に応えて書きました。
【まにまに】
https://kakuyomu.jp/works/16818093073991240990という物語です。高校生男女の青春グラフィティ、って感じの短編です。
AIの補助が、私にとっては補助にならないという事を知ったので、たぶん、もう、私はAIに頼って物語を紡ぐ事はないと思いますが、『あ、でも、このお話をAIに読ませてオチ部分を書かせたらどうなるかな?』と、冒頭から結末のちょっと手前までをコピペしてAIに文章を生成させてみました。
冒頭から【まにまにってなんだろ。】までをコピペして続きを生成させてみると、
――秋だし、紅葉かなぁ。
これから忙しくなりそうだ。
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「ザネ!」
菅原さんが僕の事をそう呼んだのは、あの菅原さんに名を呼ばれた日からだ。次の日から僕たちは二人でいる事が多くなった。時々は田村と山田も入れて四人で遊ぶ事もあるのだけれど、僕は心の中では常に『ザネ』だった。あの日、僕と菅原さんの距離がグンと近くなってから半年ほど経つけれど、彼女の僕への呼び方は変わらない。『実――
という文章が生成されました。なるほど。このAIのアルゴリズムは【物語がひと段落したら、場面転換をさせよう】【それまでに出て来たキャラクターはなるべく使おう】【それまでにあった出来事を活かした展開と文章を生成しよう】という感じですかね。
でも、やっぱり変な文章だなぁ。クリエイト型のAIって絵画もそうだけど、どうにも不気味な仕上がりになるんですかね。
もしかしたら、絵画や文章にも不気味の谷っていうのがあるのかも知れませんね。不気味の谷というのは精巧に人間に似せたロボットや人形が、【本物の人間と見分けがつかない】の一歩手前のレベルの造形の時に感じる不気味さらしいですが、ラブドール製作で有名なオリエント工業が不気味の谷の超え方を見せているように、人間の開発力はそういうのを超えて行きますからね。AIが生み出す不気味の谷みたいな表現もなくなっていくのかも知れませんね。