないけど。


 今までについた嘘の中から、というのがミソだよな。例えどれほど強烈な願いがあって、それが叶えられる超常的な現象として、【ついた嘘をホントにしてやる】というナニカが本当にあったとしても、ついた事のない嘘をどうにかする事は出来ない訳だ。正直に生きてきた自分の人生を呪ってしまうな、そんな事がもしも本当にあるのだとしたら。


 今まで生きてきた中で一番強く記憶に残っているオレの嘘……、頭の中で展開される嘘に関する連想は、いつしかそこに辿り着いた。

「キライになったんだ」あの時、あの子に言った嘘。オレの記憶の中で一番大きな嘘はこれになる。いつまでも心臓に刺さったままの棘、この嘘の記憶は時折オレの胸をチクリと刺す。どうにかして欲しい過去のオレの嘘と言ったらこれしかない。だけど、この嘘を本当にされるのはごめんだ。あの子の事を、あの時、あの瞬間、本当は大好きだったというのは、オレにとっての大切な思い出だからな。

 本当にして欲しい嘘、今までについた嘘で実現して欲しいものなんていうのは、パッと思いつかないな。


 パジャマのままでリビングに向かい、ダイニングチェアに座る。

「おはよう」

「おはよう」

 朝の挨拶を妻の祥子しょうこと交わす。

隆文たかふみ友里ゆりはまだ寝てるのか」

 とオレは聞いた。

「ええ。いつもどおり、まだまだ夢の中よ」

 祥子は予想通りの答えを返してくれる。ギリギリまで寝ていたいのが子供だ。

「そうか。今日は四月一日か」

 カレンダーを見てオレは言った。

「あ、それ言っちゃうの?誠二さんが今日はどんな嘘をついてくれるか、ちょっと楽しみにしてたのに」

 祥子はそう言って、いたずらっぽく笑った。

「あ、そうか。そうだな。いやなに、夢を見てね。スマホに『あなたが今までについた嘘の中から一つだけ、嘘ではなくしてあげます』ってメッセージが入ったっていう夢をね。今日が四月一日っていう事でそんな夢を見たのかなと思ってね」

「ふーん」

 対面でコーヒーを飲んでいた祥子は立ち上がって、キッチンに向かいながらそっけなく相槌をうつ。

「今までについた嘘、というのが難しいよな。嘘なんて可愛げのあるものしかついた事ないし、そもそもついた嘘を覚えてないしね」

「そう? 嘘つかれた方はずっと覚えてるものだけど?」

 その祥子の言葉を聞いて、オレはなんらかの地雷を踏んだかとヒヤリとする。祥子を怒らせるような嘘は……、ついてない……、ついたことはない……ハズだ。動揺を気取られないよう、オレはゆっくりと祥子の目を見る。祥子の今の感情は、怒りも喜びもない、凪、のハズ。自信はないが、へんな踏み込み方はやめておこう。勇み足で地雷原に突っ込むのは愚かに過ぎる。

「昔だったらさ、残業だと嘘ついて麻雀してたお父さん、なんて人がいっぱいいたじゃない? そんなのは、バレるんだよね。そして、冷えた料理にがっかりしたお母さんはそんな嘘を簡単に見破る訳だよ。そして、嘘をつかれた事は絶対に忘れない」

 世間話といったていで、祥子はそういった。言葉の調子は、凪、だ。大丈夫だ。

「あぁ。なるほどね」

 ボチボチ話を切り上げよう。地雷原から、オレは、遠ざかりたい。

「あ、でもさ」

 オレの思いとは裏腹に祥子はこの話題を続けたいようだ。フライパンで何かを焼きながら、話を続けてくる。アイランド型キッチンはオレに逃げ場を用意してくれない。

「その夢の話、今までについた嘘をホントにしてくれるというのは困っちゃうけどさ」

「うん」

 仕方なくオレは祥子の話の続きを促す。

「ついてしまった嘘を、言わなかった事にしてくれる、なかった事にしてくれるっていうのなら、ちょっとアリだねー」

 オレの眉毛はピクリと動く。ベッドの上で思い出していたあの子への「キライになったんだ」の場面がまた頭の中に蘇る。

「あぁ、なるほど。『なんであんな嘘ついちゃったんだろう』って反省する事はあるもんな」

 オレはなるべくそっけなく答える。

「うんうん」

 祥子は頷きながら、オレの前に朝食を置いてくれる。パンと目玉焼きとコーヒー。いつも通りだ。

「子供って無意味な嘘をつくもんだしね。『うちだって犬飼ってるもんねー!』みたいな無意味な嘘」

 そう言って祥子は笑う。

「あぁ。そういう子、いたよね」

 そう答えながら、オレはコーヒーをすする。

「ところでさ」

「うん?」

 コーヒーを口に含んでオレは頷く。

「さっき、言った『嘘をなかった事にしてくれる』の話の時、誠二さん、昔の彼女の事を思い出してたでしょ」

 オレは思わずコーヒーを吹き出して、盛大にむせた。

 祥子が手渡してくれたティッシュで顔やらテーブルやらを拭きながら、オレは精一杯の言葉を放つ。

「なんだよ、それ」

 祥子はテーブルを拭きながら、

「ねぇ、思い出してたりしたんじゃないの?」

 と、からかうように笑う。

「そんなの、思い出したりしてないよ」

 今日は四月一日、この程度の嘘は許して欲しい。


「別にいいんだけどね。誠二さんが昔の彼女を思い出したりしても」

 祥子はヒマワリを思わせる笑顔で言った。

「私は誠二さんの、そんな過去や嘘も全部ひっくるめて好きだから」

 と。


 祥子のこの言葉が四月一日ゆえのものではないと、オレは信じたい。


 -終-

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「あなたが今までについた嘘の中から一つだけ、嘘ではなくしてあげます」 ハヤシダノリカズ @norikyo

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